今日は、5月6日。
ゴールデンウィーク最終日は、朝から雨が降ったり止んだりの冴えない天気だ。

いつものように、テイクアウトランチを買いに街に出る。
今日は、吉祥寺の老舗フランス料理店「芙蓉亭」が店を閉める日だ。
私が店の前を通りかかると、数人のお客さんが門の前に集まっていた。

「あれっ? お店の門が閉まっている」
知らぬ間にすでに閉店してしまったかと思ったら、一人の女性が中から出てきた。

おもむろに、門を開ける。
「芙蓉亭」の最終営業日は午前11時半から始まるようだ。
2人ほどプロのカメラマンが取材に訪れていた。
「芙蓉亭」閉店のニュースは、新型コロナの余波として様々なメディアで取り上げられた。
女性オーナーの中山葉子さんは、次々に入るキャンセルに「恐怖を感じた」とメディアに語った。

33年の歴史を刻んだレストランに、一人また一人と最後のお客さんが入っていく。
実は、私もこのところ、いろいろ考えている。
「いつ、会社を辞めるか?」
きっかけは、やはり新型コロナウィルスだ。

2月から在宅勤務を続けているが、妻が最近よく私にこんなことを言うようになった。
「もう、会社辞めれば」
「いつ会社辞めてもいいよ」
在宅勤務が終わり、再び会社に行くようになると、私がウィルスを持ち帰るのではないかと警戒していることも一つの理由だが、それだけではない。
妻の母親が自宅で転倒して骨折し、今入院していることもたぶんに影響しているようだ。
私と妻の出身地である岡山には、80代と90代の親たちが住んでいる。
これまで元気だったが、さすがに介護の問題に直面する頃だ。
妻は、一人で岡山に通うより、私と一緒に行くほうが何かと良いと考えているのだろう。
私にとっても、親の介護と岡山にある多少の農地の管理から逃れることはできない。
いろんな意味で、今が潮時なのかもしれない。

それだけではない。
私は38年にわたって、テレビ局で働いてきたが、今回のコロナ危機はテレビ業界にも大きな影響を与えている。
60歳を過ぎ、今の私はテレビの一線を離れ、デジタルサイネージや動画配信などテレビのノウハウを活用した新規事業に取り組んでいる。異業種の人たちと一緒に新しいビジネスを作っていくある意味とても面白い仕事なのだが、広告収入が落ち込んだテレビ局はしばらく新規事業に手を出すよりも、テレビの世界に集中し制作体制を再構築してより筋肉質な組織を目指すことになるだろう。
それは、私のようなシニア世代ではなく、これからのメディアを担う若い世代の仕事である。
私が辞めれば、若い人たちの職が守れるかもしれない。

このブログを書き始めた頃、五木寛之さんの「林住期」という本に大いに刺激を受けた。
50歳をはっきりひとつの区切りとして受けとめる必要がある、と私は思う。そして、そこから始まる25年、すなわち「林住期」をこそ、真の人生のクライマックスと考えたいのだ。
「林住期」の真の意味は、「必要」からでなく、「興味」によって何事かをする、ということにある。
これまでずっと自分がたずさわってきた仕事を続けるにしても、そこから180度コースを変えて転進するにしても、今後は「必要」からではなく、はっきりと「興味」本位でそれをやる、ということだ。
出典:五木寛之著「林住期」
今回、期せずして在宅勤務を行ったことで、会社に行く必要がなくなると、こんなに自由に生きられるのかということを痛感した。
自分が興味があること、自分がその日やりたいことに集中できる。
退職後、全精力を傾けようと思っている旅行もコロナのせいで当分お預けとなりそうだが、他にもやりたいことはたくさんある。
誰もが、いつコロナに感染して死んでしまってもおかしくない時代だ。
年金の受給まではまだしばらくあるが、旅行以外ではあまりお金を使わない。
幸い住宅ローンも終わったし、車も手放した。このところ、酒もほとんど飲まなくなった。少しずつ、仙人の暮らしに近づいている。
妻が言う通り、「いつ会社を辞めてもいい」準備はすでに整っているのだ。

コロナ後の世界は、1930年代の大恐慌の時代に似てくる。
それが、私の見立てだ。
強国の対立、貧富の格差の拡大、食料や物資の偏在。
戦争のリスクも高まるかもしれない。
今から、農業の知識を得て、自分の食べ物を作り出す技術を学ぶことは、コロナ後の時代を生きる上で必要かもしれない。
そして、次に世代に少しでも良い世界を残せるよう、自分ができることをのんびりとやっていきたいと考えている。
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