参院選の公示期間中に、政治を描いた映画を観た。
タイトルはズバリ、「新聞記者」だ。
安倍政権の疑惑を追及してその名を上げた東京新聞の望月衣塑子記者をモデルにした社会派の映画。
加計学園疑惑や元TBS記者の強姦事件など現実のスキャンダルをベースにして物語が展開する。
映画館は我が家の近くの「アップリンク吉祥寺」。
平日のお昼にも関わらず、満席という人気ぶり。観客は予想通り、安倍嫌いのシニア層だ。
日本の若者たちは、保守化していると言われる。安倍政権への支持も若年層では高いという。
なぜだろう?
アニメやゲームの影響もあるかもしれない。
勧善懲悪。悪い奴と戦う。仲間と一緒に敵を倒す。
子供の頃から、そういう物語ばかり見て育つと、私たちの世代とは考え方が自ずと違ってくるのだろう。
私は、60年代から70年代のまだ社会主義が崩壊する前の時代に育った。反体制が格好いいとされた時代。既存の秩序をぶち壊すのが若者の特権だという物語を見ていた。
しかし、ベルリンの壁が崩れるとともに、社会主義の幻想は地球上から消えていった。その意味では、私たちより上の世代は盲目的に何かを信じることはなくなったかもしれない。むしろ、全てを疑うことを覚えた世代だ。
ちょっと単純化しすぎだろうか?
中国の台頭も若者たちに影響しているかもしれない。
自国の隣に悪の帝国が巨大化した。このまま手を拱いていると、自分たちは悪の帝国に飲み込まれてしまう。
そんな恐怖感を感じたとしても不思議ではない。
私たちの世代はまだ、中国に対してある種の罪悪感と尊敬の気持ちも持ち合わせている。でも、若者たちからすれば、戦争は遠い昔の歴史にすぎず、尖閣問題などで対立するただの敵だと感じる人もいるだろう。
就職事情が良くて、現状に満足しているという若者も多いかもしれない。お隣の韓国をはじめ、若者の失業が問題となっている国も多い。そうした外国と比べると確かに日本人でよかったと感じるのも自然なことだろう。
そして何より、若者たちの保守化に強い影響を与えているのが、インターネットの登場だ。
自分と同じ意見だけが見られる環境が人類史上初めて提供された。見たくないもの聞きたくない話は全てフェイクなのだ。
インターネットやSNSで情報を取るのが当たり前となった若者たちは、既存のメディアの情報を信じない。ネットで検索すれば、どんな情報でも簡単に得られると信じている。自らの手でネットを通じて手に入れた情報の方が一方的に伝えられる既存メディアよりも信憑性が高いと信じている。
でもそこに落とし穴がある。
その情報は、真実なのか、フェイクなのか?
巧妙に仕込まれたウソ情報は、いつの間にか事実としてまかり通るようになる。
実際に、真実を掘り起こすことがどれほど大変なことなのか、ネットで簡単に情報を得ることに慣れた人間には理解できないだろう。メディアで働く記者たちもネットで情報を得ることに慣れてしまった。予算の制約もあって現場を踏むことを軽んじていないだろうか?
これは、危険なことである。
「新聞記者」というこの映画で私が最も評価したいのは、「内調」と呼ばれる内閣情報調査室という一般にあまり知られていない組織にスポットライトを当てたことだ。
権力が意図的に情報を流す。
インターネットがない時代には、メディアへのリークという形で行われたが、今や膨大な情報を権力側が自由に発信できるようになった。組織力と資金力があるため、反体制側より俄然有利となる。何より既存メディアというフィルターを通さずに自ら発信したい情報を発信できるようになったことが決定的な違いだ。
若者たちの保守化の一因は、こうした権力による情報操作にあるのではないか?
そんなことを改めて痛感させられたという意味では、とても意味のある映画だったと思う。
2009年の総選挙で敗れ下野した自民党は、翌年「自民党ネットサポータークラブ」という団体を立ち上げた。
インターネットを使って自民党のサポーターを作っていこうという試みだった。
設立当時、私はこのニュースが気になったが、すっかり忘れていた。でも、サポーターの数は着実に増えて、最近のデータによれば会員数は1万9000人になっているという。
彼らは、自民党に対する批判に反論し、自民党に都合のいい情報を意図的にネットに流し続けている。野党側は完全に出遅れ、若者の保守化という現場を生んでいるのかもしれない。
ただ、野党側の問題も大きい。
安倍一強を批判しながら、それに対抗できる未来像を全く示せていない。少なくとも、安倍さんは常に精力的に働いていて、次から次へと目新しいテーマを打ち出してくる。野党にはそれに対抗する魅力的なメッセージが全くない。
完全なアウトだった加計学園問題を逃げ切ったことで、安倍政権が憲政史上最長となる長期政権への道が出来上がってしまった。
この映画にクレームをつけるとすると、主演に韓国の女優さんを起用したことだ。シム・ウンギョンさんが悪いのではない。彼女の演技や表情は素晴らしい。
問題は、この映画が意見が対立する政治を扱う映画だからだ。
この映画は望月記者の著書をベースにしているものの、フィクションという体裁を取っている。だから主人公の女性記者は母親が韓国人のハーフという設定になっているのだが、物語が現実そっくりなので、望月記者は韓国人だから安倍政権を執拗に攻撃したという印象を受ける危険性があると感じた。
もともと安倍嫌いな人たちだけが見にくる映画だからいいという考えならそれまでだが、こういう映画こそ親安倍でも反安倍でもない人たちに見てもらいたいと思うと、このキャスティングは失敗だと思う。
それでも、こうした映画が制作され、上映されていること自体を私は評価したい。
自国ファーストが蔓延し、社会の分断が進む今の世界の中で、こうした映画が上映されている日本はまだましな方だと思えなくもない。世界中が理想からどんどん遠ざかっているのは悲しい現実だ。
そんなことを考えるきっかけになる映画「新聞記者」。
できるだけ多くの、親安倍でも反安倍でもない人たちが見ることを期待したい。