<きちシネ>#13 「金子文子と朴烈」(2017年/韓国映画)

3.1独立運動から100周年となる来月1日、私はソウルに行くことにしている。

そのため近頃、韓国の歴史に関する本を読んでいるのだが、その過程で金子文子という一人の女性を知った。関東大震災の時に起きた朝鮮人虐殺事件に絡んで逮捕され獄中で死んだ若きアナキストだった。

そんな時に偶然、金子文子の映画が上映されることを知り、見に行ってきた。

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場所は、渋谷と青山の途中にあるミニシアター「イメージフォーラム」。

路地裏の小さな映画館は予想外の混雑だった。チケット売り場に列ができ、売り切れ間際に残っていたシアターの端っこの席を確保した。

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上映されていたのは、韓国映画「金子文子と朴烈(パクヨル)」。

韓国で235万人を動員し、いくつもの映画賞を獲得した作品だという。

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平日の午前中だというのに、100席のシアターは満員。

最前列の人は、首が痛くなるだろうと同情した。見た所、すでにリタイアした団塊の世代が客の中心だ。学生運動、労働運動華やかなりし時代に生きた左派系の日本人にとって、日本の植民地支配に苦しめられた韓国は、連帯すべき対象だった。

私の学生時代には、まだそうした左派系の日本人がたくさんいた。ある意味、ちょっと懐かしい光景であった。

韓国で成功した映画だけあって、悪い作品ではない。反日映画的な誇張した演出も多少気にはなるが、史実に沿ったストーリーになっている。

金子文子を演じた韓国の新人女優チェ・ソヒがとても魅力的だ。彼女はこの作品で韓国の女優賞を総なめした。とても上手な日本語、日本人の女優さんかと思ったほどだ。

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そして、金子文子という女性にも興味を持った。

山﨑赤秋著「日本人なら絶対知っておきたい韓国の歴史」の中で、金子文子は次のように紹介されている。

『金子文子は、1903年1月25日に横浜で生まれた。父母は正式に婚姻していなかったので、出生届は出されず、文子は無籍だった。

父は山師で、タングステンの鉱脈を発見しようといまの山梨市に滞在していた。その時、近所の娘とねんごろになり、駆け落ちして横浜で所帯を構える。文子5歳の時、母の妹がやってきて同居する。今度はその叔母と父が駆け落ちをしてしまい、母は男との同居を繰り返すようになる。6歳のとき、危うく実の母により女郎屋に売られそうになる。文子は多くの短歌を残しているが、「六歳にして早人生のかなしみを知り覚えにし我がなりしかな」という歌はこの時を回想して詠んだものである。

8歳の時、母が結婚したが、連れていってもらえず、山梨の母の実家に預けられる。9歳の時、母方の祖父母の五女として入籍させられ、朝鮮忠清北道芙江にいた父方の祖母に引き取られる。その家では、最初は親戚の子らしく扱われていたが、やがて女中扱いされ、虐待に近い仕打ちを受ける。14歳の時、自殺を考えて山に登るが、目の前に広がる朝鮮の自然に生きるべきことを教わり、思いとどまる。そして、植民地朝鮮で官憲に虐げられている朝鮮人を見て、それに自らを重ねあわせ、社会の矛盾として捉えるようになっていた。

16歳の時、縁談があって山梨に戻るが、父が財産目当てに企んだこととわかり、逃げるようにして上京。女子医専入学を目指して住み込み店員などをしながら予備校に通う。学友を通して無政府主義に傾倒し、運動家たちとの交友関係を深める。19歳の時、朝鮮人の同志・朴烈と出会い、やがて同棲するようになる。23年、関東大震災の2日後、朴烈と文子が治安警察法に基づく「保護検束」の名目で連行される。「朝鮮人暴動」の扇動者をでっち上げるためで、明らかに冤罪だった。

罪状は次々とエスカレートし、爆発物取締罰則違反から大逆罪に容疑が切り替えられ1925年起訴。翌年死刑判決。11日後、恩赦が出され無期懲役に減刑。この時文子は特赦状を刑務所長の前で破り捨てたという。同年7月23日、文子は獄中で縊死。享年23。遺骨は、朴烈の兄が引き取り、前述の墓地に弟の嫁として手厚く葬られた。』

なんと悲惨な人生だろう。

昔は日本でも朝鮮でも、こうした悲劇は数え切れないほどあったのだろう。

生まれた時から差別される境遇の中で、独立運動や革命を漠然と志す若者。決して筋金入りの革命家ではない。現状を変えるために無政府主義運動に身を投じ、弾圧されることによって自らを英雄として演出するようになる。

映画の中で描かれる彼らの青春は、生き生きとしていて、同時に痛々しい。

私たちがもし、彼らの境遇に生まれていたらどう行動しただろう?

そんな問いを心に抱きながら、私はこの映画を見た。

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そしてもう一つ。

この映画では、関東大震災の混乱の中で起きた朝鮮人虐殺事件は、内務大臣だった水野錬太郎の策謀として描かれている。

「えっ? そうだったの?」と思った。そんな話は今まで知らなかった。

でも韓国では、どうもそういう理解になっているようなのだ。

果たして、何が真実なのか?

日韓の相互不信が、歴史をより見えにくいものにしている。

yahoo!映画の評価5.00、私の評価は3.70。

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