トランプと金正恩とサニブラウン

奇妙なテレビ中継だった。

深センと香港への出張で疲れた私は、1日ゴロゴロして過ごしていた。妻がテレビをつけると、トランプ大統領が金正恩委員長と板門店で拍手していると生中継で伝えていた。

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大阪でのG20サミットに出席したトランプ大統領は、突然ツイッターで金正恩氏に会いたいと発信した。

文大統領の熱烈な招待を受けて、G20の後、韓国を訪問することは決まっていた。だが、金正恩委員長との会談は事前には全く予定されていなかったのだが、「今朝突然思いついた」などとうそぶいて、平然とツイッターを発信したのだ。

そのニュースを聞きながら、トランプさんらしいパフォーマンスだなと思った。

全てが嘘くさい。

北朝鮮側は、ハノイ会談が失敗に終わり焦っているのは、誰の目にも明らかだった。そこに、ふと思いついたかのように餌を投げる。金正恩氏が食いついてくることは予想がついてのパフォーマンスだと思う。

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境界線を挟んで、金正恩委員長を待ち受けるトランプ大統領。

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次の瞬間、トランプさんはいともたやすく境界線を越えて北朝鮮側に入った。

これだけのパフォーマンスで、トランプ氏は北朝鮮に足を踏み入れた初めてのアメリカ大統領となった。さぞ大満足だろう。

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そして今度は、金正恩氏を伴って韓国側に戻ってきて、報道陣の取材を受ける。

去年の南北首脳会談をパクったような既視感のある光景。だからか、テレビ中継を見ながら、さしたる感慨もない。

トランプ大統領にとっては、オバマさんができなかった北朝鮮との交渉を自分はうまくやっていることさえアメリカ国民に示せればそれでいいのだ。北朝鮮の非核化などトランプさんにとってさして重要な問題ではない。

戦略なき不動産屋外交。

でも、今そのアマチュア的外交が世界を振り回している。

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アマチェアが悪いわけではない。長年外交に携わっている人間よりも、常識にとらわれないトランプ流の方が成果を上げる可能性もある。

ただ私が気に入らないのは、トランプさんに哲学や誠意が全くないことだ。今よりも良い世界を作ろうという理想がない。自分の都合だけで相手を振り回す。世界一の権力者という地位を弄んでいる。

メディアが飛びつきそうなサプライズとパフォーマンスを次々に繰り出して、世の関心を自分に集める。まさにポピュリストの典型だ。それを追いかけ回すメディアには、それをどのように伝えるのか、従来のパターンにとらわれない報道をしてもらいたい。

型破りの権力者は政治に関心の薄い国民からは新鮮に見える。しかしそこには嘘で固められた虚構があり、一時しのぎの政策は将来に大きなツケを残す。トランプさんが辞めた後の指導者と国民がそのツケを払うことになるだろう。

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私の今日の関心は、トランプや金正恩ではなく、200m決勝のサニブラウンだった。

サニブラウン・アブデル・ハキーム。20歳。

ガーナ人の父と日本人の母を持つサニブラウンは、フロリダ大学で英才教育を受け一段と力をつけて凱旋した。

出張中に行われた陸上日本選手権の男子100m。

今年、日本記録を更新したサニブラウンと同じく9秒台の記録を持つ桐生祥秀の初めての直接対決に注目が集まった。

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結果は予想通り、サニブラウンの圧勝だった。

アフリカ人の肉体と日本人の細やかな精神が合わさると、世界的なスポーツ選手が生まれる。サニブラウンは、大坂なおみと並ぶ代表選手だ。

100mは結果がわかってから録画で見た。

今日の200mは何としても、生で見たいと思っていた。

なのに、トランプ・金正恩会談が日本選手権の中継時間に行われた。NHKは陸上の中継の間に板門店からの中継を割り込ませる。スポーツと報道の激しい戦いがNHKの中で展開されていることが画面から伝わるようだ。

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事前の調整もない会談は、言葉だけのパフォーマンスに終始する。

でも、これこそがトランプさんの狙いだから、大成功なのは間違いない。

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そして、一番うれしそうだったのは、韓国の文在寅大統領だった。

G20では、安倍総理との会談が実現せず国内メディアから批判を受けたが、この板門店会談が実現したことで、G20など完全に吹き飛ばすことができた。

中身など問題ではないのだ。3首脳が顔を揃えるパフォーマンスにこそ意味があるのだ。

こうしてアメリカと南北朝鮮が顔を揃えるのは初めてのことであり、こうした信頼関係の醸成こそが朝鮮半島の明るい未来につながるという確信が文大統領にはあるようだ。

このところ大統領に厳しかった韓国世論も、板門店会談は前向きに評価しているように見え、文大統領はとりあえずホッとしているのだろう。

その意味では、三者三様、全員の利害が一致した結果だ。

瓢箪から駒で、ここから何か良い結果が生まれればラッキーというしかない。

そして幸いなるかな、男子200m決勝の始まるまでには、板門店会談は終わった。

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そして大方の予想通り、サニブラウンは200mも制した。

小池が2位、桐生が3位に入り、100mと同じ三人がメダルを分け合った。

サニブラウンが一歩抜け出し、それを桐生と小池が追うという当面の勢力図が固まった瞬間だった。今年の世界陸上と来年の東京五輪はこの序列のまま、代表選考が行われることだろう。

関心は、4×100mリレーの残る1枠が誰になるかという点と、サニブラウンがどこまで記録を伸ばすのかという2点だ。

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勝利の後に見せるサニブラウンの謎のポーズは、彼が所属するフロリダ大学の「ゲイターポーズ」だと知った。

フロリダに生息するワニの大きな口を表しているのだそうだ。

トランプさんもサニブラウンもまだまだ未知数だが、まずは期待して見守りたいと思っている。

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