東方を支配する街
ウラジオストクとはロシア語で「東方を支配する街」を意味するという。
文字通りシベリアに拡大したロシア帝国の極東における軍事拠点として19世紀に新しく作られた人工都市である。その後、ロシア極東艦隊の基地が置かれ、要塞都市として発展した。
冷戦時代には、外国人を一切受け入れない閉鎖都市として恐れられ、日本人にとっては喉元に突きつけられたソ連の刃そのものだった。多くの原子力潜水艦がここを母港とし、ソ連の核戦略の中核をなした。そのためウラジオストクの海は放射能で汚染されていると日本では伝えられていた。
私がウラジオに行ってみようと思った理由も、ソ連が誇った軍事都市を見てみたいと思ったからだ。
しかし、ウラジオの港に足を運んだ時、そんな私の抱いていたウラジオストクのイメージは一瞬で吹き飛んでしまった。
ウラジオストク港
ウラジオストク港は、駅の隣にある。正面に見える建物が港のターミナルビルだ。
ビルの裏側に回ると、細く切れ込んだ金角湾に作られたウラジオストク港が一望できる。
驚いたことに、記念撮影する中国人観光客の向こうにロシアの軍艦があまりに無造作に停泊していたことだ。丸見えである。
最初はカメラを向けていいものかどうか、ちょっとためらった。
しかし、周囲の観光客は何のためらいもなく軍艦をバックに記念撮影しているので、私も望遠レンズで撮影してみた。
機関砲、レーダー、乗組員まで、バッチリ撮れてしまう。東西冷戦時代に共産圏の取材をした者としては、これは信じられない光景だ。
太平洋艦隊本部
この軍艦が停泊しているあたりがロシア太平洋艦隊の本部になっている。
ちょっと、そちらの方へ行ってみることにした。
港の客船ターミナルから金角湾に沿って東へ向かうと、湾を見晴らすように建つ白いビルが見える。これが太平洋艦隊の本部ビルだ。
本部前の海岸からは一段と間近に軍艦が見える。
艦艇の周辺で作業している人影は現役のロシア兵たちだ。
冷戦期には日本の最大の仮想敵だったロシア軍(当時はソ連軍)に緊迫した様子はまったく見られない。それは日本人にとって何よりも好ましい光景である。
太平洋艦隊でもソ連崩壊後、多くの艦船がスクラップにされたという。現在、本部前に係留されている艦艇は10隻も確認できない。
ミサイル巡洋艦が主力で、核戦略の中核を担う原子力潜水艦はカムチャッカ半島に拠点を置いており、そちらは今でも外国人の立ち入りは禁止されているようだ。
クラースヌィ・ヴィムベル軍艦
そして太平洋艦隊本部前の岸壁に一隻の古い軍艦が係留されている。
「クラースヌィ・ヴィムベル軍艦」と呼ばれ、ソ連太平洋艦隊初の軍艦として第二次大戦などで活動した船だという。私が生まれた1958年に現役を引退し、その後半世紀以上博物館として使われているそうだ。
入場料は50ルーブル。しかし博物館としての価値はほぼゼロだ。
唯一入場料を払う価値を認めるとすると、太平洋艦隊の現役艦船を一番近くから見られるという点だろう。
現在のロシア艦隊がすぐ目の前にある。これは軍事オタクにはたまらないかもしれない。
逆に、この位置にわざわざ古い軍艦を浮かべているロシア海軍の狙いは何なのだろう。船を見世物にして小銭を稼ぐ、それ以外の目的が考えられないのだ。
ソルジェニーツィン像
古い軍艦の船上で繰り広げられる、あまりに平和でのどかな光景。
もうここに来て、私が日本で抱いていたウラジオのイメージは木っ端微塵に砕け散ってしまった。
色褪せ、ほころび始めているロシア海軍の旗。かつて世界に覇を競った超大国の威厳はまったくない。
一方で、海軍の地位低下ということも考えた。もはや現代の戦場では、空母と原潜以外の艦艇は意味をなさないということで、隠す意味もないということなのかもしれない。
そして、古い軍艦のすぐ近くには、ノーベル賞作家ソルジェニーツィン氏の銅像が唐突に立っている。「収容所列島」などの作品でソ連の体制を批判し国外に亡命していた氏が、ソ連崩壊後始めて祖国の地を踏んだのがウラジオストクだった。
それを記念してここに銅像が立てられたというのだが、なぜ太平洋艦隊を望む海岸に立てられたのかは不明だ。今のロシア政府がソ連時代と距離を置いていることをこの像は示しているのかもしれない。
潜水艦C–56博物館
