今回の旅行に来る前、バーレーンという国名は知っていたが、正直どんな国なのか全くイメージを持っていなかった。
調べて出てくるのは、バーレーンではお酒を飲めるという情報が多かった。
週末になると、お隣のサウジアラビアから呑兵衛が大挙してやってきてバーレーンで大騒ぎするというのだ。
私が泊まっているホテルでも、夜中までサウジ男が大騒ぎしていて眠れなかったという苦情の書き込みがたくさんあり、むしろどんな騒ぎ方をするのか見てみようとこのホテルを選んだぐらいだ。

ところがいざバーレーンに来てみると、街中を歩いていてもお酒の看板などどこにもない。
酒屋もなければ居酒屋もないのだ。
レストランのメニューを眺めても、飲み物はジュースやソフトドリンク、お茶やコーヒーという具合で、近隣諸国と変わらないではないか。
そこでネットで調べて、首都マナーマで人気があるというバーに行ってみることにした。

そのバーは「インターコンチネンタル・リージェンシー・バーレーン」というホテルの中にあった。
どうやら飲酒が許されるのは、ホテルかホテルと関係するレストランなど国から許可を得た場所に限られるらしい。
つまり、バーレーンが飲酒を認めているのは自国民に対してではなく、外国のビジネスマンや周辺国の呑兵衛を呼び寄せるためのインバウンド策といった側面が強いのである。

ホテルのフロントで「バーに行きたい」と伝えると、男性スタッフはにこやかに地下に通じる通路に案内してくれた。
酒を求めてやってくる男たちの扱いに慣れているようだ。
さすがホテルだけあって、かなり上質な空間が待っていることを感じさせる導線である。

しかし、店の中はイメージしたものとは全く違った。
とても暗くて、店の奥にステージがある。
「ダウンタウンバー」という店名にちなんでステージのバックには「DOWNTOWN」というロゴが大きく描かれていた。
ホテルの高級バーをイメージしていたが、どちらかといえばフィリピンのショーパブといった印象だ。

客は私のほかに、西洋人のおじさんが1人だけ。
店内にはアラビア語の洋楽系ラジオ番組らしきものが大音量で流れている。
ビリヤード台も置かれていたが、プレイする人はいない。
まだ時間が早すぎたのかもしれないが、この雰囲気がアラブ人の好みなのだろうか?

メニューをもらって吟味してみる。
お酒は充実していた。
ビールはもちろん、ワイン、ウィスキー、カクテルまで普通のホテルで飲めるようなお酒は取り揃っている。
暗くてほとんど読み取れないようなメニューの中から、ハイネケンビールとおつまみにナチョスを注文した。

ビールは大きめのグラスに注がれてきた。
大ジョッキくらいの量はあるだろうか。
値段は5.35ディナール、およそ1870円とかなり高めだ。
でも禁酒時代のアメリカで、闇酒が高値で取引されたように、飲めないとなると人間高くてもお金を払うものらしい。
クウェートに入ってから口にできなかった久しぶりのビールは、やっぱり美味しかった。

驚いたのはナチョス。
サルサソースにつけて食べる普通のおつまみを想像していたのだが、全く想定外のものが運ばれてきた。
暗くてよくわからないのだが、大皿に山盛りにされたナチョスにサルサソースだけでなく、クリームチーズやらマスタードやらありとあらゆるものがかけられている。
何やら刺激性の強いものも入っているようで、食べるたびに咳が出た。
これではおつまみというよりも闇鍋である。

それでも、これが今日の晩めし。
頑張って全部食べ切ったものの、ビールを飲んだぐらいではこの濃厚なテイストが口の中から消えることはなかった。
ちなみにこのナチョス、値段は4.50ディナール、日本円で1570円だった。

バーを出て、少し夜の街を歩くが、さすがにどこにも酔っ払いがいない。
週末だと違うのかもしれないが、街は至って健全である。
それでも口の中がどうにも後味悪いので、もう1杯ビールが飲みたくなった。
ホテルに戻ってフロントで「バーはないの?」と聞くと、女性スタッフが「どれがいいですか?」と聞いてくる。
なんでも、アラビア、インド、パキスタンのバーがあるという。
客の好みに合わせて選べるようになっているらしい。

違いがわからないので、とりあえずフロントのすぐ脇にあるアラビアのバーというところに入ってみた。
そこはブルーのライトに照らされた異空間。
確かに日本にはない雰囲気のバーで、アラブの音楽が静かに流れている。
さっきの「ダウンタウンバー」よりもずっといい。

入り口のカウンターで「ビールある?」と聞くと、ハイネケンかバドワイザーか聞かれ、今度はバドを選ぶとボトルだけ渡された。
値段は1本3.50ディナール、日本円で1220円ほどだった。
量は先ほどのバーの方が多かったので、だいたいこれがバーレーンでのビールの相場というところだろうか。

お客さんは全部で7〜8人。
みんな別々に座っている。
別に大声で話したり騒いだりする人もおらず、むしろこちらの方が私のイメージするホテルのバーに近い。

水タバコの「シーシャ」を吸っているおじさんたちもいて、やはり雰囲気はアラブである。
私は一度もシーシャを吸ったことがないが、昔ほど好奇心がないので、タバコはもうやらない。

突然、女性スタッフが手に持ったものから煙を出しながら店内を回り始めた。
なんだろうと思って聞いてみると、部屋にいい香りをまいているのだという。
これが何というものなのかは聞きそびれたが、これまたアラブ風、私にとってはお酒よりも興味深い経験であった。

でも考えてみると、社会にお酒がなくなると、男の人が夜早く家に帰るようになり家庭が円満になるのかもしれないなどと思う。
アラブの人たちは家族を大切にすると聞くし、実際に家族で食事をしたりショッピングをしたり濃厚な団体行動をしている姿をよく見かける。
ひょっとすると日本よりも健全な社会と言えるのかもしれない。
アラブのバーでビールを飲みながら、ついそんなことを考えた。