トラブル続きの北京オリンピックも後半戦に入り、少し落ち着いてきたのだろうか。
昨夜行われたショートトラックの男子500mと女子3000mリレーでは、目立った中国贔屓も見られず、拍子抜けするほどあっさりと勝敗が決まった。
男子500mでは金メダル候補の中国選手が準決勝で3位となったが、結果が覆ることはなく、中国人選手は一人も決勝には進めなかった。
中国も韓国も決勝に進んだ女子3000mリレーも、オランダが逃げ切り、最後に中国を抜いた韓国が銀メダルを手にした。
至って普通で真っ当なレース、だが不思議なものでこれでは楽しめない自分がいる。
人間とは誠に勝手なもので、普通だったり、正しかったりすると面白く感じないのだ。

さて、そんな穏やかな日曜日に注目されたのは夜中に行われたスピードスケート女子500m。
平昌では小平奈緒が金メダルを獲得した種目だが、昨夜の主役はやはり高木美帆だった。
一発勝負となるスピードスケートはランキング上位選手が最後の3組に登場するが、短距離が専門ではない高木は前半の4組目スタート。
それがかえって良かったようだ。

スタートからどんどん加速し、得意の後半も失速せずにゴールに滑り込む。
タイムは自己ベストを更新する37秒12。
高木も満足そうにガッツポーズを作る。
これまでに滑った3000mや銀メダルを獲得した1500mでは見られなかった高木の姿だった。
小平が平昌でマークしたオリンピック記録には及ばないものの、十分メダルが狙えるタイムで後続を待つ。

高木がトップを守ったまま、最後の3組を迎える。
前回王者・小平が登場。
ミスの少ない小平がどんなタイムを出すのか固唾を飲んで見守る。
ところが、その滑りに小平らしさはなく、スタートからタイムが伸びない。
結果はまさかの17位。
レース後小平は「自分自身にこんなにがっかりしたことはない」と語った。
最初の一歩で靴の刃が氷に引っかかり頭が真っ白になったという。
高木にタイムが小平にプレッシャーをかけたという側面もあったのだろう。
小平の次に登場したのはアメリカのエリン・ジャクソン。
今シーズン4勝をあげ、一躍金メダル最有力に踊り出した黒人選手だ。
彼女はインラインスケートのトップ選手として数多くの優勝を飾った経歴の持ち主。
2017年からスピードスケートを始め、直後の平昌五輪に挑戦するも24位と惨敗した。
北京五輪の代表選考会でも3位と敗れたが、1位になったブリタニー・ボウが「あなたが出るべきだ」と代表枠を譲られ全米の話題をさらった。
だから、エリンはどうしても勝ちたかったのだろう。
ものすごいスタートダッシュで飛び出すと、最後まで大きなミスをせずに滑り切り、高木のタイムを0.08秒上回ってゴール。
その瞬間、手が届きそうだった高木の金メダルは消えた。

最終組のレースが終わり、銀メダルが確定すると、控室でクールダウンしていた高木は大きく飛び上がって喜びを表した。
世界記録保持者として金メダルが期待された1500mと違って、専門外の500mではあくまで挑戦者。
同じ銀メダルでも、高木にとってその意味合いは全く違うのだろう。
レース後高木は、500mを棄権することを考えていたと明かした。
今大会5試合にエントリーしている高木、パシュートの金メダルを確かなものにするためにメダルの可能性が低い500mを回避することを考えたのだ。
しかし、高木の挑戦は予想以上の結果につながった。
それが高木に大きな喜びを与え、今大会見られなかった満面の笑顔を私たちに見せたのだ。

短距離から中長距離まで5種目に挑む高木美帆の挑戦について、NHKスペシャル「その一蹴りにかける」が密着取材をして、その強さの秘密を分析していた。
長距離になればなるほどストローク一歩でどれだけ滑るかが効いてくるため、足の長いほうが絶対に有利になる。
では体格で劣る高木がなぜ大きな外国選手と戦えるのか?
それがこの番組のテーマである。

この番組で意外な事実を知らされた。
日本代表チームで行われた体力測定、ペダルをこいで瞬間的なパワーを測ってみると、高木美帆の結果は姉の高木美帆などパシュートチーム4人の中で最も低かったのだ。
高木は生まれながらの体力で勝負しているわけではないということがわかる。
高木自身、次のように自分を分析していた。
「圧倒的な持久力があるわけでもないし、かといってすごい突出したスプリント力があるわけでもなくて。自分のウィークポイントじゃないですけれど、悩みみたいなところが、突出した能力がないところだったんですよね」

そんな高木だが、高校生の頃からスケートに取り組む姿勢が他の生徒とは全く違っていたという。
高校時代の高木は取材カメラにこう語った。
「完成って、完璧な滑りはないんじゃないかなと思います。常にどうやったら速く滑れるか、というのを追究していくんじゃないんですかね」
それから10年以上にわたる試行錯誤。
氷に力を伝える感触を確かめながらフォームを調整し、気づいたことは漏らさずノートに書き留めている。
今も、スケートに限らず様々な分野の本に目を通し、貪欲に吸収しようとしている。

そうした日々の努力によって手に入れたのが高木独特の「一瞬をとらえる一蹴り」なのだという。
スピードスケートでは、刃の外側・アウトエッジで氷につき、内側のインエッジに切り返して滑る。
このインエッジに切り返すとき初めて氷に力が伝わり、加速するのだが、高木の場合はこの切り返しのタイミングが速いのだという。
これによって加速する時間が長くなり、一蹴りのうち72%が加速に使われるのだ。
だが、切り返しが速いと足への負担が大きく、体力を消耗する。
それでも高木が後半失速しないのは「一瞬をとらえる」特別の技術を持っているからだそうだ。

金メダリストの清水宏保さんは次のように分析する。
清水宏保さん「骨盤、ひざ、足首、一本の軸にした、ここが一番体重が増す。ここでポンって蹴ってあげると、氷なのにトランポリンのように、ポンって跳ね上がってくる感覚があるんですよね。スケートでポンって、氷からの反発力生まれるタイミングって一瞬でしかない」
実は、髙木はこの一瞬以外は、力をほとんど使っていない。それを示しているのが、蹴り終わりに出る、氷の「しぶき」。加速で力を入れ続けると、氷を削って、「しぶき」が上がる。ところが、髙木の滑りをみると、「しぶき」が全く上がっていない。
時速50キロの中で「一瞬」をとらえて、氷を「蹴る」。これが体力の消耗をおさえ、後半もスピードを保つ髙木の高度な技術だった。
清水宏保さん「どんなハードなトレーニングして、どんな技術を磨いていっても、それを何年かけようが、髙木選手の技術の領域っていうのは、追いつかないですよね」
引用:NHK
高木自身、そこの技術を意識して磨いてきたと話す。
「自分のあくまで感覚の話。自分が出したいスピードに対して、一番少ないエネルギーで出すにはどうしたらいいのかな、みたいなことが、最終的にはそこなんだと思います」

メダルの背景には、私たちが知らない努力や理由が必ずある。
それを丹念に取材して伝えてくれることこそメディアの仕事。
自分でスケートをするわけではないので、本当に理解できるわけではないが、こうした知識を持って高木の滑りを見れば、違った楽しみ方や自分の生き方へのヒントも見つかる。
残るパシュートと1000mでも高木の活躍に期待したいと思う。