石ノ森章太郎さんの「マンガ日本の歴史」、今回は第3弾だ。
10巻から・・・

10巻「将門・純友の乱と天歴の治」。
西暦935年から941年にかけて天下を揺るがせた東の平将門、西の藤原純友の乱は、兵(つわもの)が歴史に登場する先駆けとなった。
序 章 将門の首
第1章 将門・純友の乱
第2章 兵たちの夢
第3章 天歴の治

この時代で注目すべきは国際情勢の大きな変化、907年唐の滅亡である。6世紀以来東アジアに緊張をもたらした中国の統一国家が滅び、対外的な圧力が弱まったことにより周辺諸民族の自立が促された。この時代、朝鮮では高麗による半島統一が起こり、日本でも兵士制の廃止、遣唐使派遣の停止などの変化が起きる。ある意味では外交に神経をすり減らすことの必要のない平和な時代とも言える。
このような平和な時代には、国内の紛争が増える。この時代、私的土地所有が広がり、「異なる価値観にたつ諸家・朝廷国衙・寺社などが互いに自己を主張して、果てしない抗争を重ねることになる」。そして自己の利害の貫徹のために武力が必要であるとの認識が広がる。
「他方、王族貴族の一部の者は9世紀を通して展開された蝦夷鎮圧の将や京師警固の検非違使などに任じられ世襲されるようになったが、元慶の反乱を最後に蝦夷蜂起が事実上消滅すると、栄達できぬ不満を持ちつつ武力をもてあますようになった。こうした軍事貴族は狩猟・漁撈者や重罪人らを手足に組み込みながら、独特の軍事集団を作り出す。兵とはこのようにして生成してきたのであった」。
こうして誕生した兵たちは、朝廷の勢力を伸ばそうとする国司と地方の在地勢力(郡司)の対立に介入する。将門・純友の乱は、そうした問題の象徴であった。
外の巨大な敵がいなくなると、内で人間の私利私欲が噴出する。平和な時代ほど、人間の醜さも現れやすくなるのはいつの時代も同じことの繰り返しである。
それでも私は、戦争より平和が尊いと信ずる。

11巻「王朝国家と跳梁する物怪」。
冷泉天皇が即位し藤原実頼が関白となる西暦967年ごろから藤原道長の没する1027年ごろまで、いわゆる摂関政治(前期王朝国家)全盛期の約60年を扱う。
序 章 栄華の陰に・・・
第1章 摂関政治の復活
第2章 道長の時代へ
第3章 花開く王朝時代
第4章 厭離穢土・欣求浄土(おんりえど・ごんぐじょうど)

摂関政治の全盛時代。日本史の中では平和な時代なのだろう。なので天皇家の世継ぎ争いや娘を入内させて権力を握ろうとする動きなど、宮中でのちまちました動きが歴史の中心となる。
戦乱の世には生きるか死ぬか先のことなど心配しないものだが、平和な時代になると、漠然とした心理的な不安が大きな問題となる。ある意味では今の時代に似ているのだろう。
だから、怨霊が歴史の主題になる。安倍晴明ら陰陽師が活躍したのもこの時代だ。
権力を極めた道長は54歳で出家する。胸の発作が頻発した道長は阿弥陀信仰(浄土思想)にのめり込む。浄土思想は、空也上人を先駆者とし源信によって大成された。源信は、この世は不浄の地であり、この世を離れ、来世の浄土を求めようと説いた。「厭離穢土・欣求浄土」。現世は穢れており浄土は来世にあるという思想は、穢排除の観念(穢忌み)が極限まで肥大した貴族たちにとって、極めて魅力的であった。
穢れを嫌い、美しいものを求める貴族たち。平和な時代には、文化が花開く。
この時代の代表といえば、紫式部や清少納言だが、紫式部は道長の娘・中宮彰子の女房、そして清少納言はそのライバル中宮定子の女房だった。摂関政治の全盛期は王朝文化の全盛期でもあった。

12巻「傾く摂関政治と地方の社会」。
藤原頼通の時代から後三条天皇の親政に至る1020年代から70年代までの約40−50年間が描かれる。摂関政治に陰りが見え始めると同時に地方では荘園が拡大し、寺社勢力や武士が台頭する。
序 章 欠けゆく望月
第1章 平忠常の乱
第2章 自立の動き、寺社勢力
付 章 荘園の乱立
第3章 前九年の役から後三条親政へ

貴族の世の中から武士の世に変わる過程では様々な要素が絡み合っている。変化の芽は地方で生成された。まずは寺社勢力の所有地が拡大、国司による取り立てを逃れるため農民たちは自ら開墾した土地を寺社に寄進し自身も神仏に仕える神人(じにん)・悪僧となった。神仏の霊威によって王権と国司の介入に対抗するという庶民の知恵だろう。
こうした寺社の動きをきっかけに地方では荘園が拡大し、土地をめぐる争いも増える。それはやがて武士の台頭へとつながっていく。
そして平忠常の乱や前九年の役での活躍により清和源氏が武家の棟梁として、動員した諸国の武士との強固な主従関係を構築していった。
そして都では、摂関家を抑えて親政を行った後三条天皇が上皇となって全権を担うようになる。ここから院政という政治スタイルが始まった。
こうして国際環境に恵まれた時代、それぞれのレベルで様々な思惑の動きが起こり、歴史を大きく転換させていく。
地味だが、人間の本性を見る上では興味深い時代と言えるかもしれない。
<参考>