去年発覚した安倍派の裏金疑惑に端を発した政治資金規正法の改正論議は、結局、抜け穴だらけの自民党案のまま与党の賛成多数で可決成立した。

主な改正点は以下の通り。
改正法は再発防止策として議員の罰則を強化する。収支報告書について議員本人の「確認書」の添付を義務づける。議員が必要な確認を怠り、会計責任者が不記載などで処罰されれば、議員も公民権停止になる可能性がある。
パーティー券の代金は銀行口座への振り込みに限定することで透明性を確保する。自民党派閥の政治資金問題では現金で代金を受け取ったことが収支報告書の不記載につながったとの指摘があった。
パーティー券の購入者の公開基準額も現行の「20万円超」から「5万円超」に引き下げた。
自民党は当初、氏名などを公表されたくない支援者が購入額を減らしたり、購入をやめたりするとの懸念が強く「10万円超」の案を示した。最終的に公明党などの賛同を得るために「5万円超」を受け入れた。
政党が議員に支出する政策活動費は支出の項目ごとの金額と「年月」を報告させる。年間の上限額を設け、10年後に領収書などを公開する。これまで政策活動費は使途公開の義務がなく「ブラックボックス」などと批判されていた。
領収書の公開方法や上限額といった詳細な制度設計は決まっていない。岸田文雄首相は17日の衆院決算行政監視委員会で「(改正規正法の)施行日の2026年1月に間に合うよう結論を得るべく検討する」と話した。
政治資金の透明性を確保するための第三者機関も設置する。設置時期は施行日を目指す。収支報告書のオンラインの提出やインターネットでの公表も義務づける。
そのほか個人による寄付を促す税優遇策や、外国人などによるパーティー券の購入規制、自身が代表を務める政治団体への寄付による税優遇をできなくする措置も「検討」項目として規定する。
野党が求めていた企業・団体献金の制限や禁止は盛り込まれない。自民党は企業の政治活動の自由があるべきだと主張してきた。首相は「様々な収入を確保することが重要だ」との認識を示してきた。
改正規正法の大部分は26年1月に施行する。パーティー券購入者の公開基準額の引き下げは27年1月で、それまでは「20万円超」の現行の基準が続く。
引用:日本経済新聞

今国会の最大のテーマだった「政治とカネ」の問題で、際立ったのは自民党の自浄能力の欠如である。
岸田総理は、企業団体献金の禁止を求める野党第一党の立憲民主党とは一切話し合うことをせず、公明党と日本維新の会の要求を丸呑みする形で、衆院通過を勝ち取った。
しかし、維新が求めていた調査研究広報滞在費(旧文通費)の使途公開や未使用分の国庫返納を義務付ける立法措置については、党首会談で合意しながら自民党内からの反発で今国会中には具体的な進展が見られず、衆院では自民党案に賛成した維新が参院では反対に回るというドタバタ劇も起きた。

これまでの裏金の慣行を絶対に失いたくないという自民党の本音が、こうした駆け引きの中で丸見えとなり、岸田内閣の支持率は下がる一方、自民党はこのところの選挙で負け続けている。
庶民だったら脱税に問われるはずの裏金の慣行が、なぜ政治家だと許されるのか?
政治家が享受してきた「特別扱い」の一端が明るみに出たことで、私の妻のような一般の国民がこの問題でものすごく怒っているのを感じる。

今の空気、程度の差はあれ、岸信介首相が推し進めた日米安全保障条約改定をめぐり国民が怒りの声を上げた安保闘争を思い起こさせる。
つい先日、NHK『映像の世紀バタフライエフェクト』で放送した「安保闘争 燃え盛った政治の季節」を見ていて、ハッとさせられる瞬間があった。
私はまだ幼児だったので60年安保は全くピンとこないのだが、警官隊を国会に入れての強行採決で衆院を可決させた岸総理は、大勢のデモ隊が連日国会や総理官邸を取り囲む異常事態の中で、参院での議決を経なくても条約が承認される6月19日をただひたすら待った。

