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<きちたび>広島県の旅2026🇯🇵 60年ぶりに訪れた世界遺産「宮島」!宿泊は海に浮かぶ大鳥居を見下ろす高台の宿「聚景荘」

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🇯🇵 広島県/廿日市市 2026年4月19日~20日

有名な観光地というのは案外行っていないものだ。

古くから栄えた日本を代表する観光地、たとえば「日本三景」も私にとっては長年興味の対象外にあった。

天の橋立は学生時代の友人たちとの旅行で去年初めて訪れたし、松島には未だ行ったことがない。

そして、今回訪れた宮島もおそらく幼い時に親に連れられて行っただけだと思うので、実に60年ぶりの訪問となる。

広島駅からJRに乗って、宮島への玄関口「宮島口駅」に向かう。

時間にして27分、料金は420円だった。

宮島口駅を降りると、ロータリーの先に短い直線道路があった。

この駅で降りた観光客たちが一斉に大通りを海の方に歩いていく。

この通りの突き当たりが、どうやら宮島に渡るフェリーのターミナルになっているらしい。

さして交通量が多いわけではないのに、わざわざ地下道を作り、観光客を地下に誘導する理由は何なのだろう?

妙に飾り立てられたその地下道は、私には中国っぽく感じられた。

エレベーターで地下道から地上に上がると、ロータリーの一角に一体の銅像が立っていた。

『舞楽 蘭陵王』

どう見ても中国の芸能のようだが、なぜこの場所に立っているのか不思議に思い調べてみた。

宮島観光協会のサイトには、次のような説明が記されている。

『舞楽とは、上古、インド、中国、朝鮮半島を経て日本に伝えられた音楽(雅楽)と舞いのことですが、発祥の地インドはもとよりベトナム、中国、朝鮮半島にも現在は残っていません。

12世紀後期平清盛が大阪四天王寺から楽所を宮島に移して盛んに奉奏されました。蘭陵王[らんりょうおう]・納曽利[なそり]・万歳楽[まんざいらく]・延喜楽[えんぎらく]など二十数曲が現在も嚴島神社に伝承されています。』

どうやら「蘭陵王」は、厳島神社で奉納される舞楽の中でも最も有名なものらしく、美貌の将軍として名を馳せた北周の蘭陵王の故事に由来する舞であり、平清盛の時代から厳島神社で長年演じられているそうである。

大陸との交易で財を成し権力の座に上り詰めた清盛は、やはり大の中国贔屓だったのだろう。

宮島口のフェリー乗り場には、切符を買い求める観光客の列ができていた。

外国人の姿も目立つ。

ここから宮島に渡るフェリーは、JR西日本宮島フェリーと宮島松大フェリーの2社が運行していて、乗船時間はわずか10分だという。

私たちはJRの方を利用したのだが、Suicaがそのまま利用できたので切符売り場の行列に並ぶ必要がなくありがたかった。

桟橋で待っていると、宮島から到着した船から乗客が降りると同時に私たちの乗船が始まった。

まさにピストン輸送。

瀬戸内海で海の交通が斜陽となる中でも宮島は別格のようで、実の大勢の観光客が世界各地からこの島を目指してやってくるようだ。

フェリーに乗り込むと、2階のデッキに陣取り宮島を眺める。

往路のフェリーは大鳥居に接近するルートを取ると聞いていたので、海から厳島神社を眺めるのがとりあえずの目的である。

この日は晴天の予報だったが、あいにく雲がかかり空と海の色は冴えない。

右手に牡蠣の養殖筏が浮かんでいるのが見える。

牡蠣といえば広島、今でも全国の生産量の6割を占めるという。

多くの島に囲まれた広島の穏やかな海は、素人目にも牡蠣の養殖に適していることがわかる。

フェリーが厳島神社の正面を通り過ぎていく。

ただ、私たちが訪れた時間帯には運悪く潮が引いていて、予想したほどには鳥居に近づけないらしい。

私は夢中で、ブレないよう細心の注意を払ってスマホ撮影に集中する。

物心がついてから宮島に来たのは初めてだが、厳島神社の姿はテレビや雑誌、ポスターなどで死ぬほど見ているので、それほどの感動はない。

むしろ、背後に聳える急峻な山とそこに息づく原生林が、私に何か神聖なものを感じさせた。

聞くところによると、宮島は古くから神聖な場所とされ樹木の伐採が禁じられていたため、今でも手付かずの原生林が残っているのだとか。

この原生林の存在も世界遺産認定の大事な要素となったようだ。

船が島に到着する直前、大鳥居の向こうに立つ建物が目に止まった。

ほとんど低地のない宮島では、厳島神社が建つわずかな平地に民家が密集して立っているが、その建物だけは少し高台にあるように見える。

ひょっとすると、あれが私が予約した宿だろうか?

