<きちたび>大連3泊4日の旅②  日露戦争最大の激戦地・二〇三高地はお花見スポットになっていた

桜の名所

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桜といってもピンクの八重桜が中心。樹齢も若い。

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それでも桜はちょうど満開。中国でも最近は花見が人気だという。

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少し坂を登ると全体像が見えてくる。桜並木ではなく、文字通り桜の園である。

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「中日友好桜花林」と書かれたモニュメント。

ネット情報によると、旅順が外国人に開放された2009年、ジャルパックと日本航空が2000本の桜を寄贈し、この桜の園が作られたという。

こうした桜を通した日中友好活動は中国の各地で行われているが、この二〇三高地はその中でも最大級のようだ。

爾霊山記念碑

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そして桜の向こうに見える小高い丘が、日露戦争最大の激戦地・二〇三高地である。

当時はハゲ山だったが、今は木に覆われている。どこにでもある普通の山だ。

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新緑の山道をゆっくりと登っていくと、桜の喧騒が嘘のように静かになった。

以前は年老いた日本人が訪れるだけの山道だったという。

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山頂で待っているのは、乃木将軍が建立したとされる「爾霊山記念碑」。「爾霊山(にれいさん)」とは「二〇三」の当て字である。

記念碑の脇には次のような紹介文が中国語、英語、日本語で書かれている。

『203高地は1904年の日露戦争の主要戦場の一つである。日露両軍はこの高地を争奪するため、激しい強い争いをし、結果、ロシア軍側では死傷者は5000名余り、日本軍側では死傷者は10000名余りに達した。戦後、日本第三軍司令官である乃木希典は戦争で命をなくした兵士たちを記念するため、砲弾の破片でこの高さ10.3メートルの砲弾状の慰霊塔を建て、爾霊山という三文字を揮毫した。今は、この爾霊山はすでに日本軍国主義による対外侵略の罪の証拠と恥の柱となった。』

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旅順港を望む

そして山頂から望む旅順港。

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思ったよりも距離があり、ここからロシア艦船を砲撃するのはなかなか大変だと思った。

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二〇三高地の山頂からロシア軍艦を攻撃した280ミリ榴弾砲のレプリカが港に向けて設置されていた。

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砲身の前では、中国人の若者たちが無邪気に談笑している。

日露戦争など、彼らには遠い昔の物語でしかないのだろう。確かに、歴史に興味がなければこの山はまったく面白くない観光地だろう。

中国政府の反日教育も一時の激しさはなくなったようだ。

歴史を知ることはもちろん大事だが、忘れることも同様に重要だと私は思う。

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