3月25日の夜、私も妻も引っ越しの準備でとても疲れていた。
食器も台所用品もすでに箱詰めしていたので、最後の晩餐は外食と決めていた。
最後だからどこか好きなお店で食べようと思うものの、疲労のせいかさほど食欲はない。
店を決めかねていた時に妻が提案したのが、二人で何度か訪れたことのあるロシア料理店「カフェ・ロシア」だった。

吉祥寺駅に隣接するワンルームマンションの地下にあるこのお店。
階段を降りると相変わらず派手な外見のお店がそこにあった。
ロシア料理店とは言っても、オーナーはおそらくジョージアの人らしく、コーカサス地方の珍しい郷土料理も味わえるお店である。

店の前の廊下には、鳩のイラストと共に「平和を願います」の文字が。
5年目に突入したウクライナ戦争は未だ終息の見込みが立たない中、ロシア人もジョージア人も戦争が終わることを願っていることがうかがえる。
かつてソビエト連邦の構成国だったジョージアも、独立後ロシアによる軍事侵攻を受け今も領土の一部を占領されたままで、同じ苦難に見舞われているウクライナには同情的なのだろう。

店内のけばけばしさも昔から変わらない。
日本人ではなかなか選ばない赤紫色の壁と天井に囲まれた空間は、ただいるだけで日本にいることを忘れさせてくれる。
さて、吉祥寺最後の夜に何を食べようか?

何事も安全走行の妻は、ロシア料理の代名詞である世界三大スープの一つ「ボルシチ」(800円)と「野菜のピロシキ」(350円)を選択した。
まあ、定番の料理で大外れはない。
それを見た私は、食べたことのないスープに挑戦することにする。
「チヒルトゥマ」(900円)
ジョージアの鶏肉ベースの卵スープだそうだ。
加えて「肉のピロシキ」(350円)と「チキンキエフ」(1300円)もオーダーする。

最初に運ばれてきたのはピロシキ。
餃子のような形をしたピロシキは、こんがり焼かれ美味しそうだ。
1990年ごろ何度かロシアを取材した際には、道端で売られていたピロシキを買って昼食を手軽に済ませたことを思い出す。

私が注文した「肉のピロシキ」は、生地の中に味付けされた挽肉がたっぷりと詰められている。
特別意外性もない代わりに、間違いのない定番の味だ。

続いて、妻が注文した「ボルシチ」が来た。
鮮やかな赤いスープの中央にサワークリームの白が引き立つ。
器もロシア風の派手な装飾が施されていて、これぞロシア料理という主張を感じる。
値段の割に量もたっぷりあったので私もいただいたが、さすがロシアを代表する料理だけあって、やさしく爽やかな美味しさである。

二人でボルシチを堪能している間にテーブルに運ばれてきたのは、対照的なほど白いスープだった。
これがジョージアの卵スープ「チヒルトゥマ」のようだ。
ボルシチの赤とチヒルトゥマの白がテーブルに並び、まるで私たちの引越しをお祝いしてくれているみたいである。
一口飲んで、その美味しさに驚いた。
コクがあり、酸味もあり、とても私好みの美味しいスープである。
吉祥寺最後の夜をこの店に決めたのも、この「チヒルトゥマ」に出会うためだったのかもしれない。

こうして未知の料理に驚いていた頃、私の背後でフルートの生演奏が始まった。
ロシア音楽で始まった演奏だったが、すぐにボサノバになり、日本の歌になり、最後はディズニーソングに変わった。
お客さんに楽しんでもらうための選曲なのだろうが、ひょっとするとロシアの曲だけだとどうしても暗くなってしまうからなのかもしれない。

そしてこの日のディナーの最後を飾ったのは「チキンキエフ」。
その名の通り、ウクライナ料理から始まりロシアでもポピュラーとなったチキンのカツレツである。

まるでコロッケのように丸々としたカツレツをカットすると、中から信じられないほど肉汁が溢れ出した。
柔らかくて、クセのない味だ。
ただチヒルトゥマのような驚きはないので、もう少し想像がつかない料理に挑戦すべきだったと若干後悔する。

値段が安く、どの料理も美味しい。
ロシア料理というとどうしても日本人には縁遠く、ついつい選択肢から漏れてしまいがちだが、いつ行っても失敗することの少ない良心的なお店だと思う。
ウクライナでの戦争が1日も早く終わることを祈りつつ、吉祥寺での最後の夜を美味しい料理で締めくくることができた。
食べログ評価3.49、私の評価は3.70。
「カフェ・ロシア Cafe RUSSIA 吉祥寺」
電話:0422-23-3200
営業時間:11:30 - 22:00
定休日:不定休
https://caferussia.web.fc2.com/