そんなことを思いながら、わずか10分の短い船旅を終えた。

宮島側の船着場は、緑青色に輝く大屋根を持つ立派な建物だった。

神聖な島の玄関口としてふさわしい威厳を備えている。

調べてみると、この建物が建てられたのは1976年と今からちょうど半世紀前のことで、メインの駅舎は神社の本殿を、桟橋は回廊をイメージして作られたのだそうだ。

宮島に到着した私たちを出迎えてくれたのは、瀬戸内海を支配して武士の時代の先駆けとなった平清盛。

清盛は安芸守だった時代に厳島神社を篤く信仰し、現在の寝殿造りの社殿を建てた人物として宮島とは切っても切れない縁がある。

そして清盛と共に観光客を出迎えるのは、この島に多数生息する野生の鹿だ。

奈良と違って、宮島の鹿について私はほとんど知らなかったので、フェリーを降りてすぐに鹿を目撃した時にはちょっとしたサプライズだった。

辺りを見回すと、あちらにもこちらにも鹿がいて、中には観光客の食べ物を盗もうとしている奴もいる。

最初は珍しくて写真を撮るために鹿を追いかけたりもしたが、そのうちどこに行っても鹿がいるので、ごく当たり前の風景になってしまった。

広場には藤の花が咲いていた。

宮島はまさに新緑の季節、私が一年で最も好きな美しい時である。

まずは荷物を引きずりながら、予約してある宿を目指す。

時刻は午後2時過ぎ、チェックインにはまだ少し早い。

宿に電話をすれば港まで迎えに来てくれると聞いていたが、どうせ大した距離ではないので、ぶらぶら島を散策しながら宿まで歩いていくことにした。

たくさんの土産物屋や飲食店が立ち並ぶメインストリートは、多くの観光客でごった返している。

綺麗なビーチが見えてきた。

「御笠浜」と呼ばれる厳島神社に続く参道沿いにある砂浜で、夕日のスポットとして人気があるらしい。

残念ながらこの日は曇っていて、夕日を拝むことができなかったが・・・。

御笠浜に沿って進んでいくと、石の鳥居と狛犬が現れた。

その名もずばり「石大鳥居」。

ここから先は、土産物屋も姿を消して、神聖な神の領域に入っていくことになる。

石の鳥居を抜けて歩いていくと、突然目の前にあの有名な厳島神社の大鳥居が出現した。

この時間、海は干上がって多くの観光客が歩いて大鳥居の近くまでたどり着いていた。

今は干潮なのか・・・。

これは私も行かなければ・・・。

そう思って、妻を岸に残し、私は一人でまだ潮が引いたばかりの干潟に降りた。

干潟にはまだ海水が残っていて、ところどころ浅瀬に靴を浸しながら大鳥居に接近する。

満潮の時には海に浮かんでいて、干潮になるとその根元まで歩いて行ける大鳥居。

それは時代を超えて現代人をも楽しませるエンターテインメントであり、何とも心憎い演出と言えるだろう。

大鳥居に懸けられた扁額には『伊都岐島神社』の文字が。

「伊都岐島」は「いつきしま」と読み、厳島の古い呼称なのだという。

何となく、イザナギとイザナミを思わせる日本らしい漢字で、私はどちらかと言えばこちらの表記の方が好きだ。

大鳥居の根元まで近づいてみると、それが製材された丸太ではなく、切り出されたままの自然の造形を残した大木であることに驚く。

満潮時には海中に沈む裾の部分にはびっしりとフジツボが付着しているものの、荒波によって削られたり朽ちたりした様子は全く見られない。

伝統的な工法も、あながちバカにしたものではないようだ。

大鳥居の近くから本殿の方向を眺める。

深い原生林の山をバックに建つ寝殿造の建物群。

源氏物語など平安貴族の優雅な暮らしと結びついてイメージされる寝殿造だが、海の上にそれを持ち込んだのはここ厳島神社が唯一だそうだ。

権勢を誇った平清盛のこだわりが世界遺産となったこの建造物には詰め込まれている。

岸で待つ妻の元に戻り、再び宿を目指して歩き始める。

港から厳島神社までの人混みが嘘のように、神社を過ぎるとすれ違う人の数が減った。

歴史を刻んだ建物と新緑に包まれた静かな小道。

神の島である宮島の本当の良さを感じた瞬間だった。

山の中腹に立つお寺に向かってまっすぐに伸びる通りにも、先ほどまでの賑々しい土産物屋は姿を消し、ところどころに落ち着いた風情の和風カフェなどが営業しているだけだ。

俗っぽい印象を勝手に抱いてこれまで敬遠してきた宮島だが、案外いいところなんだと妙な驚きを抱きながら、予約した宿を探す。

厳島神社から10分足らず歩いたところで、小さな祠の上に掲げられた宿の看板を見つけた。

どうやら私が予約した宿「聚景荘」は、この石段の上にあるらしい。

転んで足を痛め、いまだに膝に不安を抱える妻は、その石段を見上げながら「無理」と一言石段を登ることを拒否した。

仕方なく地図を確認すると、だいぶ大回りにはなるが車の送迎などに使う別の道がありそうなので、そちらに回るが、結局水族館の前でギブアップ、宿に電話をして車で迎えにきてもらうことになった。

