平成最後の日
平成31年4月30日午後5時。
平成の天皇陛下が退位する最後の儀式「退位礼正殿の儀」を私は鳥羽のホテルで見た。
儀式はとても簡潔なものだった。
高齢を理由に自ら天皇の地位を去る決断をした平成の天皇。
そして、最後まで立派に職務をまっとうした。
見事な引き際だった。
鳥羽国際ホテル
史上初めて公式な10連休となった今年のGW、私は体調不良により8泊9日で計画していた紀伊半島一周の旅を断念した。
予約していたホテルや交通機関を片っ端からキャンセルする中で、唯一残していたのが「鳥羽国際ホテル」だった。
平成から令和に変わる特別な日に、この名門ホテルの予約が取れ、それを中心に今回の旅行を計画しただけに、体調が回復したらこのホテルだけは行こうと決めていた。
平成最後の4月30日。
体調は回復し、伊勢神宮外宮に参拝した後、鳥羽国際ホテルに到着したのは午後4時ごろだった。
入り口のドアノブは、ホテルのシンボルマーク、タツノオトシゴだった。
ロビーに入ると、正面の大きな窓から鳥羽湾の美しい海が視界に飛び込んでくる。
2日ともあいにくの天気だったが、リゾート気分はいやでも高まる。
皇室御用達の宿
そしてこのホテルの特徴の一つが、皇室との関係だ。
フロントがある「オーシャンウィング」から私たちの部屋がある「ハーバーウィング」に通じる通路には、貴重な写真の数々が展示してある。
昭和天皇と香淳皇后。
上皇になられた平成の天皇両陛下と美智子様。
皇太子時代の天皇と雅子様。
皇嗣となられた秋篠宮殿下と紀子様。
みんなこのホテルに宿泊された。
特に新天皇については、幼い頃から何度もこのホテルに宿泊しているようだ。
64年の東京五輪
イギリスのエリザベス女王もこのホテルに宿泊した。
鳥羽国際ホテルは、前回の東京五輪が開かれた1964年の創業だ。
当時、日本政府は「外国の要人が宿泊できるホテルを作る」ことを奨励していて、それを受けてヤマハが開業したのがここ鳥羽国際ホテルだ。
2007年には、ヤマハリゾートから三井不動産に譲渡され、2010年に全面的なリニューアルが行われた。
ホテルを上空から撮影した写真も展示されていた。
鳥羽湾に突き出した小さな岬を占有する形でホテルが作られ、一番高いところに立っているのが「オーシャンウィング」、その左の一段下がった建物が「ハーバーウィング」、そのさらに左手奥に見えるのが系列の和風旅館「潮路亭」だ。
ハーバービュー・ツイン
私たちの部屋はハーバーウィングにある「ハーバービュー・ツイン」。
窓の外には港を望み、2つのシングルベッドが窓に向かって配置されている。
窓辺のソファーの座ると、港の向こうに坂手島、管島が見える。
さらに、ベッドの後ろは幅広のデスクになっていて、海を眺めながら書き物ができる。
こんな部屋の配置は初めて。
特に、このデスクの位置は秀逸だ。
その代わり、お風呂はちょっと昔のユニットバス。
でも、ご心配なく。
お風呂好きには、お隣の「潮路亭」の大浴場が無料(入湯料150円)で利用できる。
私も早速行ってみた。
潮路亭の大浴場
ハーバーウィングの1階から一旦屋外に出て、潮路亭に向かう。
歩いて2分ほどだ。
潮路亭へ向かう途中には、入江を見下ろすデッキが設けられ、海を見ながらゆっくりとくつろげるように設計されている。
海に張り出した桟橋に出ると、私たちが宿泊するハーバーウィングの建物がよく見える。
お天気が良ければ、さらに輝いて見えることだろう。
こちらが潮路亭。
目の前に緑の芝生が広がる。
建物に入ると「湯処 常若の湯」と書かれた案内板が・・・。
「常若(とこわか)」とは、『いつまでも若々しいこと』。
20年に一度社殿を作り直す伊勢神宮を貫くキーワードなのだ。
浴場へは、潮路亭のロビーを通って行く。
窓際に置かれた椅子、芝生越しに鳥羽湾を望む。
落ち着いた和モダンの空間が広がる。
そして、お風呂は・・・
大浴場の外には、露天の岩風呂。
板塀で視線を遮り、塀の向こうをトンビが舞う。
しかし、ただの岩風呂ではない。
パールオーロラ風呂
キーワードは、真珠のミキモトグループが開発した「パールオーロラ風呂」。
お湯をよく見ると、何やらゆらゆらうごめく物質がある。
その特性を一段と強調して作られたのが、こちらの丸い露天風呂だ。
「つややかに輝く“真珠肌”へ」と書かれた説明書きを読んでみると・・・
『 世界で初めて真珠の養殖に成功したミキモトグループの「ミキモト・コスメティックス」が、潮路亭のために開発したパールオーロラ風呂。キラキラとパールのように輝くお湯が非日常のくつろぎを演出します。
真珠とアコヤ貝からしか抽出できない希少な海の恵み(パールコンキオリン・ピュアパールミネラル・パールコラーゲン)を配合、しっとりつややかに輝く“真珠肌”へ導きます。』
