<吉祥寺残日録>韓国の新大統領に尹錫悦氏!8浪の末に司法試験に合格した元検事総長の「人に忠誠を尽くさない」生き様 #220310

今日は3月10日、東京大空襲から77年が経った。

アメリカ軍の無差別な空襲により11万5000人が死亡し、310万人が被災した。

一般市民を標的とした市街地への無差別爆撃は、ピカソの絵画でも有名なナチスによるスペイン・ゲルニカへの空爆(1937年4月26日)が世界初とされる。

日本も中華民国の首都となった重慶に対し無差別爆撃を繰り返した。

しかしこうした第二次世界大戦の反省から、戦後はジュネーブ条約などで無差別爆撃は禁止されたと考えられているが、今ウクライナで行われているロシアの空爆はほとんど無差別と言えるひどいものだ。

ロシア軍に包囲され市民生活が極めて厳しい状況に置かれている南部の要衝マリウポリでは、子供や妊婦の専門病院が空爆を受けたという。

出産間際の妊婦たちが慌てて避難する映像は痛々しい。

ウクライナのゼレンスキー大統領はこうツイートした。

「残虐だ。世界はいつまでテロを無視する共犯でいるつもりなのか。いますぐ空を閉ざせ。殺りくを止めろ」

しかし、停戦実現のために当面NATO加盟を求めないなど一部妥協の可能性も表明し、プーチン大統領との直接交渉を求め続けている。

今日、トルコの仲介によって、軍事侵攻後初めてとなるロシアとウクライナの外相会談が開かれた。

プーチン大統領が一切の妥協を認めない姿勢を崩していないため、具体的な成果はなかった模様だが、それでもマーケットは大幅に値を上げた。

UAEが原油の増産に動くとの観測から原油価格が大幅に下がったのが原因だという。

アメリカが決めたロシア産原油の輸入禁止に追随したのはイギリスだけ、最大の輸入先であるEUは2030年までにロシアへの依存を解消するとしただけ。

日本もエネルギーの安定確保の観点からアメリカに追従することはできないとしている。

こうした西側の足並みの乱れも市場関係者の目から見ると、「買い」と映ったのだろう。

いつもながら、他人の不幸も金儲けに利用するマーケットの非情さである。

今日はもう一つ、日本にとって重要なニュースがあった。

大接戦のまま投票日を迎えた韓国の大統領選挙は、保守系野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)前検事総長が僅差で当選を果たした。

尹錫悦氏は「政治経験0」の韓国史上初めての大統領となる。

韓国メディアをチェックすると尹錫悦氏の意外なプロフィールが記されていた。

エリート検察官というイメージのある尹錫悦氏だが、実は8浪してようやく司法試験に合格した遅咲きの人物だったというのだ。

 尹氏は1960年にソウルで生まれた。経済的に余裕があり、教育熱心な家庭環境は好奇心の多い尹氏の性格の基礎となった。

 所得不平等に関する研究で有名な大学教授だった父親の影響で、一時は経済学者を夢見たが、より肌で感じる学問を学びたいと1979年にソウル大に入学し、法学を専攻した。

 1980年5月、民主化運動(光州事件)が起きる直前に開催された校内模擬裁判で、全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領に無期懲役を言い渡し、母の実家があった江原道・江陵で3カ月間、身を隠していたというエピソードは有名だ。

 大学卒業後、8浪の末に司法試験に合格した。慶事や弔事への参加は欠かさなかったと振り返るほど周囲の人を気遣ったことも、浪人を繰り返した要因となった。

 1991年、9回目の挑戦となった司法試験を前に、結婚を控えた友人のために南東部の大邱を訪問したことがあった。大邱に向かう高速バスの中で読んだ本の非常上告の内容が3日後の司法試験に出題され合格できたという。非常上告は検事総長固有の権限だ。尹氏は非常上告と司法試験合格とのつながりを「運命」と語ったことがある。

 1994年に司法研修院の課程を修了した尹氏は弁護士になろうとしたが、3年だけ経験を積むつもりだった検事を26年務めた。

 「スター検事」尹錫悦の成長記はどんでん返しの繰り返しだった。

引用:聯合ニュース

尹錫悦氏を有名にしたのは、検事として取り組んだ政界のスキャンダルだった。

法の番人として尹錫悦氏が語った有名な言葉がある。

「私は人に忠誠を尽くさない」

与野党ともに政界スキャンダルが尽きない韓国だが、尹氏は政党に関係なく厳しく疑惑を追及していったのは日本でも度々報道された通りだ。

 尹氏を一躍スター検事に押し上げたのは朴政権下の2013年、国会の国政監査で、国情院による大統領選挙介入疑惑事件の捜査の過程で上層部から圧力がかかったと暴露したことだ。