こうして宿の送迎車でようやくたどり着いたのが、こちらの入り口。

まさにあの石段を登りきったところに、斜面に沿って無理やり旅館を建てたという宿であった。

私たちの部屋は宮島の街を見下ろす3階の和室だった。

フロントでチェックインを済ませると、二人の女性スタッフが荷物を持って私たちを部屋まで案内してくれた。

こんなサービスを受けるのは、一体いつ以来だろう。

部屋はゆったりしていて、なかなかいい感じだ。

無理をしてまで急斜面に旅館を建てただけのことはあって、部屋からは私たちが歩いてきた街並みだけでなく、厳島神社が一望できる。

先ほどその近くまで行った大鳥居も、瀬戸内海の穏やかな海をバックにすぐ近くに見える。

宮島には1泊15万円以上する高級旅館もあるけれど、街を見下ろすこのロケーションの宿は他にはないだろう。

「聚景荘」を選んだ私の目に狂いはなかったと自己満足する。

海の方向もいいが、案外山の方を見ても、これがなかなか美しい。

この宿自体が山の中腹にあることもあって、山はとても近くて、新緑に覆われた原生林が窓いっぱいに広がるのだ。

そして、その斜面に街を見下ろすように建てられた仏塔がある。

調べてみると、あれは「多宝塔」と呼ばれ、室町時代の1523年に建てられた国の重要文化財だそうだ。

今度の旅はのんびりすることが目的なので、とりあえずは風呂だ。

チェックインの際に貸切風呂も予約したのだが、まずは内湯に向かう。

外国人の先客がいたが、私が入ってきたからかすぐに出ていってしまい、私一人で内湯を独占する。

温泉ではないし、窓からの景色が楽しめるわけでもないが、少し汗をかいた体を温かいお湯に沈めると心身ともに穏やかな気持ちになる。

いったん部屋に戻り、少しくつろいでから、午後6時からは予約した貸切風呂に向かう。

玄関ロビー脇に後から設けられたもののようで、真新しい湯船を簾などで仮囲いを施したようなお風呂である。

それでも、目隠しの格子戸からは眼下に広がる街の屋根や海が見え、しかもこの格子戸を開けることもできる。

ぬるめのお湯に身を浸すと、爽やかな風が吹き抜けていく。

この貸切展望風呂は、他人と一緒に風呂に入るのに慣れない外国人たちには特に人気が高く、1組30分で次から次へと客が入れ替わるのである。

風呂を上がると、もう夕食の時間だ。

1階にある食事処からもこの宿自慢の景色が堪能できる。

ただ、私たちの部屋より低い分、前の家の屋根がずいぶん近く感じられる。

料理はまず「百合根豆腐」から始まり・・・

八寸はホタルイカや菜の花など、春らしい食材が並んだ。

お造りは、鯛にカンパチ、そしてマグロだ。

煮物は、「筍饅頭」。

これは美味い。

そして広島名物の牡蠣は2種類の焼きで出た。

普通の焼き牡蠣は良かったのだが、グラタンの方はちょっと・・・。

そうこうしているうちに、午後7時。

あたりもだいぶ暗くなってきて、街にポツポツ明かりが灯り始める。

よく見ると、大鳥居にも照明が当てられているようだ。

続いて登場したのは「鰤のムニエル バルサミコソース」。

外国人の宿泊客が多いことを意識したのかもしれないが、これは正直ひどい料理だった。

どうせ鰤を出してくれるなら、シンプルに塩焼きの方がいい。

そしてメインとなる鍋は「牛すき焼き」。

しかしこのすき焼きも今ひとつ味が薄く、残念ながら美味しくない。

