<きちたび>プラハ朝散歩② 雨のユダヤ人地区を歩き、地下鉄に乗って買い物に行く

8月11日、プラハで2回目の朝散歩。今日は空模様が怪しい。

だからというわけではないが、ユダヤ人地区に行ってみることにした。

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宿を出て北へ向かう。すぐに高級ホテル「フォーシーズンズ」があった。安くても1泊7万円はする。でもきっと私たちが泊まっているコンドミニアムの方がいいだろうと勝手に対抗心を燃やしながら通り過ぎる。

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さらに進むと、左手にいかつい建物が見えて来た。「芸術家の家(ルドルフィヌム)」だ。19世紀に建てられたネオルネッサンス様式の代表的な建築で、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地である。毎年5月に開かれる「プラハの春」国際音楽祭のメイン会場となっているドヴォジャーク・ホールを始め大小のコンサートホールやギャラリーがあるそうだ。

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ここにはチェコを代表する作曲家ドヴォルザークの銅像も立っている。後日、このホールにコンサートを聴きに来たが、その話はまた別稿に譲る。

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ユダヤ人地区に入る。まだ朝7時半。人通りはまったくない。右手には旧ユダヤ人墓地を囲む塀が続いていた。

この地区の歴史を考えると、観光客の多い時間帯よりも、無人、しかも雲が垂れ込める天気というのもふさわしい気もする。

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いかにも歴史がありそうな建物は「儀式の家」という。意外に歴史は浅く、1912年に建てられたものだ。儀式のためのホールであり、遺体置き場としても使われた。

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その隣にあるのが「クラウセン・シナゴーグ」、ユダヤ教の寺院だ。

16世紀のユダヤ人商人モルデハイ・マイゼルが、神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の訪問を記念して建てたのが始まりで、その後改修を重ねた。プラハのゲットーで最大のシナゴーグであり、埋葬組織の拠点でもあった。

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マイゼルは最初の「宮廷ユダヤ人」に迎えられ、その巨額の財産をユダヤ人同胞のために使った。この時代、ユダヤ人に好意的な皇帝が続き、プラハのユダヤ人地区は大きく発展してヨーロッパ最大のゲットーとなった。

しかしこうした時期は短く、プラハのユダヤ人たちがたどった歴史は概ね苦難に満ちたものだった。

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旧ユダヤ人墓地には1万2000基もの墓石が並んでいる。しかし、1787年に廃止され、その後埋葬された者はいない。

この時代の皇帝はヨーゼフ2世。母マリア・テレジアは大の反ユダヤ主義者で、プラハからユダヤ人を追放した。しかし、ユダヤ人が消えたプラハは急速に経済が悪化、やむなく期限付きの帰国を許した。

それに対しヨーゼフ2世は、ユダヤ人の黄色バッジの着用義務を廃止し、商業の制限をなくし、ゲットーを隔離していた壁を撤去するなど、ユダヤ人と他の民族を同質化する政策を進めた。

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さらに進むと、ちょっと変わった屋根を持つ建物が現れる。「旧新シナゴーグ」という意味不明な名前のシナゴーグだ。

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1270年頃に建てられたヨーロッパ最古のシナゴーグだ。名前の由来は私が見た参考資料によって違い2説あるようだ。①もともと「新シナゴーグ」と呼ばれていたが、16世紀以降新しいシナゴーグが作られたためという説、②13世紀に建てられた部分と16世紀に建てられた部分が合わさってできているからという説だ。

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「旧新シナゴーグ」の隣に建つ「ユダヤ人地区集会所」の屋根にはヘブライ文字の時計が設置されている。ヘブライ語は右から左に読むが、この時計も通常とは逆回りに針が動く。

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ウィキペディアによると、プラハのユダヤ人についての記録は960年代から始まる。その後ユダヤ人居住区は十字軍によって破壊されたりして場所が移り、12世紀後半から今のエリアで固まって暮らして来た。

その間、何度も迫害や虐殺が発生する一方、ユダヤ人の資産を目当てに権力者が融和的な態度を取ることが繰り返された。その都度、プラハのユダヤ人口は大きく変動した。

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このユダヤ人地区を貫く「パリ通り」。高級ブランドショップが並ぶ。