太平洋艦隊本部の隣に置かれた古い潜水艦。これはウラジオストク有数の観光スポットである。
「潜水艦C–56博物館」という。
1941年に就航したソ連軍の潜水艦で、第二次大戦中8回の軍事航海で4隻の目標を撃沈した実績を持つ。
そして1975年からこの場所で博物館として内部を公開している。
人気の観光地とあって、大勢の団体客が入り口に列をなし狭い船内はゆっくり展示内容を読み込む時間はない。入場料は100ルーブル(約200円)だ。
中に入ると、まずはがっかりさせられる。潜水艦の中に潜入するという期待感が完全に打ち破られるのだ。
「何だよ、この展示の仕方は・・・」
ちょっと怒りがこみ上げる。
説明書きはロシア語だけ。
団体さんはガイドが説明してくれているようだ。
それでもこんな潜水服があったり・・・
説明が読めなくても何となくわかる、貴重な写真が展示されていたりする。
そして潜水艦内部を仕切るハッチは、中国人観光客の格好の撮影スポットになっていた。
一人一人ポーズを決めて写真を撮るので、艦内は大渋滞。ちょっと入ったのを後悔する。
しかし・・・
ハッチの先は潜水艦の元の姿が残されていた。
狭い艦内に張り巡らされた配管やバルブの数々、そして古めかしい計測機械。リアルに潜水艦だ。
潜水艦といえば、やはりこの潜望鏡。実際に手を触れることもできる。
艦長室に飾られたスターリンの肖像。
通信室には人形を置いて・・・
最後の部屋には、水兵たちのベッドと魚雷置き場。
そして魚雷の発射管も・・・
発射管の前では2人のロシア男性が、観光客相手に記念撮影の熱烈サービス。
私は素通りしたので、このサービスが有料かどうかはわからない。
アンドレイ教会
潜水艦の裏には、第二次大戦で戦死した兵士たちの名前が刻まれた碑が立ち・・・
その隣には、第二次大戦の戦没者を慰霊するための永遠の火が燃えるアンドレイ教会もある。本来は慰霊の場所なのだが、常に大勢の観光客が集まり喧騒に包まれている。
ただ、この場所で観光客相手に記念撮影のモデルを務めている女性たちはいずれも美しい。
思わず金も払わず遠目から写真を撮ってしまった。
どうも、ウラジオストクという街は、軍事を商売に使っている。そんな印象を受ける。
ウラジオストク要塞博物館
そんなウラジオストクを味わう上で、ぜひオススメしたい極め付けの場所がある。
「ウラジオストク要塞博物館」である。
その博物館は街の外れ、水族館脇の階段を上がったところにあった。
それらしい看板はなく、シーフードレストランの看板だけが目立つので探すのに手間取った。
入場料200ルーブル(約400円)を払いゲートをくぐると、海に砲口を向けた2基の大砲が置かれていた。これぞイメージするウラジオストク要塞だ。
私は軍事オタクではないので、兵器の詳しい解説はできないが、ちょっと面白くてこの大砲の写真を何枚も撮った。
しかし、この先に進むと次々に登場する兵器の数々に、最初の大砲で興奮した自分が虚しくなってしまったほど多くの兵器がこの博物館には展示されている。しかも、手に触れることも可能で、誰も監視する人もいない。
多くの兵器にロシア語と並んで英語の名称が付けられているのに気づいた。
これは「B–34U 100mm単装艦載砲」。1941年に開発された。
「V–11M 37mm双連高角砲」。
V–11は、第二次大戦末期の1944年からソ連軍に納入された。
こちらは「AK–230 30mm艦載機関砲」。
1969年から運用が開始された。さすが海軍の街ウラジオストク。展示されている兵器も海軍が使用するものばかりだ。
要塞の歴史
屋内の展示スペースもある。
ここでは、19世紀以来、極東防衛の拠点として構築されたウラジオストク要塞の歴史が展示されている。しかし、ここもロシア語展示のみで、絵や写真を見ながら想像するしかない。
要塞の中に集結する海軍の兵士たち。
時代とともに増強されるウラジオストク要塞。
その中にこんな資料があった。
日本側が作成したと思われる日露戦争時の地図だ。
ロシア太平洋艦隊は旅順とウラジオストクに分かれて展開していたが、主要な戦場は旅順港でありウラジオストク要塞が直接日本軍と戦うことはなかった。
それにしてもこの資料、なぜ日本語のものを使っているのだろう?
