世に棲む日々

司馬遼太郎の「世に棲む日々」全4巻を読み終えた。吉田松陰と高杉晋作。二人について初めて具体的なイメージを抱くことができた。

60年近くほとんど本を読まずに過ごしてきてしまった私には、知らないことが実にたくさんある。明治維新についても何となく理解しているつもりだったが、実のところ、これまでさして関心もなかった。

おととしのNHK大河ドラマ「花燃ゆ」は、吉田松陰の妹・文を主人公にして、幕末の長州藩を描いた。しかし、主人公の設定に問題があった。吉田松陰の妹、久坂玄瑞の妻といっても、動乱とは直接関係ない女性を主人公にしたことにより、ストーリー展開が散漫になり、長州藩の暴発がなぜ起きたのかさっぱりわからないドラマだった。視聴率も大河ドラマ史上ワーストを記録した。

今回、この本を読んだことで、維新を主導した長州藩の狂気が少し理解できた気がする。それにしても図書館でたまたま本を手にするまで、「世に棲む日々」というタイトルは知らなかった。「龍馬がゆく」「坂の上の雲」「燃えよ剣」などに比べ知名度が低い気がする。なぜだろう。

ウィキペディアによると、「蒼天の夢」というタイトルでNHKが正月ドラマを作ったことがあるようだが、大河ドラマとしては一部「花神」に使われただけのようだ。

高杉晋作の生き様は、坂本龍馬と比べても面白い。まさにアニメのキャラクターのようで、とても実在の人物には思えない。その一方で、両親や妻には頭が上がらない不思議なキャラクターだ。戦前は「高杉晋作」という映画が何本も作られたようだが、戦後、特に私が物心ついてから彼を主人公にしたドラマや映画はあまり作られていないようだ。だから、今の日本人は高杉晋作を知らない。事実、私はほとんど知らなかった。これはチャンスがあるかもしれない。ちょうど今年は高杉晋作没後150年にあたる。彼は1867年5月17日に死んだ。

文庫版のあとがきとして、司馬さんは「ふと自分はなぜ小説を書いているのかを自問してみた」とふって、次のようなことを書いている。

『私には妄想がある。それを形象したいという衝動だけが、当初、小説を書くことの動機だったように思える。いい大人になってからも、まわりの友人がぜんぶ昆虫にみえてきて、気が変になりそうになったこともある。一方で、その妄想を抑えたいという衝動があり、妄想は悪だと自分に言い聞かせ、それを何とか抑え込もうとする努力を、それも衝動に似た無意味なことながら、やっているように思える。そのことは、見たいという願望と重なっているようでもあり、見るためには自分の妄想や他人から与えられたイメージを根かぎりに押しのけておかねばならない。そういう作業をしているうちにほのかに片鱗だけ見えることがある。その片鱗だけを見たという喜びとも恐ろしさともつかぬ感情の何事かを形象にしたいというのが、どうやら私が小説を書く動機のようなものであるらしい。この「世に棲む日々」も、そのような動機から書いた』

そして維新ものを多く書いている司馬さんは、吉田松陰を避けてきたと明かす。

『私は日本の満州侵略のころはまだあめ玉をしゃぶる年頃だったが、そのことすでに松蔭という名前を学校で聞かされた。松蔭は明治国家をつくった長州系の大官たちが、国家思想の思想的装飾としてかれの名を使って以来、ひどく荘厳で重苦しい存在になった。私は学校嫌いの子供だったから松蔭という名が、毛虫のようなイメージで嫌いだった。長じて国家が変になってきた。松蔭の名はいよいよ利用された。そのくせ、国家は松蔭自身が書いたものをよませることにきわめて消極的だった。国家がそれを強いて読ませようとしなかったのは、松蔭が、本来の意味での革命家だったからに相違ない。しかし名前だけが、程よく利用された』

戦後教育では吉田松陰が登場することはほとんどなかったので、私には司馬さんが書いていることは感覚的には理解できない。しかし吉田松陰の思想が作り替えた長州藩が維新を主導し、明治政府の中核となった。そして田舎の学者に過ぎなかった松蔭が大日本帝国の祖みたいな存在に祭り上げられたのだろう。そして攘夷思想や富国強兵の思想が結果的に軍国主義に利用されたということだろう。

司馬さんは一貫して自らが体験した戦争の原因を追求した。遡ると、明治維新に行き当たる。そしてその源流は吉田松陰なのだ。

その意味で、この本は日本人にもっと読まれるべきだと思う。楽天家で夢想家で革命家であった2人の日本人のことをわれわれはもっと知る必要があるのだ。

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