今朝、妻のもとに三男から連絡が入った。
入院している三男の妻が大きな病院に転院することになったとの連絡だ。
お腹の水が徐々に減っていて、緊急手術にも対応できる病院に移った方がいいとの医師の判断だったようだ。
今日にも産まれるかもしれない。
妻も私もそう感じ、母子の様子がとても気がかりだった。
しかし昼前に再び連絡が入り、大きな病院で診察を受けた結果「すぐに出産する必要はない」とのこと、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。
医療が発達した今日でも、出産には予期せぬことがつきまとう。
コロナのせいで病院に駆けつけたくても、面会はおろか病院の中にも入れてくれないのだそうだ。
お嫁さんもさぞ心細いだろうが、病院が実家に近いことがこういう場合には一つの救いである。

救いといえば、共稼ぎの夫婦にとって何より切実な保育所の問題。
この待機児童が今年4月の段階で全国で2944人となり、過去最少を記録したと各メディアが伝えていた。
国や地方自治体が受け皿の整備が進み、5年連続で待機児童の数が減少が続いているという。
ピークだった2017年に比べると、その数は88.7%も減ったのだそうだ。
増え続ける高齢者に対し、子供の数は減り続けているのだから、政治や行政がやる気にさえなればすぐに解決できる問題が長年放置されてきたということだろう。
先日三男夫婦が遊びにきた時に、保育所に入れるかどうか二人がすごく心配していたのをこのニュースを聞いて思い出す。

「世界幸福度ランキング」というのがあって、日本は、今年ランキングを2つあげたものの54位と非常に微妙な位置にある。
このランキングの上位には福祉の充実した北欧諸国が並ぶが、その理由は何か?
ランキングを決める条件は6つある。
・1人当たり国内総生産(GDP)
・社会的支援の充実(社会保障制度など)
・健康寿命
・人生の選択における自由度
・他者への寛容さ(寄付活動など)
・国への信頼度
社会的支援の充実に加えて、人生の選択における自由度、国への信頼度という点でも日本は大きく遅れをとっている。
私は常々、GDPよりも国民の幸福度の方が重要な指標だと考えているが、政府の打ち出す政策が国民が感じている課題とずれていることが日本にとって大きな問題なのだと思う。
待機児童の問題に本当の意味で社会の関心が向けられたのは、2016年「保育園落ちた日本死ね!!」という匿名の投稿が論議を呼んでからだ。
今や子育て世代は社会の少数者、1人1票の投票制度では圧倒的多数の高齢者の意見に埋没してしまう。
それでもこの一つの投稿がきっかけとなって、その後待機児童の数が減少に転じたのだから、声を上げることはやはり無駄ではない。
政治だけではなく、いろんな方向に常にアンテナを張っておくべきメディアの責任も問われている。

そんなことを調べている間に、日本経済新聞がまとめた「共働き子育てしやすい街ランキング」というのが目に止まった。
現在三男夫婦は目黒区に住んでいるのだが、残念ながらこのランキングには入っていない。
私が住む武蔵野市は41位、意外なことに東京都の多くの自治体が結構頑張っていることがわかる。
もしも目黒区で保育園に入れなければ、子育てしやすい環境に引っ越せばいい。
実際に三男夫婦も引っ越しも視野に入れているようで、子供が動き回る年頃になったら一戸建ても選択肢に入っているようだ。
私たちが結婚し子供をもうけた時代に比べ、今は何につけても情報がふんだんに手に入る。
むしろ情報過多でどれを信用していいのか混乱してしまうほどである。
まず今は子供を無事に産むことに集中し、その後で夫婦でじっくり話し合えばいい。

そういえば今日、福島県双葉町の一部地域で避難指示が解除されたそうだ。
東日本大震災から11年5ヶ月、これで福島県のすべての自治体に人が住めるようになった。
しかし実際に双葉町に戻った人はまだ100人にも満たない。
しかも高齢者ばかりだ。
震災前には7100人が暮らしていたが、若い人たち、特に子育て世代は何もない被災地に戻ろうとはしない。
当然といえば当然だろう。
若者たちはこの10年で新しい土地に生活基盤を築き、ましてや子供たちは福島との縁が最初から切れてしまっている。
故郷を想う高齢者の悔しい気持ちはよくわかるが、小規模な自治体を統合せず残したままで、巨額の国家予算を投入して無理やり作ったちっぽけな街に人を惹きつける魅力は生まれてこない。
政治家は「地元の声を聞いた結果」というのだろうが、どうせ地元の有力者である年寄りたちの声を聞いただけだろう。
せっかく国が主導するのであれば、地域を一体として新しい行政機構を作り、福島に首都機能を移転するぐらいの気概を持って、自然と共生した未来都市を作ってもらいたかった。
世界では驚くような都市づくりがあちこちで始まっている。
日本人は高度成長期のようなダイナミズムを完全に失ってしまったのだ。
いつまでも高齢者に軸足を置いている限り、日本は単なる伝統にあぐらをかいた衰退する国に成り下がってしまうだろう。

お年寄りを大切にすることはとても重要なことである。
しかしそれは高齢者中心の社会を守ることではなく、社会を前に進める主役はやはり若い人たちでなければならない。
今の日本はその若い人たちが少ないのであるから、政府には意識的に若者の声をより大きく聞き、彼らが暮らしやすい、将来に希望の持てる国づくりを進めてもらいたい。
そうして健全な新陳代謝が図られていれば、きっと国への信頼度も上がり、日本の幸福度ランキングも上がっていくだろう。