本当なら、今頃私はポートモレスビーのホテルにいるはずだった。
でも、ビザを取得していなかったために飛行機に乗ることができず、南太平洋の旅を断念して、吉祥寺のマンションでテレビを見ている。
土砂降りの雨が降る東京で行われたパリ五輪の代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」。
男子は小山直城と赤崎暁、女子は鈴木優花と一山麻緒がそれぞれ代表の座を勝ち取った。
一山以外は知らない選手ばかりだ。
一番印象に残ったのは36歳になった川内優輝。
スタート直後から一人独走し、35キロ地点で後続に追いつかれるものの、最後まで粘って4位でフィニッシュした。
今回のレースがなんと130回目のマラソン。
実業団の選手たちとはケタ違いの経験を積んできた“最強の市民ランナー”の走りは、まさに彼の「生き様」そのものだと感じた。
人種や地位に関係なく、自分の置かれた環境で精一杯使命を果たしている人からは意図することなく強烈なメッセージを受け取るものだ。
イスラエル軍による地上戦が迫るガザ地区では、住民たちの絶望的な惨状が続いている。
14日、イスラエル軍は声明を発表した。
「ここ数日で、戦闘に必要な装備品が部隊に移された。空、海、陸からの複合的な攻撃を含む攻撃計画を準備している。地上作戦に重点を置きながら、次の段階に向けて態勢を強化している」
ハマスによる奇襲攻撃により1300人という過去半世紀経験したことのない犠牲者を出したイスラエル。
対立が続いていた政界では与野党が連携した「戦時内閣」が発足し、ハマスの壊滅を目的とした大規模な軍事作戦が始まろうとしている。
すでに2000人以上が死亡したガザ地区では、北部に住む住民たちが南部に移動している。
イスラエル軍は24時間以内の退避を求めたが、国際世論の批判もあり、攻撃開始のタイミングを見計らっているようだ。
移動の対象となる住民は100万人以上とされ、避難する場所もないガザの中で深刻な人道危機が起きることは確実で、国連や援助関係者から重大な懸念が示されている。
しかし、イスラエルを止めることはできないだろう。
イスラエル国民にとって、自分たちの手で国土を防衛することは建国以来の総意であり、今回のような無差別攻撃や住民の拉致が起きる事態はなんとしても食い止めなければならないのだ。
これに対し、ハマスは徹底抗戦を宣言し、イスラエル軍をガザに引きずり込み、張り巡らした地下トンネルと人間の盾を利用しての市街戦を目論んでいる。
さらにアラブ諸国やその国民に対し反イスラエルの闘争に加わるよう情報戦を活発化させている。
これに呼応するように、ハマスの後ろ盾となってきたイランがイスラエルに警告を発した。
報道によれば、中東和平を担当する国連の特使と14日に会談したイランのアブドラヒアン外相は、イスラエル軍がガザへの地上侵攻に踏み切った場合、「イランも対応せざるを得ない」と述べ、介入する可能性があると示唆したという。
イスラエルとパレスチナの戦いなら、イスラエルの圧倒的な優位は揺るがないが、イランとイスラエルの戦闘に発展した場合には、中東全体を巻き込む破滅的な戦争となる。
レバノン南部を支配する武装組織ヒズボラはイランの別働隊とも言われ、ガザ侵攻が始まればレバノンやシリアからイスラエルへの攻撃が始まる可能性がある。
アメリカはそうした事態を阻止するために東地中海に空母を派遣するなどして事態の沈静化を図ろうとしているが、イスラエルが後ろで糸を引くイランを先制攻撃する可能性は常に指摘されていて、最大の懸念材料と言っていい。
こうした絶望的な状況が続くガザで暮らす人たちは今何を思うのか?
CNNが報じた記事が私の目に止まった。
ガザに住む作家・人権活動家・ジャーナリストであるオマール・グレイブ氏が書いた『ガザに闇が落ちる時、世界が私たちにも目を向けてくれることを願う』という記事を引用する。
爆発の衝撃で自宅が揺れ、ノートパソコンが吹き飛んで、粉々に割れたガラスや破片の上に落下した。点滅する画面に目をやって私はため息をつき、また1台のコンピューターに、そしてこの原稿に、死を宣告することも覚悟した。私はパソコンを床からそっと拾い上げると、何とか命を吹き返させた。そして執筆を続けている。
ガザにいる私たちはこの5日間、誰もがニュースにくぎ付けになり、攻撃と反撃が交わされ、境界の両側で死者が増えていく様子を信じられない思いで見守っている。暴力は毎回、違う始まり方をする。だがここでの終わり方はいつも同じだ。パレスチナ人が重い代償を負う。私たちは永久に悲劇的な結末を予期しながら生きている。
今、私は原稿を書いている。なぜなら執筆は生命線であり、この数日の間に底知れぬ闇が深まっていく現実からの、つかの間の逃避でもあるからだ。
電気は止まり、水は不足し、家の外の空気は濃い煙と火薬の刺激臭に満ちている。のどと目がヒリヒリする。パンを求めて外出するのはあまりに危険だが、内なる平穏、あるいは少なくとも一時的な気晴らしにはなるかもしれない冷たいソルトキャラメルマキアートという罪深い快楽が頭をよぎる。15年を超えた息詰まる封鎖の下、世界最大の天井のない監獄とも呼ばれるこの沿岸部の貧しい飛び地に暮らすガザのミレニアル世代にとって、それ以上、何が期待できるのか。