日本の戦後史に刻まれた最も激しい国民運動である60年安保闘争は、1960年6月19日の日米新安保条約自然承認を阻止する目的で展開されたものだった。
そう、まさに64年前の今日なのである。
坂本九さんの大ヒット曲「上を向いて歩こう」が、実はこの安保闘争での挫折感を永六輔さんが歌詞に込めたとものだったということをこの番組を見て初めて知った。
そして条約承認の4日後、岸総理は辞任を表明した。

そして10年後、国際的なベトナム反戦運動と連動する形で過激化した70年安保闘争も、日米安保条約の破棄が最大の闘争目標となった。
新左翼と呼ばれた学生たちを中心とした闘争は、羽田事件、新宿騒乱事件、そして東大安田講堂をめぐる攻防戦へとエスカレートする。
しかし過激化する学生運動は結果的に国民に見放され、1970年6月23日、大阪で開かれた万国博覧会の熱狂の中で、日米安保条約は静かに自動延長の日を迎えたのだ。
70年安保当時の首相が、岸信介氏の弟である佐藤栄作総理だったのも何かの縁なのだろう。
2度の安保闘争が挫折して、これ以後、日本では目に見える形での国民運動は影を潜めた。
私自身が大学に入った1976年ごろには、まだ大学の自治を叫ぶ70年安保の空気は少し残っていて、私も学園祭の実行委員として多少政治的な活動にも触れはしたが、時代の空気は急速に変化して、テニスラケットを抱えたおしゃれな学生たちがキャンパスに増えていった。

そして、21世紀に入り、岸信介氏の孫である安倍晋三元総理が率いた最大派閥で政治パーティーをめぐる組織ぐるみの不正が明らかとなり、久しぶりに国民の関心が政治に集まった。
これも何か不思議な因縁と言えなくもない。
安倍元総理が凶弾に倒れた後、岸信介氏の時代から続く統一教会との癒着が暴かれ、派閥の不明朗が会計処理が明らかになった。
国民の不信が大きく膨らむ中でも、自民党内の反応は驚くほど鈍い。
安倍元総理の盟友だった麻生副総理は、政治資金規正法をめぐる議論で岸田総理が公明党や維新の会に譲歩しすぎだと不快感を示しているという。
自民党内からも公然と岸田総理を批判する声が上がり、かつて経験した政権交代前夜の空気が流れ始めているように私は感じている。

もしも野党に誰か人気のリーダーが現れれば、立ち所に自民党は政権を失う状況にある。
今回の政治とカネの問題で一番株を上げたのは立憲民主党だが、果たして泉代表にそれほどのカリスマ性があるのかは疑問だが、あの鳩山さんでも政権交代の際には国民の高い支持を集めたことを考えれば、ひとたび流れができた時には誰でもカリスマに化けることはあるのだ。
もし今解散総選挙となれば、自民党は手痛い打撃を被る可能性が高い。
だから、定額減税導入に合わせて解散を画策していた岸田総理も当面身動きが取れない状態だろう。
そうしている間に、秋の自民党総裁選挙が迫ってくる。
岸田さんが菅元総理を蹴落としたように、意外な人物が選挙の顔として総裁に選ばれるかもしれない。

安倍さんに歯向かって非主流に追いやられたままの石破茂さんだって、自民党の危機が意識されればされるほど“救世主”として担ぎ出される可能性がある。
マスコミが注目する菅元総理の動きや派閥解散により選挙に弱い若手の動揺ぶりによっては、「小石河陽子」と呼ばれる選挙の顔になりうる小泉進次郎、石破茂、河野太郎、上川陽子といった面々が次の総理大臣に選ばれても不思議ではない。
自民党はずっとそうして政権を維持し続けてきたのだ。
久しぶりに「政治の季節」がやってきそうな予感がするが、果たしてどうなるだろう?