ここ数日、中国大陸から黄砂が飛来して、東京の空もどんよりして視界が効かなくなってしまった。
そんな視界不良の新年度の初日、私は岡山に帰省する。
このブログの更新もペースダウンすると予想されるが、その前に今頭に浮かんだことを書き残しておこうと思う。

東京株式市場は昨日、年度末を迎え、コロナ禍の1年での値上がり幅は過去最大、上昇率も48年ぶりの高さだったという。
何だか笑えない「2021年のエイプリルフール」である。
世界中の金融当局が狂ったように資金を市中に流し、余ったマネーが株や不動産、ビットコインや資源などあらゆるマーケットに流入して不思議な高揚感のうちに1年を終えた。
去年の今頃、大恐慌の再来を恐れていた私はまるで狐につままれたような心持で、「市場とは何なんだろう?」と改めて思い悩んでいる。
最近思うことは、「これは株式の価値が上がったのではなくて、現金の価値が下がっているんだ」ということ。
よく考えてみれば、世界中の金融当局がお札を大量に刷って自国民に金をばら撒いてきるのだからインフレになるのは当たり前のことだ。
それでも貧富の格差が広がっているため、食料品や衣料品などの生活必需品は値上げができず、今もデフレ傾向がしぶとく残る。
そのため一見かつてのような狂乱物価は起きていないように見えるが、実は庶民とは関係ないところでインフレが進んでいるんだ。
そう考えると、この1年の株価上昇も納得ができる。
現金以外の資産を持っている人たちはどんどん豊かになり、現金しか持っていない庶民は相対的に貧しくなっている。
おそらく、そういうことなのだ。
各国政府は借金を膨らませ、いずれ増税という形で国民に負担を求めるか、それとも行政サービスを削るという時が来る。
その時に現金しか持っていない人にとっては大きな試練がやってくるのだ。
こんな私の妄想が単なる「エイプリルフール」で終わってくれればいいのだが・・・。

去年の4月1日のブログを読み返すと、お店の棚からコメが消え、マスクも手に入らない状況だった。
あの頃に比べれば、大恐慌に陥らずに1年を過ごせたのは良しとすべきなのかも知れないが、私の不安は消えない。
花見シーズンですっかり緩んだ日本列島では再びコロナ感染者が急増していて、政府は大阪に「まん防」を初めて適用する方針を固めたという。
同じことの繰り返し、緊急事態宣言が解除されたばかりだが、今度は第4波への備えが求められる。

板垣退助を扱った番組を見ながら気づいたのは、日本人が「自由」という概念を知ったのはほんの150年ほど前の話だという事実だった。
「自由民権運動」によって初めて、生まれた家に縛られることなく、人間は「自由」に生きる権利を持っていると教えられた日本人。
江戸時代の日本人は、「自由」などという発想すらなく生きていたということだ。
それでも、庶民の暮らしはあり、笑いもあり、人間臭い江戸文化が生まれた。
江戸の人たちは幕府のルールに意を唱えさえしなければ、それなりに人生を楽しむこともできたと考えれば、今の中国人も同じではないか・・・
と、思った。
米中対立が新たなステージに進む中で、バイデンさんは「民主主義と専制主義の戦い」という言葉を使ったが、「民主主義か国家社会主義(国家資本主義)か」という社会体制の選択を世界中の国々が迫られているのだろう。
「対中包囲網」という言葉を聞くといかにも民主主義が世界の潮流のようにも聞こえるが、実態は専制主義の国の方が多い。
中国型の統治システムが広がっていく素地が現実に存在するのだ。
しかし、重要なの尺度は「幸福かどうか」ということである。
「自由」と「民主主義」は、人間を幸せにする。
私は今もそう信じているし、自由を手放すことはまっぴらごめんだが、今の私たちは本当に江戸の人たちよりも幸せになったのか、中国の人たちよりも本当に幸せなのかと問われると、正直自信がない。
中国的な監視社会も嫌だが、アメリカ的なヘイトクライムも断じて許しがたいし、日本でもネット上の書き込みなどを見ると反吐が出そうになる。
人間は基本的には弱い存在だ。
みんなダメな部分も抱えながら生きている。
統治体制が変われば、庶民の考えもコロッと変わることは歴史が証明している。
今の日本社会には、他国と比較していいところもたくさんあるが、ダメなところもコロナ禍でたくさんみてきた。
ただ単に今の社会、今の体制を守るのではなく、もっと幸せな社会、もっと居心地のいい体制を求めて模索し続けなければならないのだろう。
今の日本社会の最大の問題点は、思考停止に陥っていること。
テレビ東京の新番組に出演した孫正義さんやユニクロの柳井正さんも日本の経営者の姿勢を批判していた。
政治も同様だ。
日本の政治は果たして民主主義と言えるのだろうか?
お隣の台湾で行われている民主主義について先日テレビで見たが、少なくとも今の日本の政治体制よりもはるかに未来的に見えた。
もっと他国の良いところを学び、取り入れ、日本の良い部分を伸ばして海外にも発信して、もっともっと公正で幸せな世界を実現するために、日本人も貢献しなければいけない。
2021年のエイプリルフールにあたり、私はそんなことを考えた。