私は原稿を書く。そして世界は、暴力、流血、闇が私たちを包み込む様子を見つめている。私たちは前例のない、恐ろしい時の中にいる。だが私にとって、そして多くのガザ住民にとっては、何十年にもわたって平和と安全、尊厳を求めながら停滞していた闘いが、また再燃しただけのようにも感じられる。私が西側メディアの報道に見る光景――イスラエルの占領も、封鎖も、私たちの苦しみもかき消した光景――は、私の自宅の窓から見える光景とは、似ても似つかない。
ガザの人たちは不確実な未来を思い、外の空気は張り詰めた予感と不安に満ちている。私たちはこの展開の末にどれほどの未来があるのか予想しようと試みる。食糧と水を断つという命令に加え、イスラエルが私たちに振るう集団暴力から避難するための備えとして、コツコツと備えておいた非常用品の中身を比べ合う。
私たちはこれまであまりに多くの衝突をくぐり抜けてきたので、常に余分な缶詰やナッツ類を非常用に購入する。水が不足し、断たれる中で、鍋やフライパン、瓶など液体が入るものには何でも水をたくわえ、底を突かないようにと願う。
近隣の住民は必需品について話し合い、余った物があれば何でも交換する。予備のおむつを見つけた家族もあれば、たくさんのパンを見つけた家族もある。多くを語る沈黙のやり取りの中で、彼らは全て口には出さない共感の言葉を通じて、商談と同じくらい大切に思える取引を演出し、互いに助け合った。彼らは最も効率良く避難できる計画と避難場所について戦略を練る。現実には、逃げる場所も避難する場所もどこにもないと、強く感じながらも。ガザ地区には、イスラエルの爆撃から私たちが逃れられるシェルターも防空施設も存在しない。
私は、これまでもそうしてきたように、おとなしくし続けるべきかどうか迷っている。私の人生を通じ、そしてその何十年も前から連鎖してきた内と外からの抑圧の層の下に、恐怖と不安を鎮めるのがこれまでの条件だった。世界は私たちの窮状を見て見ぬふりをし、私たちの人間性を否定し、私たちに対する抑圧を私たち自身の責任と非難する。私は自分が異次元に閉じ込められ、自分の正気や自分の魂を失うことなく周囲の状況に対応しようともがいているように感じる。
西側政府の偏見や選択的憤りは、今に始まったことではない。私たちが何年も、何十年も、イスラエルの占領と暴力と差別に苦しむ中で、彼らは私たちに目を向けたことも、気にかけたこともなかった。
問題は、私たちがここからどこへ向かうかだ。
自己検閲と外部の抑圧という地雷源の中を進みながら、私はパレスチナ人が暴力を非難し、ただ平和を希求することの価値を考えている。私たちの叫びを無視する世界の中で、私は自分の言葉が届くかどうかを問いかける。もし届かなければ、それは多分、自分がパレスチナ人だからだろうとは十分に分かっている。
暴力がエスカレートするたび、米国のメディアはイスラエル寄りの偏見をあらわにし、パレスチナ人の声の大部分をはかりから差し引く。ニュースで伝えられる人命の損失は恐ろしい。だがイスラエルが集団暴力を行使し、パレスチナ人が死傷する事態が過去何十年にもわたって繰り返されても、西側のジャーナリストや政治家が示す懸念ははるかに小さい。
世界が私たちにも目を向けてくれることを私は願う。私たちの声を聞き、私たちの人間性と、ほかの全ての人たちと同じように自由で安全に暮らす権利を認めてほしい。力の力学や政治的勝利が論議される中、ありのままの人間性や心の痛みに向けられる余地はまだあるだろうか。もしあったとすれば、私たちはとうに自由になっていたはずだ。
容赦なく残忍なイスラエル軍の攻撃も、境界が封鎖された抑圧的な状況も、私の正気をくじくことはできなかった。この数十年の間にイスラエル軍の占領が私たちの存在のあらゆる側面をゆがめ、私たちの土地と人々を打ち砕いたことは、忘れることも、無視することもできない。
私たちの刃を鈍らせ、最も明るい光を暗くしようとする世界の中で、夢見ること、痛みを感じることは、どれほど限られていようと、私たちの多くにとって最大の力になっている。今も私は声を上げ、読み続け、書き続け、そして希望を持ち続ける。
引用:CNN
防弾チョッキを身に纏ったジャーナリストたちの現地リポートよりも、グレイブ氏の記事は胸に迫る。
「私たちの人間性と、ほかの全ての人たちと同じように自由で安全に暮らす権利を認めてほしい」
ガザの人たちが望んでいるのは、私たちが享受している自由で安全な暮らし。
しかし彼らには生まれた時からそれが与えられていない。
塀に囲まれ外の世界に逃げ出すことも許されない。
そんな理不尽な境遇で生きる人たちが、世界にはまだたくさんいることをパレスチナの問題は私たちに改めて思い出させてくれる。
世界が私たちにも目を向けてくれること。
それはウクライナの人々も、ミャンマーの人々も、香港の人々も訴えてきたことだ。
パレスチナの問題はウクライナの戦争に比べてはるかに根が深い。
私たちに何ができるのか?
どういう視点でこの問題に向き合えばいいのか?
今後事態がますます深刻化する中で、世界中の人たちに重い問いを投げかけ続けるのだ。
