<吉祥寺残日録>北京五輪2022🇨🇳 祝!高木美帆の金!複合団体と坂本香織の銅!そして女子フィギュア衝撃の結末 #220218

それにしても、オリンピックでは何が起こるか予想がつかない。

昨日はそんな「まさか」を、いくつも目撃することができた。

まずはスピードスケート女子1000メートル。

今大会5種目に出場し、すでに6本滑って、3つの銀メダルを手にしていた高木美帆は、いつものように自転車を漕いでウォームアップする時、とても疲れているように見えた。

目の周りは黒ずみ、顔色が悪い。

レース後、高木自身、全身の疲労を感じていたと語った。

「体の方は、正直、結構限界が来ていて、疲労感というよりは、内臓、体の中の方がギリギリだった」

それでも集中を高め、臨んだ一発勝負。

素晴らしいスタートを切り、100メートルをトップのタイムで通過する。

得意の後半も体の動きは衰えず、同走者のロシア選手に大差をつけてフィニッシュ。

タイムは1分13秒19、オリンピック新記録だった。

北京五輪最後のレースで自己ベストをマークした高木は、両手を突き上げ大きくガッツポーズを作る。

レース前のあの疲れた表情からは想像できなかった高木の滑り。

それは私にとって「まさか」の瞬間だった。

さらに、拳を突き上げて、全身で満足感を表した高木美帆。

その表情には、自分で設定した高い目標にようやく手が届いたという達成感が感じられた。

「この五輪の出だしは、本当につらいことがたくさんあって、ヨハン(・デビットコーチ)がいないのもそうですし、自分の調子も上げきれないまま、3000メートルに挑む形になった。苦しい形の始まりだった。最後にこうして、自分の全てを出し切ることができたので、もう、このレースで金メダルを取れなくても悔いがないというレースができたことが、すごくうれしかった。さらにこうして、金メダルを取れたということでうれしさが倍増というか、形となって残ったなと思う」

そして後続の2組の選手たちは誰も高木の記録を抜くことができず、今大会4つ目のメダル、しかも個人種目としては高木が初めて手にする金メダルが確定した。

だが、500メートルの時のような晴れやかな笑顔はすぐには出てこなかった。

高木の感情が爆発したのは、ヨハン・デ・ヴィットヘッドコーチとしっかりと抱き合った時だった。

高木の目から、涙が溢れる。

オランダ出身のヨハンコーチは、ソチ五輪で日本のスピードスケートチームが「メダル0」に終わった後、立て直しの切り札として招かれた。

高木はNHKスペシャルの取材に対して、コーチから言われた一言について語っている。

「『ビュスト選手は強いわ』、『サブリコ選手はさすがだわ』と話をしたことがあって、それに対してヨハンが『同じ人間ができていることなのに、どうして自分にはできないって思うんだ』と。その時はまだ腑に落ちなかったですけれど」

ヨハンコーチの指導の下、髙木は弱点だったフィジカルを鍛え直した。

氷を蹴る力は3年間で15%以上アップし、中長距離の女子選手の中で最も伸びたのが高木だった。

高木美帆にとって、ヨハンコーチは自分を高めてくれた心の支えだったが、そのコーチが五輪開幕の直前コロナ陽性となり試合会場に来ることができなかった。

コーチ不在の中で臨んだ3000mは6位、世界記録を持つ最も得意な1500mでも2位と、高木は自分で納得できるレースができなかったのだ。

100分の1秒を競い人間の限界で戦うトップ選手にとって、心理面の与える影響は我々が想像する以上に大きいのだろう。

パシュートでの思いもかけない転倒、悲鳴を上げる肉体。

パンパンに張り詰めていた高木の心が、ヨハンコーチとの抱擁によって少しほぐれ、やっと笑顔が戻ってきた。

これで高木美帆が獲得したオリンピックのメダルは7個。

女子選手としては、夏冬合わせて過去最多、男子を入れても北島康介、内村航平と並ぶ日本人最多記録に並んだ。

専門化が進むスポーツの世界で、短距離から中距離まで挑戦し自らの幅を広げていく高木美帆という生き方は、私たちに多くのヒントを与えてくれている。

まずはその快挙を讃え、ゆっくりと体を休めてもらいたい。

一方、平昌五輪で500mで金メダルを取り、1000mでも高木を上回る銀メダルに輝いた日本女子のエース小平奈緒は、この日も彼女らしい滑りがまったくできず10位に終わった。