 「人に忠誠を尽くさない」と述べた尹氏の当時の発言は歴史の1ページに残ったが、政権に嫌われた尹氏は左遷され、地方の高検の検事として4年余りをすごした。人々には、不当な圧力に屈しない「硬骨の検事」のイメージを刻み込んだ。

 このころ、革新系与党「共に民主党」の主要関係者から総選挙出馬を勧められたが、「検察に残り後輩たちの面倒をみなければならない」と断ったという。

 2016年、尹氏は朴前大統領の長年の知人、崔順実(チェ・スンシル)氏による国政介入事件を捜査していた特別検察官の捜査チームのチーム長として華やかに復活した。

 文政権発足後は、朴政権を退陣に追い込んだ「ろうそく革命」の功労者として、先輩たちを差し置いてソウル中央地検長に抜てきされた。「積弊清算」のための捜査の陣頭指揮を執り、横領や収賄などの罪に問われた李明博(イ・ミョンバク)元大統領、朴前大統領に対し重刑が言い渡される判決を引き出した。

 文大統領の側近で法務部長官を務めたチョ国(チョ・グク)氏を巡る問題は、今日の「政治家としての尹錫悦」にとって転機となった。

 検察トップとして「生きた権力にも厳正になるべきだ」という文大統領の要請をそのまま行動に移し、チョ氏の家族らの不正疑惑を巡り厳しい捜査を行い、文政権から目の敵とされ、与党陣営の関係者も尹氏に背を向けた。

 チョ氏の後任の秋美愛(チュ・ミエ)前法務部長官との対立、検察の捜査権を完全に剥奪しようと試みた共に民主党との衝突が重なり、文政権との不和は取り返しのつかない状態に陥った。

 結局、昨年3月、「正義と常識が崩れるのをこれ以上見ていられない。検察で私がやるべきことはここまでだ」と辞任の言葉を述べ、任期満了まで約4カ月を残して検事総長を退いた。

引用:聯合ニュース

こうして文在寅政権と激しく対立した尹錫悦氏に野党が目をつけスカウトし、一躍野党の大統領候補として注目を浴びることになった。

政治経験のない尹氏を批判するために、対立候補はウクライナのゼレンスキー大統領を引き合いに出し、「コメディアン出身の素人大統領が戦争を招いた」と発言し批判を浴びた。

連日報道されているゼレンスキー大統領の活躍は、尹錫悦氏にとっても追い風となったかもしれない。

さらにここ数日韓国ではコロナ感染者が1日30万人以上見つかる異常事態が続いていて、これもまた野党候補の尹氏の政府批判に根拠を与えた。

当選が決まると尹錫悦氏は早速バイデン大統領と電話で会談した。

南北関係の進展を最大の目標として北朝鮮に対し宥和的な政策をとってきた文在寅政権から大きく転換し、今後は米韓同盟を基軸にした政治を行っていくとの姿勢の表れだろう。

日本にとっても行き詰まった日韓関係を改善するチャンスが訪れそうである。

岸田総理自身、外相として朴槿恵政権と交渉し、慰安婦合意を取りまとめた責任者。

文在寅政権によるちゃぶ台返しに対しては苦々しい思いを持っていたことは間違いない。

とはいえ、韓国の国会では6割を現在の与党が握っていて、尹錫悦氏も安易な妥協はできない政治状況が続く。

朴槿恵大統領の登場で日韓関係の改善が期待された時と同様、過度に期待しすぎるとまた不信感だけが募ることになる。

ここはまず、岸田さんと尹さんの信頼関係を構築し、日本側も不用意な発言を慎んで、歴史問題に決着をつける道筋を模索するべきだろう。

今回、尹錫悦氏を支持した層を分析すると、20〜30代の男性からの支持が大きかったという。

子供の頃から日本文化に親しんできた若い世代。

日本でも「BTS」など韓国のポップカルチャーに熱狂する若者たちがたくさんいる。

こうした両国の若い世代にイニシアティブを取らせる形で、時間をかけて日韓関係を改善していく。

両国のリーダーたちには、これまでとは違う新たなアプローチを見つけ出してもらいたいと思う。

岸田総理と尹錫悦氏には、そのチャンスがあるような気がするのだが・・・。

文在寅

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