「諸国民の春」と呼ばれる1848年の革命後、ユダヤ人は居住と移動の自由を得た。その結果、裕福なユダヤ人はこの地区を出て、代わりに非ユダヤの貧しい人々が流入したため地区は貧民窟のようになってしまった。

そのため1896年から大規模な再開発が行われ6つのシナゴーグとユダヤ人墓地以外のほとんどの建物が壊された。パリ通り沿いの建物もすべて20世紀初めに流行したアールヌーヴォー様式の建物が並んでいる。

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チェコを代表するユダヤ人作家カフカは、プラハのゲットーが生まれ変わるまさにその時代にこの街で生きたのだ。

そうして長い迫害の歴史を乗り越えて平穏な時代を迎えた矢先、プラハはナチスに占領された。ドイツ占領下の各国からユダヤ人がこの街に集められ、ここから強制収容所へと送られた。このユダヤ人地区で戦後まで生き残ったのはわずか2500人に過ぎなかったと言われている。

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そんなユダヤ人地区を散歩していると雨が本格的に降り始めた。レインウェアは持っているが傘は置いて来た。

たまらずカフェに逃げ込む。

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床はタイル張り、雰囲気のいいカフェだ。

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朝からこんながっつり系の料理も置いているが、基本的にはパン屋さんのようだ。

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エスプレッソを2杯注文して、カウンターに座る。

とても濃くて美味しいコーヒーだ。2杯で90コルナ(約500円)だ。

どうせヨーロッパの雨など、すぐに止むだろうとたかをくくっていたのだが、一向に止む気配がない。「まあ夏なので濡れてもどうってことないだろう」と散歩の続きに出かけた。

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正面に見えて来たのは「火薬塔」。15世紀に作られた城壁の門の一つだった。17世紀には火薬倉庫として使われたため「火薬塔」と呼ばれるようになった。

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そして火薬塔の隣に建つのが壮麗な「市民会館」。この場所には歴代の王の宮廷があったが、17世紀の大火事で焼け、1911年今の市民会館が完成した。

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プラハにあるアール・ヌーヴォー様式の代表建築で、中には「プラハの春」国際音楽祭の会場となるスメタナ・ホールがある。

雨は一向にやむ気配がない。お散歩を切り上げて、地下鉄に乗ってみることにした。

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黄色い下矢印が地下鉄の駅の印だ。

プラハには3つの地下鉄の路線がある。

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これが券売機。コインしか使えない。

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1回券を買う。30分有効のショートが24コルナ(約150円)、90分有効のベーシックは32コルナ(約200円)だ。時間内なら何回でも乗り換えができる。トラムやバスにも乗れる。日本でもこうしたチケットがあると便利だ。

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駅に改札はない。この一見改札機のように見える機械は単なる印字機。

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その時の時刻を切符に印字するだけだ。8時54分にこのチケットを使い始めたことがわかる。ここから30分間有効ということになる。

だから切符を買ってそのまま使わずに何日も持っておくことも可能だ。使う時に印字する。地下鉄にもトラムにもバスにも同じ印字機が設置されている。

電車の中でも着いた駅でも切符のチェックはない。ただ時々車内でチェックが行われこの際この時刻を印字した切符を持っていなければ多額の罰金を課せられるらしい。運が悪ければ捕まることを覚悟でタダで乗っている人もいるかもしれない。

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長いエスカレーターを降りる。このあたりはいかにも共産圏の地下鉄だ。

ロシアや北朝鮮の地下鉄もこうした地下要塞のようないかめしい作りになっていた。

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しかし、車両そのものはおしゃれなデザインだった。このあたりはチェコらしい。

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結局、誰にも切符をチェックされることもなく目的地に着いた。何だか切符を買って損した気がしてくる。

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目指すスーパーマーケットは駅直結だった。

真っ赤に熟れたトマトとキュウリを買う。

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旅先で新鮮な野菜が食べたければ、やはりコンドミニアム生活に限る。

まだ時刻は朝の9時過ぎ。

雨のプラハ、今日は宿でゆっくり昼ごはんでも食べよう。

 

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<参考情報>

私がよく利用する予約サイトのリンクを貼っておきます。



 

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