2017年の勉強は、まず日本史から始めようと思った。
高校時代は世界史と地理を選択した。世界史は学年でもトップクラスの成績だったが、日本史は中学で勉強したレベルだ。しかも、すっかり忘れている。
もちろん戦国時代や明治維新など日本人が好きな時代の歴史は少しは知っている。しかし、日本の歴史を体系的に理解しているかといわれるとまったく自信がない。というか、間違いなく理解していない。
そこで、金谷俊一郎著「スイスイ身につく日本史」という本を借りてきた。東進ハイスクールのカリスマ講師が書いた受験用の日本史なのだが、全体をざっとおさらいするには向いていると思ったからだ。

ここでまず気づいたのは、学校で習う日本史が卑弥呼から始まるということだ。縄文時代には文字がなかったため、歴史としては学校でほとんど教えない。卑弥呼の時代と言うのは紀元3世紀なのだ。世界史と比べると紀元前の歴史がおどろくほど日本史にはない。
卑弥呼以前と言えば、紀元前1世紀に書かれた「漢書」地理志という中国の文献に「倭」として登場し、「百あまりの国が分立している」と書かれている。そして3世紀に書かれた「魏志」倭人伝に邪馬台国の女王卑弥呼が登場、卑弥呼は魏に遣いを送り「親魏倭王」の称号を与えられたのだ。
つまり中国の文献を通して日本の古代史を知るしかなかったのだ。しかし最近では、去年読んできたように縄文時代に豊かな文化が存在していたとする研究が進められている。
もうひとつ古代史で今回認識を新たにしたのは、日本人が朝鮮半島に進出していたことだ。5世紀に書かれた「宗書」倭国伝に登場する倭の五王は軍事力を高めるため武器の原料となる鉄を朝鮮半島南部で確保しようとした。それより前の時代にも、鉄資源をめぐって高句麗と争ったということが「好太王の碑文」に記されているのだ。朝鮮の人たちからすれば、日本人の侵略は秀吉や明治政権に始まったことではなかったのだ。
それでは、日本史の流れをきちんと覚えるために、主な年表を書き記しておきたい。とりあえず、古代から平安時代までだ。金谷氏の歴史区分に従ってみていく。
【古代】小国分立から統一国家へ(紀元前1世紀〜5世紀)
239年 邪馬台国女王・卑弥呼「親魏倭王」の称号と金印紫綬・銅鏡を授かる
【飛鳥】
①蘇我氏の権力掌握(6世紀)
538年 仏教伝来
587年 蘇我氏、物部氏を滅ぼす
②聖徳太子と蘇我氏の政治(7世紀前期)
593年 厩戸王が摂政となる(聖徳太子)
645年 乙巳の変、蘇我氏の滅亡
③大化の改新と壬申の乱(7世紀中期)
646年 改新の詔
672年 壬申の乱
④皇親政治(7世紀後期)
701年 大宝律令
【奈良】
①聖武天皇の時代(8世紀前期)
710年 平城京遷都
712年 太安万侶「古事記」を撰上
720年 舎人親王「日本書紀」を奏上
②聖武天皇の娘の時代(8世紀中期)
766年 道鏡、法王となる
③天智系の天皇に戻る時代
【平安】
①平安貴族の時代(8世紀末〜11世紀中期)平安遷都、藤原北家の隆盛、摂関政治
784年 長岡京遷都
794年 平安京遷都
866年 応天門の変、藤原良房摂政に
887年 藤原基経関白に
1016年 藤原道長摂政に
1017年 藤原頼通摂政に(のちに関白)
②院政と武士の時代(11世紀後期〜12世紀後期)院政のはじまり、平氏政権
1068年 後三条天皇即位
1086年 白河上皇、院政を開始
1129年 鳥羽上皇の院政
1156年 保元の乱
1159年 平治の乱
1167年 平清盛、太政大臣に就任
1180年 以仁王、平氏打倒の令旨と源氏の挙兵
1185年 平氏滅亡
こうして見てみると、日本史というのは、天皇とそれを操る有力者の権力闘争ばかりと印象になる。文字通りコップの中の争い、スケール感もダイナミックさにも欠ける。権謀術数、ずるさと婚姻関係ばかりが目立つ。
ただこれは過去の日本史研究が文献だけに頼っているためと思われる。古事記と日本書紀と言う天皇の権力を正当化する文献からすべてがスタートしているため、天皇周辺の権力闘争だけが日本の歴史として扱われてきたためだろう。本当は庶民の暮らしがあり、天変地異があり、地方にもそれぞれの営みがあったと推測できる。
歴史というものは時の権力者がすべて作り出すものではない。飢饉や病気の蔓延などでも歴史は大きく動く。長く歴史の外に置かれていた東北や北海道にもそれぞれの歴史があったのだろう。ひょっとすると東北地方の方が幸せな暮らしをしていたかもしれない。
学校で習う歴史のピンと来ない感じはこうした歴史研究に原因があるのかもしれない。