レース後、小平はオリンピック直前に足首を痛めていたことを初めて明かした。

1月中旬の大雪の日に練習に向かう途中、道路で足を滑らせたという。

「『やってしまったな』と。そこからは絶望の日々を送っていた。1週間、氷から離れた。全く滑れない状況で北京に入った」

それでも諦めず、全身を使って今できるベストの滑りができたという。

レース後に悔しそうな顔をまったく見せず、淡々とインタビューを受けていた小平の謎がようやく理解できた気がした。

年齢的にもこれが最後のオリンピックになるだろう小平だが、結果ではなくそのプロセスが納得できれば人間は落ち着いた気持ちになれることを教えてくれる。

「まさか」の瞬間といえば、ノルディック複合団体もそうだった。

前半のジャンプでは4位。

オーストリア、ノルウェー、ドイツという強豪国が日本よりも上位にいる。

ジャンプでポイントを稼いで、距離でなんとか逃げ切るという日本のスタイルではとても勝ち目のない勝負だと思いながら後半の距離を見始める。

ところが第一走者の渡部善斗が頑張って、トップグループに追いつき、先頭集団4チームでのメダル争いに持ち込む。

第二走者ベテランの永井秀昭も踏ん張り、先頭集団の最後尾ながら僅差の4位でエース渡部暁斗にバトンを繋いだ。

日本人としては走力に勝る渡部暁斗は、途中トップに立つなどレースを引っ張っていく。

だが、途中でノルウェーがスパート、日本とオーストリアが必死に追うが、ドイツが大きく遅れ日本にメダルの可能性が見えてきた。

スタジアムに入ってからのスピードレースで、渡部は2位に順位を上げてアンカーの山本涼太に最後を託した。

チームで唯一の20代で次世代エースと目される山本だが、個人戦ではジャンプで好位置につけるも距離では外国人選手との力の差を感じさせていた。

ここで遅れていた4位のドイツが猛烈に追い上げてくる。

ドイツのアンカーは複合ノーマルヒルの金メダリスト・ガイガー。

30秒差をあっという間に追いつき、日本とオーストリアの銀メダル争いに割って入った。

山本はオーストリア、ドイツの後ろにつき、ついていく状態。

オーストリアの選手が何度がスパートをかけ、山本を振るい落とそうと試みる。

一時はかなり有力かと思われたメダル獲得がどんどん危うくなっていく。

ところが、ここで「まさか」の瞬間が訪れる。

ぶっちぎりのトップでノルウェーの金メダルが決まった直後、スタジアムに姿を見せた3チームのうち、ドイツのガイガーが予想通り猛スパートをかけたのだが、それに山本がしっかりついていったのだ。

