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明治150年

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通勤電車の中でネットを見ながら、気になった記事を保存したりしている。

1ヶ月ほど前、そうして保存したまま忘れていた記事が今日たまたま目についた。改めて読み直してみると、なるほど私が漠然と感じていることをうまく表現してくれているのだ。だから反射的に保存したのだろう。

「Yahoo!ニュース 特集」というのがあることをこの記事で初めて知った。Yahoo!ニュース編集部が自ら企画した特集記事だそうだ。

『 インターネットには日々、膨大な情報が飛び交います。
流れるニュースの消費のサイクルが早くなり、
ともすれば前後関係や背景がわかりにくく
「断片的」になってしまうこともあります。

「Yahoo!ニュース 特集」は、大量の情報の中で埋もれがちな
イシューを独自の視点で掘り下げ、社会に横たわる課題を
浮き彫りにし、良質な文化の発展を目指します。

また、スマートフォンやソーシャルメディアなど、
さまざまな情報入手手段の多様化に合わせ、文字、写真、映像を
組み合わせて、わかりやすく伝える方法を追求していきます。』

さて、本題に入る。私が関心を引かれた記事は、『「日本はナショナリズムから卒業した」思想史家が語る明治150年』というインタビュー記事だ。

ノンフィクションライターの三宅玲子氏が、思想史家・渡辺京二氏に聞いてまとめた記事だ。

渡辺氏は現代の日本を「総じてけっこうな時代」と評する。多くの問題はあるが歴史的に見れば「総じてけっこうな時代」という認識は私も同意するところだ。

渡辺京二氏が語る明治以降の日本。主な内容を引用させていただく。

『 福祉予算は削られる。長い不況を経て、社会の格差は広がるばかり。少子高齢化による縮小社会にも直面している。なるほど現代社会の問題はいまなお少なくありません。

さらには、いまの社会が「右傾化している」とか「ネトウヨが」とかいう言葉もよく目にします。安倍(晋三)首相のもと憲法9条が改正されたら、日本は戦争する国になってしまうから戦前に後戻りしてしまうなどと、不安がる声も聞こえてきます。

だから、メディアではいまの日本が危機にあるような言説もある。

でも、本当にそうでしょうか。

2018年という現在を評価するなら、総じてけっこうな時代だと私は思います。

貧しい人でも最低限の医療は受けられるし、介護制度も充実している。女性差別やハンセン病など、人権に対しても敏感になってきた。昔は家族で外食をするなんて贅沢なことでしたが、今なら月に2、3回、家族4人でラーメンを食べに出かけるくらいのことはできるでしょう。

「豊かさ」を問う時、日本では「清貧」のような精神論になりがちです。だけど、たとえば朝から上等の紅茶を飲める。これは物質的な豊かさでもあり、精神的な豊かさでもある。物質と精神の豊かさをわける必要なく楽しめるようになったのは、いい時代になったということです。

経済でも中国に抜かれて久しいですが、日本が世界の経済大国でなくてはならないとも思いません。政治にしても「右傾化」など私は心配していません。そうした層はヨーロッパにもいますし、もっと言えば、昔から一定数いるのです。

大事なことは、日本は70年余前の敗戦でナショナリズムから卒業し、成熟した国になったということ。それを忘れてはいけません。』

 

渡辺氏は決して安倍さん寄りの人ではない。共産党に入党していた過去も持つ。そういう人が、「日本が成熟した国になった」と評価しているのは傾聴に値する。

今年は明治維新150年。政府は内閣府に「明治150年 関連施策推進室」というものを設けて各地で記念のイベントを計画している。長州系の安倍さんには、明治維新を手放しで素晴らしいものと礼賛する傾向を感じる。

しかし、西洋人の目から明治維新を考察した著書を持つ渡辺氏は、明治という時代に少し懐疑的だ。

 

『 50年前の1968年、「明治維新から100年」と言われました。当時は高度経済成長の真っただ中で前向きな声もありましたが、今回の明治150年はどうでしょう。いまも「明治維新をすごい」とたたえる声もあるのかもしれませんが、明治維新の実質を言えば、西洋という外圧による外発的な変化でした。

そのことについては、夏目漱石も明治の歴史は一種の潮流に押し流されてきただけだとし、1911(明治44)年、和歌山県での講演でこう語っています。

<西洋の開化は行雲流水のごとく自然に働いているが、御維新後、外国と交渉を付けた以後の日本の開化は大分勝手が違います。(中略)つまりは何でもない、ただ西洋人が我々より強いからである。(中略)しかも自然天然に発展して来た風俗を急に変える訳にいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるより外に仕方がない。(中略)我々のやっている事は内発的でない、外発的である。これを一言にして云えば現代日本の開化は皮相上滑りの開化であると云う事に帰着するのである>(『現代日本の開化』)

つまり、情勢に迫られてやっただけのこと。ウェスタン・インパクトによる緊急避難が明治維新だったのです。

もう少し明治維新を顧みてみましょう。

江戸末期の1853年、アメリカからやってきたペリー艦隊は日本に強硬に開国を迫ります。その近代的な軍備に驚愕し、江戸幕府は開国するわけですが、それがきっかけで日本は幕藩体制という統治機構から天皇制による近代国家へと変わっていく。

日本が西洋文明に対抗するには、西洋と同様に近代的な国民国家(ネーションステート)システムを創設しなくてはなりませんでした。しかし、維新をリードした武士たちにとって、維新はこれまで仕えてきた将軍や藩主に刃向かうことでもあった。そこで武家社会を超越する忠誠の対象として、天皇を担ぐ必要があったのです。そこで謳われたのが尊皇攘夷です。

