🇬🇾 ガイアナ/ジョージタウン 2024年2月14日
南米大陸というとスペイン語とポルトガル語の世界と思い込んでいたが、実は南米で唯一英語を公用語とする国がある。
南米大陸の北東岸にある「ガイアナ」である。
日本でも知る人が少ないこの遠い国が、昨年末から俄かに世界的な注目を浴びることになった。
隣国のベネズエラが突如、ガイアナ西部の「エセキボ地域」の領有権を主張して一方的に国民投票を行い、圧倒的多数で領有を宣言したからだ。
エセキボ地区は実にガイアナの3分の2を占める広大なエリアで、当然ガイアナは強く反発し、旧宗主国のイギリスをはじめ国際社会に助けを求めた。

私はカーニバルが閉幕した14日、トリニダード・トバゴからガイアナの首都ジョージタウンに飛んだ。
私にとって、103番目の訪問国となる。
途中、眼下に海上油田らしきものが確認できた。
トリニダード・トバゴはカリブ海の島国で唯一の産油国だが、海を隔ててわずか16キロしか離れていないベネズエラは原油埋蔵量がサウジアラビアを抜いて世界一という大資源大国である。
欧米との関係悪化でベネズエラの原油はまだ十分に開発されていないが、この海域には世界でも有数の石油資源が眠っているのだ。

離陸から30分、いつの間にか飛行機は南米大陸の上空をフライトしていた。
一面の密林が続き、海と区別がつかなかったのだ。
一本の川が目に入りようやくそこが海ではなく森だったことがわかった。
改めてトリニダード・トバゴのポート・オブ・スペインとガイアナのジョージタウンの位置関係を地図で確認すると、ほぼ間違いなく私が見ている密林こそ、今話題のエセキボ地域に違いない。

見渡す限り、人の気配が全くない。
人類が機械を発明し、自らが持つ力よりもはるかに大きなパワーで自然を破壊する以前の地球は、きっとこんな風景が世界各地に広がっていたのだろう。
1978年、世界を震撼させた新興宗教「人民寺院」信者918人による集団自殺事件も、ここ人里離れたエセキボ地区の中に設けられたコミューン「ジョーンズタウン」で発生した。

そんな手付かずの密林を切り裂くように、巨大な大河が何本にも枝分かれして流れているのが見えた。
おそらくこれが「エセキボ川」だ。
エセキボ川はガイアナの中央を南北に貫く全長1000キロの大河で、下流域の川幅は20キロに達するといわれる。
この大河の西側のエリアがいわゆるエセキボ地域であり、ベネズエラはこの川がガイアナとの国旗だと主張しているのだ。

そもそも最初にガイアナに入植したオランダ人は、このエセキボ川の河口の島を拠点に植民地を作ったが、ナポレオン戦争などを経てこの地がイギリス領となったのは1814年のことである。
ただ西にあったスペイン領との境界は曖昧で、ベネズエラがスペインから独立するとエセキボ地域の帰属問題が浮上する。
1899年のパリ仲裁裁定でイギリスの領土と認められたものの、ベネズエラは納得しておらず、去年欧米と対立するベネズエラのマドゥロ大統領がこの150年越しの領土問題を持ち出し国民投票を実施したことで一気に緊張が高まったのだ。

何かの鉱山だろうか、密林にぽっかりと人間が切り拓いた場所が見えた。
ガイアナでは金やボーキサイトといった資源が採れる。
しかし大規模な開発はされておらず、長く「南米の最貧困」に甘んじてきた。
ところが2015年、エセキボ地域の沖合で巨大な海底油田が発見され、2019年から実際に原油の採掘が始まるとガイアナの注目度が一気に高まった。
マドゥロ大統領がおもむろに領土問題を持ち出してエセキボの併合を宣言した背景にも、この原油が関係していると見られている。

トリニダード・トバゴ出発から約1時間、飛行機は着陸態勢に入った。
ガイアナの首都ジョージタウンは近いということだろうが、地上には相変わらず森が続くばかりで町はおろか集落さえも見えてこない。
これほど人の手が加えられていない国も珍しい。

また濁った川が見えてきた。
先ほどのエセキボ川よりはずっと細いがそれでも大きな川である。
これが首都ジョージタウンを流れる「デメララ川」。
空港はもう近い。

結局、空港に着陸するまで、ずっと密林が続いていた。
それはそれで、とても興味深い体験だった。
世界にはいろんな国がある。
そしてそれぞれの国にはいろんな事情があるのだ。

