アジムット・ホテル
ウラジオストクは半島の先端部にある坂の多い街だ。
急な坂の上に立つホテルに泊まった。
「AZIMUT HOTEL」はロシアのホテルチェーンで、ロシアやドイツ、オーストリアで32のホテルを経営している。最近リニューアルしたばかりのようで、見た目はきれいだ。
ところが・・・
ちょうど韓国人の団体さんのチェックインにぶつかり、フロントで1時間も待たされた。
部屋はモダンできれい。
そして何より・・・
窓からは海を一望。
アムール湾の向こう、ユーラシア大陸に沈む夕日を独り占めすることができる。
ホテルの朝食
このホテル、朝食もなかなかいい。
中でも、お気に入りはシリアル。
胡桃やナッツが豊富で、蜂蜜をかけて食べる。
不満だったのは、生野菜が少ないこと。やはり野菜は豆や芋が多い。
3日間の朝食はこんな感じ。
毎日出る料理は同じだが、味も悪くないので朝食付きがオススメだ。トマトジュースとクランベリージュースが美味しいので毎朝飲んでいた。
朝食をしっかり食べて、昼は食べず、夕食をレストランで食べる。それがウラジオストクでの私の食生活だった。
ビーチへお散歩
初日、ホテルにチェックインできたのは8時半だった。
夕日が沈む時間の街が見たくて、すぐに外に出た。ホテル前の道からロシア教会が見えた。タマネギ屋根の上に取り付けられた十字架が夕日を浴びて輝いていた。
海を望む坂道には、夕日見物の人が集まる。
爽やかな海風が気持ちいい。気温はおそらく25℃程度。日本の暑さが嘘のようだ。
夕日をバックにポーズを取る少女。
すらっと伸びた手足、長い髪。モデルさんみたい。本当にロシアの女の子はきれいだ。
ホテルから坂道を下ると海沿いの公演に出る。
この公演には、海をバックにしたステージが作られていて、人々は観客席に腰を下ろして太陽が沈むのを静かに眺めている。
カナダのバンクーバーで見た夕日の時間を思い出すような光景だった。
ウラジオストクの日没時間は、午後9時前だった。
週末の午後、公園のステージを訪れると、少女たちが民族舞踊を披露していた。
この公園は、市民の憩いの場となっている。ロシアにも静かで幸せな日常がある。
ステージの先には小さなビーチがある。
スポーツ湾と呼ばれるこのエリアは、日本で言うとお台場のような場所である。
ビーチ沿いに遊歩道が整備され、遊園地やVRなどのアトラクション、屋台が並ぶ。
記念撮影用の着ぐるみは、やはり熊だ。
露店で売られているぬいぐるみは、素朴だが意外にかわいい。
強面のイメージが強いロシアだが、こうして街を歩いていると違う表情が見えてくる。
このスポーツ湾、夜になると大音量の音楽が流れ、多くの人たちが食事やお酒を求めて集まる。
なぜか、たこ焼きも・・・。
ウラジオストク駅
さて、ホテルを出てスポーツ湾とは反対側、東に向かって坂を下りていくと、ウラジオストク駅の落ち着いた建物にぶつかる。
この駅は1893年に完成した。
シベリア鉄道の東の終着駅であり、かつて与謝野晶子も夫・鉄幹を追ってこの駅から列車に乗った。
駅舎の天井は上品な作りだ。
ロシアの建物というとちょっと無骨なイメージを持っていたが、駅外側の装飾もなかなか凝っている。
跨線橋を渡って誰でも自由にホームに降りることができる。
2番ホームには、かつてシベリア鉄道を走った蒸気機関車が展示してある。ロシア語のプレートには「1941−1945」という文字が刻まれていて、この蒸気機関車が第二次大戦中に活躍していたことが伺える。
蒸気機関車の近くには「9288」と刻まれたモニュメントが立ち、中国人観光客が入れ替わり立ち替わり記念撮影をしていた。
これは「モスクワから9288キロ」と、シベリア鉄道の長さを示すモニュメントだ。
シベリア鉄道を走る世界最長距離の国内列車ロシア号は、6日あまり146時間かけてモスクワまで走るのだ。
レーニン像
ウラジオストク駅の正面には今もレーニン像が立つ。
次々に観光バスがやって来て、団体さんはレーニン像を眺め、駅と港をぐるっと回る。ウラジオストクの人気スポットだ。
レーニンは、ちょうど100年ほど前、帝政ロシアを倒し世界初の社会主義革命を成し遂げた。
ソ連が崩壊し、プーチン率いる今のロシアではレーニンの人気はガタ落ちだという。
市中心部にある「アルセーニエフ記念沿海州総合博物館」には、ソ連時代に作られたレーニンの彫像やポスターなどが集められた部屋がある。
文字通り、赤い部屋。
ソ連の個人崇拝はおびただしい数のレーニンを後世に残した。しかし、今ではそれも過去の一コマとして真っ赤に塗られた部屋に押し込められている。
あの革命は何だったのか?
