震災5年

東日本大震災から5年がたった。

あれは2011年3月11日、金曜日の午後2時46分だった。昼ニュースが終わり報道局の大部屋にのんびりした空気が流れていた時に、突然大きな揺れに襲われた。

私も報道局の大部屋にいた。よろめきながら編集長卓のところに行き、直ちに特番に入るよう指示した。揺れから4分後、報道特番に突入した。NHKに次いで2番目に早かった。しかし、震源に近い東北の系列局に連絡がつかない。電話も専用回線もつながらない。もちろん映像もなかなか入ってこない。自前でコントロールできる首都圏の情報カメラとCGをつなぎながら、何とか番組を走らせる。

すぐに津波警報が出た。長時間の特番になることは確実だ。特番を回すチームを複数用意する必要があると判断し、すべての報道番組チームに連絡し、総力体制を築いた。キャスターのシフトも決めた。取材チームの派遣と並行して東北3局の本社への応援要員も手配した。専門家も次々にスタジオに呼び込んだ。

しかし、映像で負けた。仙台空港に止めていた系列局のヘリコプターが津波に流された。唯一NHKのヘリが被災を免れ、家々を飲み込みながら大地を覆い尽くす津波の映像をライブで流しつづけた。それは誰も見たことのない驚愕の映像だった。

そして夜に入ると福島原発の危機が明らかになる。津波被害の状況も分からないうちに、報道内容は原発に集中していった。さらに首都圏では「計画停電」。想定外の事態に編集長たちも振り回される。

あの時、何を伝えるべきだったのか。今でも答えは出ていない。

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