また、アメリカやイギリスの近代的な軍事力に対等に向き合うには、軍事力を支えるだけの経済力も持たなくてはならなかった。それが富国強兵でした。

この時から「国家」と「個人」の関係が生まれた。江戸時代の「士農工商」という身分制度が、明治維新で「四民平等」になった。その代わり、「民」は有事の際には国のために尽くすよう、教育されました。

それまで、農民の暮らしは藩政と距離がありました。

たとえば、維新の混乱期、板垣退助が会津を攻めた際、会津藩が悲壮な戦いをしているさなか、近くの農民たちは知らん顔をしていたという有名な話があります。それほど、政治と庶民には距離があったということでしょう。

それが近代国家になると、国民ひとりひとりが権利を持つと同時に、国家との関係で言えば、教育勅語に『一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ』とあるように、「戦になれば死にます」と教え込まされる国民教育が行われたわけです。

危機的な存在としての西洋が現れたことで国家という概念が国民に生まれ、国民という概念も育った。個人と国家という関係が生じると、国民は自分の所属する国に勝たせたいという感情を持つようになる。その感情が個人を戦争へと駆り立てます。ナショナリズムです。

大陸侵略は軍部主導だったと言われますが、当時国民はこぞって支持していました。

日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)で大国に連勝し、日本人の間に国民としての自覚が生まれていきます。当時、日本の社会がナショナリズムという感情に覆われたのは、それがその時点での日本国民の成熟度合いだったのです。』

 

昭和の戦争の原因を探っていくと、日清日露という明治の戦争に行き当たる。そしてその原因はやはり明治維新にあるのだ。

外圧に反応した明治維新。西洋に飲み込まれないために走り続けた結果、たどり着いたのは太平洋戦争だった。そこには多くの飛躍があり、国を守るという当初の目的がいつしか軍部の権益確保へと変貌していった。

では、渡辺氏は日本の戦後史をどう見るのか?

 

『 1945年の敗戦後、マッカーサーらGHQ(連合国最高司令官総司令部)の民主主義教育が行き届いたこともあり、日本は戦争に対して痛烈に反省に転じた。復興の過程では経済成長が国家の最優先課題となり、経済性が社会の価値観の中心となりました。池田勇人首相がフランスに行った際、シャルル・ド・ゴール大統領に「トランジスタラジオのセールスマン」と揶揄されたほどです。

つまり、日本は経済的な成長さえできればいいと割り切った。その結果、どうなったか。

日本人はナショナリズムを乗り越え、卒業した。つまり、日本人は国家を超える感覚をもったのです。これはじつに喜ばしいことです。

中国や韓国ではいまでも「国が侮辱された」といったことで騒ぎます。これはナショナリズムで、国家の成熟度としては、まだその段階なのです。でも、日本は違います。もう抽象的な演説などでは騒いだりしない。それだけの成熟をしたのです。

いわゆる国民国家は、昨今世界のどこでも災いのタネになっています。でも、国民ごとにまとまる国家というシステム以外に、世界を秩序立てる形態は今のところは見当たりません。国家は必要悪なのです。

異なる国が接して暮らしていて、 トラブルが起こったときに感情的になる。ナショナリズムはひとつの病気です。ナショナリズムを刺激する側面があるオリンピックやサッカーは、戦争の代わりをやっているようなものです。

その意味で、「維新の三傑」の一人、薩摩藩出身の西郷隆盛は「国家は道義(人としてのあるべき倫理)こそが大事で、道義が守られないなら国家は滅んでもよい」とまで言っています。「道義国家」というものの姿を夢想していたのです。

彼が目指していた「道義国家」とは、民の生活が成り立つための最低限のルールづくりは国家がするが、民はそれを意識しなくていい。道義が民の間で実施されているのが大事でした。
そんな道義国家を現代で謳うのであれば、どうなるか。

それは「生きがいがある国をつくろう」ということじゃないかと思います。生きがいとは、自分がいる場所で何か力を出して役に立つ、つまり、存在意義があるということ。

現代から明治150年で振り返ると、そんな課題が残っているのです。

実際、今はなかなかそういう社会になれない。根本的な原因は、経済成長を絶えず求めざるを得ないような社会構造。だからといって、理想の社会の青写真を描いたところで、権力で実行するとなると社会主義に向かってしまうが、それは違う。

ではどうすればいいのか。

結局は我が身から始めるということです。

国家をつくるのは役人の仕事。けれども、社会をつくるのはひとりひとり。個人がどのように生きがいを見つけられるかが大切。出世や肩書、収入など、いわゆる社会的に評価される職業的地位の価値観が単純化していますが、そんな幼稚な尺度に縛られる必要はありません。

そのかわり、人のせいにもしない。

87年という時間を生きてきて思うのは、人生とはどういう人間と出会うかに尽きるということです。

現代社会では、生活を便利にするはずのテクノロジーがかえって煩わしさを増やしているというパラドックスの悲劇もあります。大切なのは、テクノロジー以前に人間関係です。同性同士でも男女の関係でも、傷つけ合うようなややこしいことや煩わしさがあります。これをむやみに避けないほうがいい。生きがいとは、結局のところ、人との関わり合いの中にしかないのです。

傷つくことを恐れず、世間や人の言うことなどいちいち気にせず、自分の好きなように生きればいい。
そしていまはそれができる時代です。

明治などに幻想を抱くのではなく、いまはもっといい時代になっている、そう認識することが大事なのだと思います。』

 

先人たちの言葉に耳を傾けるのは大切なことだ。

もともと本を読まずに生きてきた私は、渡辺氏の著作も読んでいないが、87歳の彼が語る日本の過去と未来には大いに刺激を受ける。

「自分の好きなように生きればいい。今はそれができる時代だ。」

この前向きな考え方に大いに共感しつつ、そうした時代がこれからも続くことを願ってやまない。

 

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