11月の大統領選挙まで残すところ5ヶ月。
アメリカの次期大統領の有力候補ドナルド・トランプ氏に、ついに有罪の評決が下った。

2016年の大統領選の前後に不倫相手に支払った口止め料を弁護士費用として事業記録に計上し、選挙戦に不利な情報を隠したとして34の罪状で起訴されていたが、30日陪審団は全ての罪状について有罪の評決を下した。
アメリカの大統領経験者が刑事裁判で有罪となるのは史上初めてのことである。
量刑は7月11日に判事が言い渡すことになるが、トランプ氏は「腐敗した八百長裁判だった」と強く反発しており控訴することは確実だろう。

常識的には、この評決はトランプ氏の政治生命を奪っても不思議ではないものだが、そうはならないのが完全に分断してしまったアメリカの現状である。
日本のように無党派層の多い社会とは違い、多くの国民が自らの支持政党を持ち、事実よりも信念のもとに投票を行うというのがアメリカ型の民主主義なのだ。
特に2016年のトランプ大統領誕生以後、トランプ的なるものを支持するか敵対するかで社会が真っ二つに割れてしまった。
トランプ氏の岩盤支持層は、既存メディアが伝えるニュースをはなから信用せず、トランプ氏を筆頭に自分たちが信じる人物やメディア、SNSの主張のみに耳を傾けるのだから、前提となる情報が違い過ぎて民主主義の土台となる討論というものが成り立たない。
もはや末期的と言っていい状態だ。

そんな中、トランプ支持者たちを操る怪しげな人物に密着取材したドキュメンタリーを見た。
『議会乱入を仕掛けた男 トランプ陰の“盟友”』
デンマークのドキュメンタリー監督クリストファ・グルドブランドセンが、トランプ氏の長年の盟友であるロジャー・ストーンという親共和党のロビイストに長期密着した作品だ。
1972年のニクソン再選運動以来、共和党の選挙参謀として暗躍してきたストーンは、泡沫候補だったトランプ氏が2000年に大統領選に挑戦した時から政治顧問を務めた人物である。
2016年の大統領選挙では対立候補だったヒラリー・クリントン氏のメールを暴露する工作にも関与し禁錮3年4ヶ月の有罪判決を受けたが、トランプ大統領によって恩赦が与えられた。

そんなストーンが2020年の大統領選で仕掛けたのが「選挙が盗まれた」という大規模なキャンペーンだった。
投票日2日後の2020年11月5日、ストーンはカメラの前でこんな計画を明かした。
『崇高なる計画を考えている。君らのような凡人には理解できないことだ。』
そして次々に電話をかけた。
『作戦“選挙を盗ませるな”を復活させる。退役軍人か警察官を探して仕切らせたい。階級や年齢は不問。老若、障害の有無も。よろしく頼む。』
『国のために手伝ってくれ。ニュースをチェックして悪質な票泥棒の実例を探してほしい。ゴミ箱に捨てられた票、燃やされた票、スーツケースの持ち込み、何でもいい。リンクを送ってくれ。』
この“選挙を盗ませるな作戦”は2016年の選挙でトランプが負けそうな場合に備えてストーンが考えたものだという。
ストーンは極右団体「オース・キーパーズ」や「プラウドボーイズ」と連携してこの作戦を加速する。
『“選挙を盗ませるな”キャンペーンに協力したい方は、アプリのダウンロードを。そこにリンクを。アプリは無料。この便利なツールを使えば、同じ怒りを感じ抗議したい人と連携できます』

ストーンは、トランプ支持者の集会にも自ら足を運び、根拠を示さぬままに「選挙が盗まれた」と煽動する。
『選挙運動中まるで昏睡状態だったバイデンがオバマより1000万票多く獲得したなど信じられますか?』
『とんでもない証拠をこの目で見た。惑わされるな。』
『我々には勝つまで闘う義務がある。負けを認めるな。降伏や諦めはいけません。アメリカをより偉大な国にしましょう。』
こうしたストーンの計画に、トランプを支持する極右団体が加担する。
「オース・キーパーズ」の創設者スチュワート・ローズは極右系ネット・ニュース「インフォウォーズ」でこう発言する。
『不正の現場を見つけた。ストーンの鋭い指摘によると、トランプは“闇の政府(ディープ・ステート)”とまだ闘ってる。議事堂への更新に参加してトランプを守ろう。』
すかさず「インフォウォーズ」創設者アレックス・ジョーンズが、さらに視聴者を煽動。
『土曜の朝、ホワイトハウス前に集まってくれ。何十万もの賛同者が必要だ。』
さらに「インフォウォーズ」の司会者が続く。
『男が英雄になる時だ。そして英雄が伝説になる時、真の男になるんだよ』