オーストリアの選手が遅れていく。

ガイガーがスパートをかける直前のシーンが私には印象に残っている。

スタジアムが近づき、コースの幅が広がったところでガイガーがオーストリア選手の横に並んだ時、山本が迷わずガイガーの後ろにポジションを変えたのだ。

彼は他の2選手の様子をしっかり後ろから観察し、ガイガーの方が強いと見切っていたのだろう。

だから、ガイガーがスパートをかけた時、山本はすぐに対応した。

猛然とスピードを上げるガイガーにピタリとくっつき、最後の直線まで2位争いを続けた。

結果的にはドイツを抜くことはできなかったが、堂々の試合運びで、銅メダルを獲得した。

一時「お家芸」と言われたノルディック複合だが、日本団体としてメダルを獲得したのはリレハンメル五輪以来実に28年ぶりの快挙となる。

まさか「距離」で日本選手がヨーロッパの強豪国と互角に戦えるとは思いもしなかった。

『同じ人間ができていることなのに、どうして自分にはできないって思うんだ』

ヨハンコーチの言葉が、この瞬間にも蘇ってくるようだった。

そして夜に行われたフィギュアスケート女子のフリー。

ドーピング騒動に揺れる中、ロシア選手のメダル独占も予想されたこの種目でも坂本花織選手が見事に銅メダルを獲得した。

女子でも、トリプルアクセルはもちろん4回転を跳ぶ選手が続出する中、こうした大技を持たない坂本がメダルを取るとは正直思っていなかった。

坂本の強みは、ジャンプの安定性と完成度の高さ、そしてダイナミックな演技だが、一気にレベルが上がったロシア選手たちの演技は文字通り異次元だった。

そんなプレッシャーの中で、浅田真央以来3大会ぶりのメダル獲得は実に立派だった。

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とはいえ、ロシア人選手はみんなすごかった。

坂本の前に登場したのは17歳のアレクサンドラ・トゥルソワ。

赤毛が印象的なちょっと男の子っぽい少女だが、女子で初めて4回転を飛んだ彼女は、なんと5本もの4回転ジャンプをプログラムに入れてきた。

まさにネイサン・チェンの女性版と言える存在だ。

ネイサンほどの完成度ではないものの、とても軽やかな滑り、技術点だけでなんと100点を超える超人的な演技だった。

得点は自己ベストとなる177.13、ショートとの合計は251.73となり、この段階でトップに立つ。

坂本はトゥルソワを越えることはできず2位。

その後に登場したのはロシアの世界チャンピオン、17歳のアンナ・シェルバコワだ。

ワリエワがシニアデビューするまで世界のトップに君臨してきただけに、その滑りは限りなく美しい。

彼女も冒頭に4回転ジャンプを2本跳び、全ての要素で高い出来栄え点を獲得する完璧な演技で、トゥルソワを抜いてトップに立った。

圧巻、まさに女王のスケートだ。

浅田真央の時代から女子フィギュアのレベルが数段上がったことを感じさせた。

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このシェルバコワを抑えて、いきなり世界のトップに躍り出たのがロシアの15歳カミラ・ワリエワだ。

シニアデビュー以来「無敗」を誇り、その圧倒的な強さから「絶望」の異名も持つ。

しかし、その実像はまだあどけないやせっぽちの少女であり、彼女はロシアの少数民族である「タタール」の出身だという。

中央アジアから東ヨーロッパの広い範囲で暮らす「タタール」の人たちは、かつてこの地を支配したトルコやモンゴルの血をひいている。

どこか物悲しいワリエワの表情から私は、少数民族の苦難を感じ取ってしまう。

そんな世界が注目する新女王が北京オリンピックで渦中の人となる。

フィギュア団体で完璧な演技を披露し金メダルに貢献した直後、ワリエワにドーピング疑惑が発覚したのだ。

去年末に行われたロシア国内での試合で、禁止薬物トリメタジジンの陽性反応が出たことが明らかになった。

団体のメダル授与式が急遽延期され、個人種目への出場はスポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定に委ねられる。

CASの裁定は「オリンピックへの出場を認める」、彼女が保護されるべき16歳以下に当たることと、ドーピング検査の結果が遅れたことを考慮した判断だったようだ。

ただ、彼女のオリンピック出場について世界中から激しい非難の声があがる。

特に、キム・ヨナなど有力な女性アスリートたちから「ありえない」「不公平だ」とワリエワへの集中砲火が続いた。

確かにドーピングは許されないし不公平なのは間違いないが、こんな可憐な15歳の少女が世界の大舞台でこれほとまでのバッシングを浴びるとは、ちょっと可哀想な気持ちを抱えながら私はこの騒動を眺めていた。

