東京の新規感染者数が予想通り1万人を超えた。
昨日のことだ。
全国の感染者は5万人を超え、連日過去最多を更新している。
しかしオミクロン株による感染爆発は当初から予想されていたことであり、さほど驚くことではない。
私の関心はむしろ、このコロナ禍がもたらした社会の変化。
それが決して、人間を幸福にする方向に進んでいるように感じられないのが心配で仕方がない。

BS世界のドキュメンタリーで放送された「ポストコロナ働き方の未来」という2回シリーズのドキュメンタリー番組を見た。
デジタル化とコロナ禍で変容するこれからの働き方について、見るものを暗い気持ちにさせる番組だった。
去年アメリカで制作された番組なので、必ずしも日本の現状とは一致しない部分も多いが、デジタル化やグローバリゼーションによる労働の効率化がどんな未来をもたらすのかを考えるうえで貴重な材料を提供してくれる。
1回目のテーマは「新たな産業革命の幕開け」。
19世紀の産業革命が農村から工場へと労働人口を移動させ人々の働き方を劇的に変えたように、現在進行中のデジタル革命は、企業に就職して決められた時間に出社するという仕事の常識を変えようとしている。
NHKのホームページにはこんな紹介がされていた。
ショッピングサイトの倉庫から農業まで、AIやデジタル化の波が押し寄せるさまざまな業界を取材。パンデミックは働き方の変化にも拍車をかけ、アメリカには、組織に属さず、インターネットを通じて単発の仕事を請け負う“ギグワーカー”が5500万人いるとされ、コロナ禍でさらに増加している。
引用:NHK

第一話でのキーワードは「ギグワーカー」。
ライドシェアの「ウーバー」は定着しなかった日本でも、コロナ禍の2年間に「ウーバーイーツ」のような宅配は完全に市民生活に定着した。
会社に縛られることなく、個人事業主として自分の意思で働く時間を選ぶことができる「ウーバーイーツ」の配達員は、街を歩けば容易に遭遇できるほどもはや見慣れた職業である。
自分の特技を活かして副業する「タスクラビット」というプラットフォームでは、家具の組み立てや部屋の片付けなどの雑用をして収入を得ることができるという。
報酬は依頼主と直接交渉して決まる。
時給は通常のアルバイトより割高の26〜40ドルで、自分が働ける時間をプラットフォームに入力しておいて依頼主からの連絡を待つのだという。
ギグワーカー歴4年のクロエはこうした働き方を肯定的に捉えている。
『昔とは仕事の概念が違います。9時から5時まで会社で働く時代は終わりました。今はもっと自由に柔軟に働けるようになったんです。ちょっとの隙間時間があればお金を稼げます。一つしか仕事を持たず、それが唯一の収入源だった時代とは全然違いますね』
しかし、若い彼らには歳をとった時にどんな未来が待っているかを想像するのはまだ難しいだろう、と私は思う。
デジタルプラットフォームが生んだ労働スタイルである「ギクワーカー」には当初、新しい自由な働き方というかっこいいイメージがあった。
しかし今、多くの人々は気づき始めている。
「ギグワーカー」的な働き方は収入が流動的になるだけでなく、お客さんとの関係も一時的で次につながらず、雇用そのものが不安定になったということを。

「ギグワーカー」になるのは若者だけではない。
アメリカではこんな働き方も始まっている。
番組冒頭で登場する一人のシニア男性クリス・フランシス。
30年間会計の仕事をしていた彼は、リーマンショックで突然会社をクビになり、Amazonの「キャンパーフォース」という制度を知った。
「キャンパーフォース」はトレーラーハウスに住んで全米各所に派遣される仕組み、つまり繁忙期にだけ雇われる季節労働者のようなものだという。
時給は13.68ドル、およそ1500円。
AI化されたAmazonの巨大倉庫で、機械がまだできない仕事を人間が分担する。
必要な時にだけ、家ごとやってきてくれる「キャンパーフォース」は企業にとってはとても便利な労働者である。
人里離れた郊外に造られたAmazonの巨大倉庫の周辺には、シニア労働者たちのトレーラーハウスがたくさん並んでいるそうだ。
引退後は悠々自適というアメリカンドリームは、グローバリゼーション、アウトソーシング、AI、大手IT企業の台頭によって崩壊しつつある。

シリーズ第二話のタイトルはズバリ「アメリカンドリーム喪失の中で」。
コロナ禍で急速に普及したリモートワークが、ここでのキーワードだ。
コロナ禍で一気に拡大したリモートワークによって、アメリカ人の働き方は大きく変わっている。急増しているのがWi-Fiを使って世界の好きな場所で仕事をする“デジタル・ノマド”。場所や時間にとらわれない働き方やその最新技術、新しい産業にシフトする街などを取材する。
引用:NHK
私はコロナと同時に会社を辞めてしまったので、実際のリモートワークを経験しておらずその特性を理解していなかったが、アメリカの統計によればリモートワークを始めた労働者の労働時間は1日平均45分程度伸びているのだという。
そして多くの女性が、家事と仕事の両立が難しくなり仕事を辞めたという重たい事実も紹介される。
リモートワークは単に仕事をする場所が変わるだけではなく、人間と仕事の関係さえも変えようとしている。

