一神教の誕生

橋爪大三郎×大澤真幸対談集「ふしぎなキリスト教」の続き。この本は本当に知らないことが書いてある。

キリスト教を理解するためには、ユダヤ教、さらには一神教の成立過程を知る必要がある。

日本人には理解しにくい一神教とはどのようにして誕生したのだろうか。

「エジプトとメソポタミアの両大国に挟まれた弱小民族が、ユダヤ人だった。島国で安全だった日本とは、まるで正反対なんです」

1500年くらいかけて形を変えながら徐々に成立したというユダヤ教。橋爪さんはマックス・ウェーバーの「古代ユダヤ教」を下敷きに成立過程を説明している。

「ヤハウェは、最初、シナイ半島あたりで信じられていた、自然現象(火山?)をかたどった神だった。「破壊」「怒り」の神、腕っ節の強い神だったらしい。そこで、「戦争の神」にちょうどいい。イスラエルの人びとは、周辺民族と戦争しなければならなかったので、ヤハウェを信じるようになった。 「イスラエルの民」が元はどんな人びとだったか、実はよくわかりません。肥沃な低地を見下ろす山地に住み、羊や牛や山羊を飼っていた。人種も文化もまちまちなグループの寄り合い所帯だったらしい。それが、定住農耕民と張り合おうというので、団結して、ヤハウェを祀る祭祀連合を結成した」

「ときには実力で、先住民に割り込んで、カナンの地に定着し、彼らの国をつくった。 この段階では、ヤハウェは、数ある神々のひとつです。カナンの先住民は、さまざまな神を信じていた。バアルと総称されるが、主に農耕を司る神で、偶像を崇拝していた。 実はヤハウェの像も、つくられたことがあるらしい。ウェーバーは、偶像崇拝をしないユダヤ人に、ヤハウェの偶像がないのは、技術水準が低くて、偶像がつくれなかったから、と皮肉を言っている。 ともかくイスラエルの民は、先住民の神々(偶像)を拝むのを禁止して、ヤハウェだけを信仰しようとした」

「戦争するには、王がいたほうがいい。でも、誰をどうやって選べばいい? サムエルという預言者がいて、サウルに油を注いで、最初の王にした。サムエルになぜそんな権限があるかというと、ヤハウェの声を聴いたから。神がいると、神が選んだからという理由で王制をつくりやすい。こうして、ヤハウェ信仰と王制が結びついた。これが、ユダヤ教の歴史の、二番目の転換点です」

イスラエルの民をとりまく国際情勢は厳しさを増し、アッシリアが北のイスラエル王国を滅ぼし(紀元前722年)、南のユダ王国も新バビロニアに攻略され、王や主だった人びとは、バビロンに連れ去られた。いわゆるバビロン捕囚である。この時期にユダヤ教は一神教に変貌していく。

「いったいなぜ、こんな苦しみにあうのだろう。ヤハウェはなぜ救ってくれないのか。人びとは悩みに悩んで、こんなふうに考えるようになった。 ヤハウェは、われわれだけの神ではない。世界を創造し、世界を支配している。アッシリア、バビロニアが攻めて来るのも。ヤハウェの命令だからだ。われわれがヤハウェに背き、罪を犯したから、懲らしめのためである。つまり、われわれに原因がある。この試練を耐え忍び、これまで以上にヤハウェを信じれば、外敵は除かれるに違いない。 これでヤハウェは、イスラエルの民の神から、世界を支配する唯一の神に格上げされる。ヤハウェが自分たちだけの神なら、ほかの民族が彼らの神を拝むのは仕方がない。でもそれはもう認められない。ヤハウェ以外の神は、神でなく、偶像にすぎない。そういう信念に成長した。 バビロンに捕囚されたのは、ヤハウェの計画で、なにか理由がある。預言者の預言のとおりに捕囚され、預言のとおりに解放された。帰還して、エルサレムの神殿を再建することもできた。やっぱりヤハウェは偉大だ、というわけで、ヤハウェ信仰は前よりつよまったのです」

バビロンには、天地創造の神話や大洪水の物語などがあって、それを取り入れて、聖書の冒頭の「創世記」も出来上がった。こうして世界を支配する唯一の神という一神教が誕生したのだ。

「ヤハウェにどうやって仕えるか。それには、三通りのやり方があった。 第一は、儀式を行う。牛や羊などの犠牲を捧げる。 第二は、預言者に従う。 第三は、モーセの律法(聖書にまとめられている)を守って暮らす。 ところが、この三つのやり方の中心となる人びと(祭司、預言者、律法学者)が、お互いに仲が悪い。 イエス・キリストの時代には、神殿で儀式を行なう人びとはサドカイ派、律法を守る人びとはバリサイ派、と呼ばれていた。この二つのグループが、ユダヤ人社会を取り仕切っていた。 一方、洗礼者ヨハネやイエスは預言者のグループだった。バビロン捕囚から戻ってからは、預言者が現れなくなる。実際には現れたのでしょうが、見つけ次第、弾圧されるようになった。ヨハネもイエスも当局者に目を付けられ、結局、殺されてしまう。 イエスが処刑された後、エルサレムの神殿が破壊され、神殿を拠点にしていた祭司がいなくなった。預言者もとっくにいない。律法学者だけ残った。これが、いま私たちが知っているユダヤ教です。 律法学者をラビと呼びます。彼らは、ユダヤ社会に欠かせない存在です。そうやって律法を守り、二千年の歴史を歩んできた」

西洋社会を理解する上でベースとなるこうした知識を日本人は知らない。こうしたことを知るだけで、教会でのお話や白人保守層の主張も少しは理解できるかもしれない。

この本は、少しずつ丁寧に読んでいきたい。

 

 

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