RBI–6000
再び外に出ると、装甲車や・・・
機雷や・・・
魚雷まで、様々な兵器がこれでもかというほど並べられている。
その中で、私が興味を持ったのがこちら。
これは一体、何だろう?
「RBI–6000」と呼ばれるロケット発射装置で、潜水艦を破壊する目的で使用されたようだ。野球のバットを太くしたような「RDC–60」というロケットを円形に配置された筒から海に向かって発射したのだろう。
それにしても、何とも現代アートっぽいフォルムである。
戦うという目的を研ぎ澄ませていくと、いろいろなタイプの兵器が開発され、戦争はどんどん人間の手から遠いものとなっていく。その究極が現段階では核兵器やハイテクシステムということなのだろうが、これらの兵器が古めかしく見えるくらいに、将来核兵器が陳腐化するようなさらに次元の違う兵器が登場することになるのだろう。
サイバー兵器やロボット、AI、さらには宇宙戦争に備えた兵器の開発も進められている。
このミサイルは、冷戦時代の後期にソ連軍が配備した長距離対艦ミサイル「P–500 バザーリト」。射程は550kmだ。
プーチンのロシア
冷戦の終結により、ロシアの軍事力はアメリカに水を開けられたとされる。しかし、近年プーチン政権は、ウクライナやシリアの内戦に介入、クリミアを併合するなど再び軍事的なプレゼンスを高めている。
Embed from Getty Images今年3月に行った年次教書演説でプーチン大統領は、「無敵」だとする一連の新型核兵器の開発を発表した。「世界中が射程に入る」とされる長距離巡航核ミサイルと、潜水艦から発射される長距離核ミサイルだ。
BBCの報道によると、潜水艦発射ミサイルは「実質的に核弾頭を載せた長距離魚雷で、ソビエト時代から開発がうわさされていた。現在では、米国のアナリストらから現実的な脅威と考えられている」という。
一方の巡航ミサイルは「非常に速い「極超音速」システムの可能性があり、これも現在のミサイル防衛システムをかいくぐれる可能性がある」とされる。
そしてBBCの報道は「中国や米国も同様のシステムの開発に取り組んでいる」と記事を結んでいる。
Embed from Getty Images人類は過去から何を学ぶのか? 過去の過ちを再び繰り返してしまうのか?
いや違う。
むしろ権力者たちは、武力の強い者が世界を制してきた人類の歴史を、「過ち」としてではなく、「真理」として捉え自らの武力に磨きをかける道を選ぼうとしているだけなのかもしれない。
そこにあるのは、哲学や叡智ではなく、自らの支持者受けを狙った国内向けの打算。
その意味で、プーチンとトランプ、2人の大統領はとても似ている。
今回訪れた軍都ウラジオストクは、想像した以上に平和そのものだった。
しかし、目の前に転がる膨大な数の旧式兵器を前に、これが単に「過去の遺物」と笑えない現実が今も私たちの前に存在することも改めて心に刻んでおきたいと思うのだ。
<関連リンク>
①出入国カードの記入も必要なし!ロシアの旅はすごく便利になっていた
②ロシア観光には短期でもビザが必要!でも意外に簡単に取得できる
③意外に美味しかったロシア料理!私が食べたディナー全品を紹介する
④旧式兵器を観光資源にする軍事都市ウラジオのあっけらかんとした現在
⑤シベリア制服!ロシアはいかにして世界最大の国家となったのか?
⑥ホテル・ビーチ・遊覧船・そして・・・!写真で綴るロシア極東の街歩き
⑦日露戦争・シベリア出兵・そして抑留!日露は不幸な歴史を乗り越えられるか?
<関連情報>
私がよく利用する予約サイトのリンクを貼っておきます。
