天翔ける倭寇

総選挙の週末、超大型の台風21号が接近し東京もずっと雨が降り続いている。

私は朝一番で投票に行った後は、ほとんど外出せず小説を読んで過ごした。

津本陽氏の「天翔ける倭寇 上下」だ。

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なぜこんな本を読んでいるのか?

仕事の関係で16世紀の日本に興味を持ったのがきっかけだ。16世紀といえば戦国時代。信長や秀吉が活躍した日本人が好きな時代だが、あまり教科書でも習わず、テレビでも扱われないテーマがあることに気づいたのだ。

それが中国大陸や朝鮮半島を荒らしたとされる「倭寇」の歴史だ。

13世紀から16世紀にかけて中国や朝鮮の沿岸を荒らした海賊集団の総称。前期と後期に分けられ、倭寇とは言いながら日本人だけではなく中国人や朝鮮人も混じっていたとされる。

私が気になるのは、日本の教科書で倭寇について詳しく習った記憶がないことだ。日本が被害者である「元寇」については習った。「神風」が吹いて元の大艦隊が沈んだという話を教えられた。

それに対して、日本が加害者となる倭寇についてはさらっと通り過ぎた印象だ。これは原爆や東京大空襲について繰り返し教えても、中国やアジアでの加害について詳しく教えない姿勢と通じる同じ意図を感じる。そして、こうした日本の姿勢が中国人や韓国人との間でのズレを作り出しているのではないかと私は考えているのだ。

もちろん日本だけに責任があるわけではない。中国や韓国でも自らの被害の歴史を強調し、日本を悪役として利用している側面はある。しかし、日本人の多くは過去の加害について知らないし知りたいとも思っていない。知ることを拒否し、歴史を一方的に修正しようとする人たちさえいる。それは同じ日本人として残念だ。

歴史を正確に理解することは難しい。倭寇についても様々な説がある。それでも歴史は歴史としてなるべく正しく客観的に理解し、その上で未来の関係を築いていくというのが正しい国際関係の在り方だろう。

さて、「天翔ける倭寇」の話に戻る。

時代は16世紀半ば。現在の長崎県・平戸を本拠とする中国人の王直をリーダーとする倭寇海賊3万人が中国大陸を荒しまわる。王直は実在の倭寇の大ボスで、平戸の松浦党と手を結び明との貿易や海賊行為で勢力を伸ばした。「鉄砲伝来」も教科書ではポルトガル人がもたらしたと習うが、このポルトガル人を種子島に連れてきたのも王直だとされる。日本ではあまり有名でないが、実はこの時代の歴史に大きな影響を与えた人物だ。

そして小説の主人公は現在の和歌山市あたりで活躍した傭兵軍団・雑賀衆の若者。王直麾下の大軍勢の一員として中国各地を転戦する。戦国時代の日本で鉄砲技術を磨き傭兵として活躍した雑賀衆が実際に倭寇に参加したという史実があるかどうかわからない。小説なのでいろんな創作が入る。

数倍から十倍もの数の明の官兵と各地で戦い連戦連勝の雑賀衆。戦国時代の日本で戦慣れした武士たちが平和慣れした明の兵士よりずっと強かったとしても不思議ではない。おそらく実際にそうだったのだろう。豊かな土地に暮らし命を惜しむ中国兵に対し、極貧の生活の中で命を捨てることを恐れない日本の海賊。失うものを持たない日本の海賊たちは、一攫千金を夢見て遠い中国大陸に乗り込んで行ったのだろう。

小説がどれだけ史実なのか、さらに歴史書なども読んで学んでいきたいと思うが、連戦連勝だった倭寇たちは、最後は圧倒的な数を要する敵の前に全滅していく。

この小説を読みながら、私は20世紀の日本軍による中国侵略を思わずにいられなかった。戦前の日本軍は広大な中国大陸で連戦連勝、現地部隊の独断で戦線を拡大して行った。しかしそこに大義はなく、日本の事情による一方的な侵略だった。戦闘は長期化し日本軍は内地に引き込まれ、中国人の渦に取り囲まれて当初の勢いを失った。

中国では、この昭和の侵略も秀吉の朝鮮出兵も「倭寇」と呼ぶことがあるという。被害者の立場から見ると、理不尽な侵略という意味では海賊と同じなのだろう。そのことにどれだけの日本人が意識を持っているかが問題だろう。その見方に同意するかどうかは別として、相手が歴史をどのように見ているかを知ることは相互理解の出発点だろう。

来月の3連休、私は福建省のアモイに遊びにいくことにしている。

倭寇の被害を受けた地域であり、その後中国人が海外に進出した華僑の故郷であり、近年では密入国シンジケート「蛇頭」グループの本拠地であり、台湾と対峙する最前線でもある。

江戸時代の「鎖国」のイメージが強く誤解することが多いが、日本人は決して島国に閉じこもっていたわけではない。島国だからこそ日本各地に海賊がいて、海を渡って東アジア諸国に進出していた歴史があった。

倭寇の歴史を知ることは、日本人の歴史の別の側面を知ることにつながる。そんな思いを抱きながら、今後倭寇についてもっと学んでいきたいと思う。

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