岡山に来てから連日猛暑日が続く中、早朝から起き出して草刈りやら水やりやらに追われている間にお盆になってしまった。
朝の畑仕事から帰って水風呂に浸かり、朝食を済ませた後は録画しておいたパリオリンピックの放送を見続ける毎日。
そんな日々を送っていると、頭がぼーっとしてきてブログを書く気力が湧いてこなかった。

11日に閉幕したパリオリンピックでは、日本選手が20個の金メダルを含む45個のメダルを獲得。
ブログに書き残したい感動的なシーンもたくさんあって、また気力が湧いた時に遅ればせながら書いておきたいと思っているのだが、このオリンピック期間中、なるべく試合の結果を知らずに録画を見たいと考えテレビやネットのニュースを意識的に見ないようにしていた。
この間、南海トラフ巨大地震の臨時情報が初めて出されたり、ウクライナがロシア領内に大規模な越境攻撃を仕掛けたりと、大きなニュースが次々に起きていたが私はブログを書かなかった。
しかしオリンピックも終わり、日常の生活が戻ってきたので、ぼちぼちブログの方も通常運転に戻したいと思っている。

そんな折、唐突に飛び込んできたのが岸田総理が秋の自民党総裁選に出馬しないとのニュース。
ある程度予想していたこととはいえ、「なぜこのタイミング?」とちょっと意外に感じた。
どんな背景があったのか?
日本経済新聞の記事を引用しておきたい。

岸田文雄首相は9月の自民党総裁選への立候補を見送った。3年間の外交や経済の実績への自負はあるものの、総裁選で勝てる目算が立たなかった。派閥の政治資金問題で低迷する党勢を上向かせるには首相交代が不可欠だとの党内の声に抗(あらが)いきれなかった。
14日の記者会見で進退に関し「最後は自分で決定する」と強調した言葉からは無念さがにじむ。
13日夜、都内のホテル。首相は木原誠二幹事長代理ら側近に出馬しないという最終的な意思を伝えた。「誰でもいいから顔を替えろということなんだろう」と漏らした。
「総裁選に出てきそうなのは小泉進次郎、小林鷹之、茂木敏充、河野太郎、高市早苗、加藤勝信か……」。人ごとのように候補者を挙げ、そこに自らの名前は含めなかった。「今の野党が相手なら新しい顔でも乗りきれるかもしれないな」とも語った。
かねて側近らと総裁選の情勢分析を重ねてきたが、現職首相が出馬に意欲をにじませているのに対抗馬の数は減らなかった。2021年の前回総裁選で自分を支持した議員が別の候補を担ぐとの情報も相次いで届いた。
内閣支持率は低迷から脱せずにいる。週明けの20日に総裁選の選挙日程が確定し、各候補の動きが本格化する。
誰かが出馬表明をした後になって首相が不出馬を決めたら、首相はその候補と戦うのを恐れたとみられかねない。週明け早々に複数の議員が立候補を明らかにするとの噂も、そろそろ潮時との首相の判断を後押しした。
14日朝、首相は首相公邸で木原氏らとの打ち合わせを済ませると、午前9時台から自民、公明両党の幹部らに一気に連絡を入れた。
温和な岸田さんには激しく争う敵は少ないものの、献身的に支えてくれる味方も少ない。
信頼できる側近といえば木原誠二氏ぐらいで、妻をめぐるスキャンダルを抱える木原氏に何でもかんでも頼らざるを得なかった。
最大派閥のトップとして自民党を牛耳った安倍さんとは所詮党内基盤が決定的に異なるのだ。

3年前、当時の菅総理に反旗を翻す形で政権の座についた岸田総理。
当初は「短命」「安倍元総理の傀儡」と見られていたが、安倍さんが凶弾に倒れると、徐々に独自色を打ち出して、結果的には日本の総理としては平均以上の長期政権となった。
アメリカのバイデン大統領や韓国の尹錫悦大統領とも緊密な関係を築き、ロシアのウクライナ侵攻という難しい情勢の中で比較的安定した外交を展開してきた。
尹大統領のイニシアティブによるところが大とはいえ、日韓関係の改善は岸田総理時代の最大の功績だろう。
世論の批判にも比較的謙虚に耳を傾け、時には党内が驚くような決断も下してきた。
安倍派の政治資金問題が明るみに出ると、いち早く自らの派閥を解消して流れを作った。
見かけによらず、したたかで、運にも恵まれた総理大臣だった。

しかし「政治とカネ」の問題が政権の命取りとなり、支持率を回復させることはできなかった。
そして徐々に、岸田さんの政権基盤にもヒビが広がっていく。
「首相は政策的に何も間違っていない」。首相が頼みとした麻生太郎副総裁は重ねてこう主張してきた。最近はもう一言加わるようになった。「それなのに支持率が上がらないなら政権に伸びしろがないんじゃないか」
政権発足当初は麻生、茂木、岸田3派を中心に最大派閥の安倍派の協力も得て、安定した政権運営を続けてきた。徐々に、次の首相の座を狙う茂木敏充幹事長と距離が生まれ、政治資金問題をめぐる処分で安倍派からも不興を買った。
唯一残る派閥を率いる麻生氏頼みの構図が強まったものの、その麻生氏とも溝が生まれた。改正政治資金規正法の成立を急ぐため、麻生氏らの党内調整を飛び越えて公明党に歩み寄ったためだ。
首相は国会閉会後も麻生氏を会食に誘い関係修復に動いた。7月25日は「訪米の報告」の名目で会い、1週間後の8月2日にも党本部で1時間ほど面会した。
「会って話せば盛り上がるが、麻生さんがどう考えているのか、胸の内までは分からない」と周囲に漏らした。麻生氏からは最後まで再選支持の言質を得られなかった。
岸田さんには、強い権力欲は感じない。
特別優秀ではないものの危険さを感じさせない総理大臣だった。
麻生派以外の派閥が全て解散した中で行われる総裁選で誰が次の総理として浮上するのか?
現状では全く予想ができない。