案の定、ショートプラグラムでは団体の時は完璧だったトリプルアクセルをミス、それでも1位となったが明らかな動揺がうかがえた。

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そして昨夜のフリー。

それは「まさか」の連続だった。

冒頭の4回転を失敗すると、その後のジャンプでもことごとく転倒した。

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転倒に次ぐ転倒。

「団体」での完璧な美しい演技が目に焼き付いているだけに、可哀想で「見ていられない」演技となってしまった。

表現力豊かなステップも微妙に音楽からずれていて、彼女が自分を完全に失っていることを窺わせた。

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ようやく演技を終えたワリエワは、両手で顔を覆いリンクに立ちすくんだ。

彼女の晴れ舞台となるはずだったオリンピックは、残酷な処刑の場に変わったように私には見えた。

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報道によれば、意気消沈して戻ってきたワリエワに対して、彼女を指導するトゥトベリーゼコーチはこんな言葉をかけたという。

「なぜあきらめたの? なぜ戦いをやめたの? 説明して」

ロシアチームを率いるトゥトベリーゼは、ワリエワだけでなくシェルバコワもトゥルソワも指導していて、さらに平昌で活躍したザギトワもメドベージェワも彼女が育て上げた。

若い才能を見つけだし厳しく育てる。

そんなロシア流の彼女の育成法が、フィギュア大国ロシアを復活させたのだ。

ワリエワのドーピング騒動は決して選手個人の問題ではなく、その後ろにはトゥトベリーゼと彼女のチームがいる。

この残念な演技によってワリエワは「まさか」の4位に沈み、日本の坂本花織が銅メダルを獲得できた。

でも個人的には、坂本さんには申し訳ないが、ワリエワの完璧な演技をやはり見たかった。

ワリエワ、シェルバコワ、トゥルソワの真剣勝負は、国籍には関係なくきっとハラハラするものになっただろう。

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メダルを逸したワリエワはコーチたちの間で泣き崩れた。

トゥトベリーゼが作り出した「最高傑作」、15歳のワリエワがこの大きな挫折を受け止め切れるのか。

彼女の今後が本当に心配である。

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華麗なフィギュアの世界で繰り広げられる少女たちの生き血を吸うような醜い争い。

5本の4回転を跳び銀メダルを獲得したトゥルソワも、こう叫んだという。

「私はもう二度と氷の上には立たない。 こんなスポーツ、大嫌い! こんなやり方ではダメだ! みんな金メダルを持っている、私だけ持っていない!」

まさに今、ウクライナ問題で揺れるロシアだが、中国同様、この国で生きていくのは楽ではなさそうだ。

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ちなみに、中国といえば女子フィギュアで一人、気になる選手を見つけた。

アメリカ代表のアリサ・リウ。

アジア系の名前が気になって調べてみると、ウィキペディアにこんな出自が記されていた。

2005年8月8日、アメリカ合衆国カリフォルニア州クローヴィスに生まれた。リウの父親は中国四川省出身でアメリカに移住した弁護士、母親は匿名の卵子提供者であり、代理母を通して生まれた。

出典:ウィキペディア

「母親は匿名の卵子提供者」という記述を見て驚いた。

一人っ子政策の中国では男性の数か女性よりもかなり多く、ひょっとすると彼女の父親も、そうした母国に見切りをつけてアメリカ人の卵子をお金で買ったのかもしれない。

今大会ではアメリカで生まれ育った朱易(ジュ・イー)が中国代表として出場し、度重なる転倒でバッシングされるという出来事もあったが、敵対する中国とアメリカの間で実に複雑な人間模様が展開されていることが垣間見られた。

それに比べれば、日本人選手は比較的恵まれた環境と言えるのかもしれない。

誰にだって悔しい経験はある。

それでも、個人ではどうしようもない要素で可能性が断たれてしまったり、悲劇に巻き込まれてしまうのはあまりに気の毒である。

日本がいつまでも、個人の努力と能力によって「まさか」を引き起こせる国であってほしい、外国選手たちの姿を見ながらそんなことを願うばかりである。

浅田真央 引退

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