今月、連日メディアを騒がせてきた日大アメフト部の問題が一つの解決を見た。
同部が加盟する関東学生アメリカンフットボール部が、重大な反則行為を支持したとして日大の内田前監督と井上前コーチの除名処分を決定したのだ。
世論の見方に一致する決定であり、日大側が主張していた選手と監督・コーチの主張の不一致について、「どちらを信用すべきかは火を見るより明らか」と明快に断を下した。
こうした話を聞くと、直接関係ないのに清々しい気持ちになる。

この問題、今月6日の関西学院大学との試合で起こった。
パスを投げた直後の無防備なクウォーターバックに対し、日大の選手が背後からタックルし3週間の怪我をさせた問題だ。
関学からの抗議にも関わらず、日大側は真摯な対応を取らなかった。日大理事長の側近として日大のナンバー2と言われ絶大な権力を握る内田前監督に誰も物が言えない日大の体質が次第に明らかになった。

こうした中、22日になって反則を犯した日大の宮川選手が単身記者会見に臨み、事態が大きく動いた。怪我をさせた選手に謝罪したうえで、監督・コーチから「潰してこい」との指示があったことなどを詳細に語った。
弁護士と事前に打ち合わせていたとは言え、その真摯な姿勢と的確な受け答えはテレビを見たすべての人たちに「彼は真実を語っている」という確信を抱かせた。

その翌日、内田監督と井上コーチが会見し、怪我をさせろとは言っていないと反論した。
「保身」という言葉しか浮かばない大人の醜い会見に、世論は怒りに震えた。
さらに、当日司会を務めた日大広報の職員が暴言を連発し、火に油を注いだ。この広報はかつて共同通信社の経済部長などを務めた元ジャーナリストだった。
問題発生後の日大の広報の不手際は、ひとえに内田氏やその上に君臨する理事長に対する学内の忖度が原因だったことがこの会見で誰の目にも明らかとなった。

今回の関東学生連盟の決定は私たちに「清々しさ」を感じさせた。
「正義」が行われた時、人は清々しさを感じる生き物なのだ。
特に、政治の世界で「正義」が行われていない状況がずっと続いているだけに、余計この会見が新鮮に映ったのだろう。
では、政治の世界で「正義」を行うべき主体は誰なのか? それは明確である。
司法だ。
三権分立という民主主義の根本原理が機能していないことが一番の問題なのだ。総理大臣という一番の権力者に関わる疑惑を裁けるのは日本の制度では最終的に司法しかない。
安倍さんの進退が重要なのではない。多くの国民が納得していない疑惑に決着をつけて欲しいのだ。
正義が行われている時に感じる「清々しさ」を、政治の世界でも感じたいものだ。