60歳を過ぎたオヤジには、あまり関係ないが、この風呂目当ての女性もきっと多いのだろう。
それでも妻は、「頭が痛くなる」と言って大浴場には行かなかった。本当に美容には関心がないのだ。
絶景のフレンチ
お風呂から上がると、午後5時半から夕食の時間。
和食も選べるが、私たちはこのホテルのメインダイニング「シーホース」でフランス料理をいただくことに・・・。
窓の外に広がるのは、鳥羽湾の絶景。
船が行き交う夕方の海、やっぱり好きだ。
一皿目は前菜、「野菜に囲まれた海老と真蛸のサラダ トマトのクーリ添え」。
何と言っても、この海老が美味い。甘い。
私はあまり海老が好きではないのだが、この海老は最高だ。
パンとバターはフランス料理では特に重要だ。
もちろん文句なく美味しい。
二皿目はスープ、「本日の野菜クリームスープ」は春キャベツとジャガイモのスープだ。
クリームたっぷりのフレンチらしい濃厚なスープで、もちろん美味しい。
ただ、急性胃腸炎を患ったばかりなので、この濃さが少し心配になる。そして、ワインも控えて、水で我慢する。
三皿目は本場の伊勢海老、「伊勢海老のオリーブオイル焼き 完熟トマトとエルブ・ド・プロヴァンスのソース」。
伊勢海老には軽く焦げ目がつく程度にグリル。香ばしい。
ただ、私は伊勢海老がさほど好きではないので、特別の感慨はない。
四皿目、「お口直しのグラニテ」。味付けは地元のオレンジだ。
これは、さっぱりして美味しい。多少お酒を使っているだろうと言って妻が食べないので、私が2杯いただいた。
そして五皿目はメイン料理、肉と魚が選べる。
私たちが選んだのは「本日の白身魚 その日のスタイルで」、この日の魚はヒラメ、表面をパリッと焼いて香草のソースでいただく。
このヒラメ、ものすごく脂が乗っている。普段なら美味いと思うだろうが、この日はお腹の具合が心配になった。
追加料金を払えば、メインで鮑のステーキや松阪牛をいただくこともできるようだ。
メイン料理の後は、「パティシエ本日のデザート」。
この日は、ババロアとフルーツのゼリーの盛り合わせだった。
この日のコンディションでは濃厚なデザートはきつかっただけに、これは最高に美味しかった。
最後のコーヒーもとてもコクがあり美味しい。
このレストラン、本当にクオリティーが高い。和食は食べていないので比較することはできないが、このホテルに泊まるならフランス料理はおすすめである。
私たちが食事を終えた頃、窓の外は夕暮れのブルーに染まっていた。
鳥羽湾の移ろいゆく絶景を眺めながらのディナー、最高である。
部屋に戻ると、窓から見える港の夜景が予想外に美しかった。
昼間は雑然としてお世辞にも美しいとは言えない港だが、夜になると夜景が楽しめる。
これがハーバーウィングのメリットだと気付いた。
朝食ビュッフェ
翌朝、心配した胃もたれもなく、胃腸の調子はまずまずだった。
朝食の時間は朝7時から10時まで、8時ごろ昨夜と同じ「シーホース」に行ってみた。
朝食は、ビュッフェスタイル。でも、ただの平凡なビュッフェではない。
そこに並ぶ料理にはホテルのこだわりが感じられた。
名物は「伊勢海老ビスクスープ」。
「幻の」という文字に、フレンチにこだわるホテルのプライドを感じる。
小さなおにぎりを握ってくれるのも、好感が持てた。
どの料理も美味しそうで、迷ってしまう。
結局、あれこれ取って、テーブルの上がいっぱいになってしまった。
オムレツもその場で作ってくれたもので、2種類のソースがオムレツ用に用意される手の込みようだ。
名物「伊勢海老ビスクスープ」は、予想通り濃厚な旨味がぎっしり詰まった一品。
小さなおにぎりも、ほっこり美味しい。
あさりのおむすびは初めて食べた。
令和最初の日
朝食を終え、もう一回「常若の湯」に入り、10時半から始まった新天皇の「剣璽等承継の儀」をテレビで見てから、チェックアウトする。
新天皇は病の雅子さまを守り、穏やかに勤めを果たしてきた。派手さはないが、信頼している。自分らしく頑張っていただきたいと思う。
多くの宿泊客はすでにチェックアウトしたと見え、意外にフロントは混んでいなかった。
この後、伊勢神宮の内宮に参拝する予定なので、いらない荷物は宅急便で送ることにする。
宿泊代は10連休料金で普段より相当高かったが、それでも1泊2食付きで2人で7万円足らず。部屋や食事のクオリティー、何よりも従業員の質の高さを考えると、十分リーズナブルと言える値段だと思う。
もし機会があれば、また泊まってみたいと思える素敵なホテルだった。
鳥羽駅との往復には、シャトルバスが30分おきに運行している。
バスの運転手さんもとてもジェントルで、バスが出発する時には、従業員の皆さんが手を振って見送ってくれた。
高級ホテルの原点を見る思いがした。