品を重ねるごとに満足度が下がっていく夕食の最後、美しい扇形の器がお椀と共にテーブルに置かれた。

これは一体、何だろう?

蓋を開けると、色鮮やかなちらし寿司が現れた。

宮島名物の穴子をあしらった「穴子散らし寿司」だそうだ。

これは文句なしの美味しさで、赤だしとの相性も抜群である。

これなら前の2品、鰤のムニエルとすき焼きは要らなかったのではないかと思った。

そしてデザートは「ヨーグルトゼリー クランベリーソース」。

見た目もかわいいし、味も悪くない。

どんどん下がった満足度も、ちらし寿司とデザートで大いに盛り返し、窓からの眺めも加味すれば結果的には十分満足できるディナーであった。

部屋に戻ると、綺麗にお布団が敷いてあった。

さすが日本旅館だ。

近年、外国人観光客があえて旅館に泊まりたがるのも納得である。

こんなおもてなし、海外ではなかなかお目にかかれない。

窓から外を覗くと、いつの間にかすっかり夜になっていた。

丘の上から見下ろす宮島の小さな町並みは、観光客の姿も消え昼間とは全く違う顔を見せている。

ライトアップされた大鳥居もよく見ると海の中。

潮がだいぶ満ちてきたらしい。

部屋にいながらにそんな風景も眺められるのは、宮島広しと言えどもこの「聚景荘」だけであろう。

この時間になっても、宮島と本土を結ぶフェリーの運行は続いているようだ。

時折、船の灯りが大鳥居の後ろを通り過ぎていく。

翌朝、雲の隙間から太陽が顔を出した。

神々しいばかりの宮島の夜明けだ。

朝の散歩を楽しむために、私は午前8時からの朝食を選んだ。

前夜と同じお食事処ではあるが、テーブルの位置は変わっていた。

この席からも大鳥居がよく見える。

至ってオーソドックスな旅館の朝ごはん。

でも、これがいい。

妻も夕食よりも朝食の方が良かったと満足そうだ。

食事を終えて部屋に戻ると、雲はどこへやら姿を消して、嘘のような青空が広がっていた。

瀬戸内海も青い。

晴れていたら、こんな風に見えるんだ・・・。

やはり天気次第で、旅先の印象は大きく影響されるのである。

チェックアウト時間の午前10時近くまで部屋で過ごし、私たちはまた歩いて港まで行くことにした。

二人で1泊およそ7万円。

私たちとしてはかなり奮発した旅行だったけれど、久しぶりの旅館泊まりで英気を養ったせいか、妻は前日拒否した石段を自力で降りてみると言った。

登りよりも下りの方が気分的に楽に感じるが、膝への負担は下りの方がきついとも聞く。

特に問題なく石段を降りられた妻はすっかり気をよくしたようで、「お参りしなくていい」と言っていた厳島神社にも「せっかくなので」と言って入場することとなった。

天気がすっかり回復し、海水が満ちた寝殿造の建物は、国宝という名の通りまさに光り輝いていた。

「宮島に一度も行ったことがない」と言っていた妻の願いが叶い、それなりに満足してくれたようで宿を選んだ私も嬉しかった。

宮島の丘の上に建つ旅館「聚景荘」。

石段はきついけれど、世界遺産の島の本当の良さを味わいたいなら結構オススメの宿だと思う。

「宮島の宿 聚景荘」
住所:広島県廿日市市宮島町50
電話:0829-44-0300
https://miyajima-jukeiso.com/

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