今回のエセキボを巡る領土争いを考えるうえでポイントとなるのは、隣国ベネズエラの政治状況だ。
ベネズエラでは1999年に反米を掲げるチャベス前大統領が政権を握って以来、アメリカとの緊張が続き、その路線を引き継ぐ現在のマドゥロ大統領に代わっても厳しい経済制裁が続いている。
2018年に行われた大統領選挙でマドゥロ政権は有力野党指導者たちの選挙権を剥奪し露骨な選挙介入を行い、その結果マドゥロ氏が再選を宣言したものの欧米諸国はこれを認めなかった。
翌年選挙に不正があったとして国民議会議長のクワイド氏が暫定大統領に就任すると宣言すると、欧米が支持するクワイド氏の陣営とマドゥロ大統領派が激しく対立することとなりベネズエラでは混乱が続く。
トランプ政権はこの機に政権の転覆を試みるが、国民のクワイド陣営に対する支持が伸びず、結局中国やロシアとの関係を深めたマドゥロ大統領が権力を維持したのだ。
今回のエセキボ問題はそんな欧米諸国への意趣返しの意味もあると理解した方がいい。

ガイアナの玄関口「チェディ・ジェーガン国際空港」は、こんな密林ばかりの国に似合わぬ立派な空港で正直ちょっと驚いた。
タクシー運転手に聞くと、中国が作ったものだという。
前の大統領が中国と密約を結び、その見返りとしてこの新しい空港ができたともいわれる。
ガイアナの石油資源を巡ってはアメリカ企業だけでなく中国の石油企業にも採掘権が与えられた。

空港には「ONE GUYANA」と書かれた地図があちこちに飾られていた。
国土の7割に当たるエセキボ地域を守る決意を示す狙いがこの地図には込められていると見られる。
ガイアナは東隣のスリナムとの間でも領土問題を抱えていて、今後ベネズエラへの対抗上、欧米依存が高まることも予想される。

エアポートタクシーで予約したジョージタウン市内のホテルに向かう。
ドライバーはインド系だった。
ガイアナでは人口の4割を植民地時代にインドから連れてこられた年季労働者の子孫であるインド系住民が占め、3割が黒人奴隷の子孫であるアフリカ系、さらにはカリブ海では絶滅した先住民の子孫も密林の中に今も暮らしているという。
この人口構成が国内の対立を生み、特にインド系とアフリカ系の対立はにわかに流れ込んできた莫大な原油収入によって先鋭化している。

何もない空港の近くでビルの建設が行われていた。
運転手のラムダスさんによれば外資系のマリオットホテルになるという。
「石油で国が豊かになりますね」とラムダスさんに言うと、「庶民には関係ない。政府のお偉方だけが儲けてる」と笑った。

空港から市内までは30キロ以上離れていて、デメララ川に沿って走る細い一本道が唯一のアクセスルートだった。
沿道に民家が集中しているため渋滞もひどい。
こんなに未開の土地があるのになんでこんなに離れた場所に空港を作ったんだろう?
できればジョージタウン市内の撮影をしたかったけれど、その願いも虚しくデメララ川の向こうに夕陽が沈んでいった。

市内に近づくとますます渋滞は激しくなり、ラムダスさんは車を路肩に止めた。
何かあったのかと心配したら、なんと宝くじを買うのが目的だったらしい。
庶民には、手の届かない石油よりも目の前の宝くじということなのだろう。

結局ホテルにたどり着いた時には日はとっぷり暮れていた。
空港から2時間以上かかってしまった。
ラムダスさんは「空港は遠い」と訴えながら60USドル(約9000円)を要求した。
「ガイアナドルだったら?」と聞くと12万ドルだと言うので、そんな現金は持っていないので米ドルで払い、出国の日の朝5時の迎えを頼んだ。
まあ、悪い運転手ではなさそうなので、ここは言い値で手を打つことにする。

人口わずか80万人の貧しい小国で発見された巨大油田はこの国の運命を変えようとしている。
2022年の経済成長率はなんと驚異の62.3%、圧倒的な世界1位だ。
アメリカや中国の石油企業は、2027年までにガイアナ沖での産油量を日産120万バレルにまで引き上げる計画で、そうなれば人口一人当たりの石油産出量でガイアナは世界トップに躍り出る。
日本人がほとんど知らない地球の裏側で今、とんでもないことが起きつつあるのだ。
重要なのは、この石油が国民に豊かさをもたらすのか、それとも不幸の始まりとなるのかである。
ガイアナは今、建国以来最大の分岐点にさしかかっているのだ。