こうして一人の策士が生み出した「選挙が盗まれた」というフェイクは瞬く間に共和党支持者の間に広まり、トランプ大統領もこの悪巧みに自ら乗った。
トランプ『我々は実際、勝ったんです。多くの州で一つ残らず。票の強奪を決して見過ごしてはならない。もしこの大統領選で起きた恐ろしい不正を根絶できなければ、我が国は終わりです。』
そして、日を追うごとに共和党の有力議員たちまで選挙結果を否定する発言を繰り返すようになる。
『大統領は合法的な票のために闘うべきです』
『不正があった。選挙はまさに盗まれた』
『沈黙はダメです。立ち上がらねば』
『勝ったのはトランプ大統領です。声をあげてください。皆の力で食い止めましょう』
ポピュリズムもここに極まれり、もはや民主主義ではなく、衆愚政治そのものである。

こうして2021年1月6日。
過激なトランプ支持者たちによってワシントンの国会議事堂が占拠されるという前代未聞の事件が起きるのである。
このドキュメンタリーは、嘘で選挙結果を覆そうとした一人のロビイストによる策謀がアメリカという世界一の超大国を崩壊させようとした事実を見事に描いてみせた。
昔であればメディアが相手にもしないような極端な主張が、何のフィルターも通すことなく大衆を煽動し民主主義を堕落させたのだ。
これは本当に恐ろしい事態である。

議事堂襲撃事件が起きた当日、ストーンはトランプ大統領と共に演説を行い群衆を率いてデモ行進の先頭に立つ予定だった。
しかし直前になって演説のメンバーから外されたため、ホテルの部屋に残りテレビで様子を見る判断をする。
デモ隊が議事堂になだれ込み死者まで出る事態に、ストーンは直ちにワシントンを離れることを決めた。
ストーンが生み出した“選挙を盗ませるな”キャンペーンは、彼の思惑を超えて暴走し、政治の世界で長年生きてきた彼でさえ予想できなかった最悪の結末を迎えたのである。
ストーンは自らが議事堂襲撃には関わっていないと証明するための証拠写真を撮り、足早にホテルを後にした。
そして、フロリダの自宅に逃げ帰った後、トランプ大統領に対し事前の恩赦を求めるが、結局2度目の恩赦は得られなかった。

取材最終日、ストーンはカメラの前でトランプ側近に腹いせの電話をかけてみせた。
『なぜそんな仕打ちを。トランプ弾劾を呼びかける記者会見を開くか? 俺ならそうする。俺はやるぞ。トランプ弾劾を支持する。奴を排除し、クシュナーも訴追する。バノンの件でどう金が動いたか捜査だ。今日FBIに告発する。ふざけやがって。そう、それが理由だ。弾劾を支持する。そのために力を尽くす。本気さ。奴はバーニーもルディも皆裏切った。奴は去るべきだ。次に立候補したら八つ裂きにしてやる。奴は逃げられない。クソ食らえ。』
彼の発言を聞いていると、トランプ支持者には理想などないことがよくわかる。
全ては自分の利益のためにトランプというカリスマを作り上げ、トランプを通してうまい汁を吸おうとしているに過ぎない。
そして事実よりも信仰を重視する保守的な人々を煽動して、巨大なムーブメントを起こす技を彼らは持っていることもよくわかった。

トランプ氏は再び大統領に返り咲くのだろうか?
恥ずべき有罪評決でさえ、彼にとっては「ディープ・ステート」による魔女狩りというお得意の演説のネタに過ぎないのか?
民主主義陣営のお手本だったはずのアメリカは、建国以来の伝統をぶち壊す予測不能な化け物が支配する得体の知れない国になってしまうのだろうか?
ひょっとすると、戦後私たちが信じてきた民主主義という体制自体が終焉を迎えているのではないか?
このドキュメンタリーを見終わって、そんな嫌が予感がして仕方がない。
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