こうした変化にうまく適応して、自分に合った新たな働き方を手にした人たちもいる。
ITを駆使して旅をしながらフリーランスとして働く「デジタルノマド」はその代表例だろう。
アメリカではすでに700万人が「デジタルノマド」として生活しているという。
その一人、エリック・プリンスは10年の軍隊生活の後、会社勤めを選ばず多国籍企業や旅行会社にデジタルマーケティングやデジタルメディアの活用術を教える仕事で年収7万ドルを得ている。
彼は10年かけて世界中にクライアントを開拓し、一生ビーチに座ってパソコンで仕事ができる準備をしたと言う。
『デジタルノマドの生活は楽ではありませんが、従来の働き方をしている人よりはるかに充実しています。リモートで働く方法を選べば質の高い生活が送れるからです』
チェンマイを拠点に「デジタルノマド」として活動しているマイク・ホルプは、大手民泊サイトと契約し新たな物件を発掘し登録すると手数料を受け取るというビジネスで年収5万ドルを稼ぐ。
『デジタルノマドの素晴らしいところは上司がいないこと。自分で勤務時間や働く場所を選べるなど柔軟に働けることです。ミレニアル世代は物を所有することよりも経験することに関心があります。住宅、新車、ボート、職場の人間関係より経験の方がはるかに価値があります』
世界を旅しながら働く。
まさに旅好きな私が憧れてきた生き方ではある。
デジタルに精通することによって、世界中を自分のオフィスに変えることが可能となったことで生き方の選択肢が増えたことは事実だろう。
しかし問題は、仕事の継続性である。
顧客からお金を払ってもらえるだけの価値を提供し続けなければ、いずれ収入を失う。
果たして、彼らが歳をとった時、そうした生活を続けることが可能なのだろうか?
60代になった私には、どうしてもそんな疑問が拭えない。

AIとロボットは、これまで人間が行っていた仕事を確実に奪っていく。
デジタル化によって新たに生まれる仕事もあるにはあるが、極限まで効率化を追い求める経済は、仕事をどんどん細分化し、人間から「やりがい」や「生きがい」を奪っていくのだ。
「職業」と単発の仕事とは本来全く違うものだが、その境界が曖昧な社会になったと専門家は指摘する。
「職業」とは一生役立つスキルが身につく重みのあるものだが、今は「労働力の切り売り」でしかない単発の仕事が増え、経済がそれを後押ししていると。
そして仕事の細分化は、これまで以上に勝者と敗者を生み出す。
さらに深刻なのは、AI化によって最も影響を受けるのが中間所得層だという事実である。
銀行などかつて安定の象徴だった業種で今、急速に仕事が失われつつあるのだ。
ここ数年で、アメリカの金融業界で働いていた中間所得層50万人の職が失われたという。
一方で、人が減らせない業種では人件費の安い海外へのアウトソーシングが進められている。
仕事の自動化と海外へのアウトソーシングこそがアメリカ人の雇用を奪っている犯人であり、中間所得層の急減によって社会の二極化は一気に進んだのだ。
アメリカ社会を揺るがす深刻な分断をもたらしたのは政治家ではなく、デジタル産業革命なのだということをこの番組を見ながら再認識した。

株価が史上最高値を記録するコロナ禍のアメリカでは、データサイエンティストやAIプログラマー、ロボットエンジニアなどニーズの高い高収入の仕事が生まれる一方で、ハウスキーパーなど技能をそれほど必要としない低賃金の仕事も増えているそうだ。
中間層が縮み、高所得と低所得が膨らむ「バーベル型」と呼ばれる労働市場の変化が進展している。
ジャーナリストのデレク・トンプソンはこう語る。
『人が仕事に求めてきたのは、宗教に求めてきたものと同じです。それは生きる意味であり、超越的な存在や他の人との繋がり、自分の存在価値です。自分が死んだ後に残るのは自分の生み出したもの、自分の仕事だとどこかで信じているんです』
私たちの世代は、仕事にプライドを持ち、仕事でキャリアを積むことにより自らの存在価値を確かめてきた。
しかしこれからの若者たちは、そうした「やりがい」を感じられなくなるのではないか?
その時、人々は何を支えとして生きていくようになるのだろう?
ポストコロナの働き方は、単に収入の多寡ではなく、人間はどう生きるかという根源的な問いを投げかけているように感じた。
デジタル技術を使って人間を幸せにする方法はないのだろうか?