100年経った今、改めて調べてみたいテーマである。
噴水通りのコンビニ
アドミラーラ・フォーキナー通り、通称「噴水通り」は、夕方のそぞろ歩きが楽しい観光客に人気のエリアである。
ここに「TIKO」というミニスーパー=コンビニがある。
このお店、街のあちらこちらにあるが、私は滞在中、噴水通りのTIKOを愛用した。
ロシアのミネラルウォーター。
ロシアのアイスクリーム。
そして、ロシアのチョコレート。
「アリョンカ」という名前らしい。
この板チョコのパッケージがあまりにかわいいので、お土産として4枚買って帰った。妻にも大変好評だった。中身は普通の板チョコだ。
なぜか、日本のお菓子や飲み物もたくさん売られていた。
やはりウラジオは日本に近いのだ。
中央広場
ウラジオストクの夕暮れ。
街灯も優雅で、昼間よりもヨーロッパ気分を満喫できる。
さらにヨーロッパ気分を味わいたければ、中央広場へ行ってみよう。
金角湾に面した広場には1961年に作られた3体からなる「偉大なるソビエトのために戦った戦士のモニュメント」。背景にはヨーロッパ建築が連なり、黄色い街灯がヨーロッパ情緒を引き立てる。
広場の隣に建つ州政府庁舎の屋上には、ロシア国旗がライトアップされ翻っていた。
しかし、日曜の午後の中央広場はイベントスペースになっていた。
現代と過去が同居する広場なのだ。
ケーブルカー
中央広場からメインストリートのスヴェトランスカヤ通りを東へ東へと歩いていくと、2012年に開通したウラジオストクの新たなシンボル「黄金橋」の下をくぐる。
この橋は、この年に開かれたAPEC首脳会議に合わせて建設された。
全長737m、斜張橋としては世界で十指に入る自慢の橋だ。
橋の下を通り過ぎてさらに先に進むと、小さな建物にたどり着く。
建物の中には、小さなかわいらしいケーブルかーが止まっていた。
運賃は14ルーブル(約30円)。
短いけれど、ちょっといい感じのケーブルカーです。
レールの中間点でもう一台の車両とすれ違う。
乗客は進行方向と反対に向いて坂を登っていく。
車窓には金角湾の絶景が広がる。
山頂駅を降りると、なぜか妙に愛国的な子供たちの絵が飾ってあった。
鷲の巣展望台
ケーブルカーの駅から少し歩くと、ウラジオストクの定番観光スポット「鷲の巣展望台」だ。
黄金橋と金角湾の絵葉書ショットが眺められる場所だ。
ロシア太平洋艦隊の艦艇もバッチリ見える。
ここを訪れた人は必ず記念写真を撮る。
いろんなポーズで記念写真を撮る人がいるのだろう。
中国語と並んで、珍しく日本語の注意書きも設置されていた。
展望台からはゆっくり坂を下って街まで降りる。
ケーブルカーで登って、歩いて下る。展望台に行くなら、このコースがいいようだ。もちろん、ツアーもあるし、市内バスを乗りこなせればその方が楽かもしれないが、途中の景色を楽しみながらゆっくり歩いて回るのもこの街には合った楽しみ方だと思う。
金角湾の遊覧船
展望台から降りたら港へ。
このチケット売り場で遊覧船の切符を買う。かなり混んでいるので、すぐには乗れないかもしれない。
運よく午後2時の船に滑り込んだ。最初満席だと言われたが、一人だというとまあいいだろうということになった。
金角湾を1時間回って、料金は800ルーブル(約1600円)だ
少し年代がかった港湾施設。特別なものが見られるわけではない。
船はゆっくりと金角湾を出て、東ボスフォラス海峡へ。すると・・・
目の前に大きな橋が現れた。
これが全長3100m、世界最長の斜張橋「ルースキー橋」だ。
2012年、このルースキー島でAPEC首脳会議が開かれ、それに合わせて建設された。
この橋でウラジオストクと結ばれたルースキー島は、帝政ロシア時代から要塞の建設が進められ、ソ連時代には太平洋艦隊の基地として外部の立ち入りは一切禁止されていた。
船の舳先には私のほか、数組のロシア人がいて爽やかな海風を受けながら快適なクルージングを楽しんでいたのだが、そこに中国人グループが乱入し大撮影大会が始まった。
あまりの傍若無人さに、ロシア人たちはキャビンの中に消えた。一人の中国人女性は船の舳先から身を乗り出すようにしてタイタニックポーズを決める。海に落ちるのではないかと、ハラハラしてしまう。
本当に、中国人か来ると、どこも雰囲気が台無しだ。
ルースキー橋の手前でUターンした遊覧船は、金角湾へと戻って行く。
記念撮影を終えた中国人たちは姿を消し、再びロシア人たちが舳先に戻ってきた。船でウラジオストクに近づいて行く帰りの方が絵になる。かつて船でこの地を訪れたロシア人も日本人もこの風景を見たのだろう。確かに自然の良港である。
もう見飽きた感じだが、ロシア軍艦を今度は沖合から眺める。
そして黄金橋を右手に見ながら、出発地点の埠頭へと戻ってツアー終了だ。
歩き疲れた体にはちょうどいい休息。街歩きの後の遊覧船はオススメである。
ポクロフスキー聖堂
遊覧船で少し休んで元気になったので、再び街を歩く。
途中、交通事故に遭遇したが、事故を起こしたらしき女性、その立ち姿が何とも言えず格好いい。
目的地は中心部の北側にある「ポクロフスキー聖堂」。
金と水色の丸屋根が印象的なロシア教会だ。
1885年に建設された教会は、ロシア革命の後、破壊されたそうだ。共産主義政権は宗教を徹底的に弾圧した。
しかし、その共産主義の時代は過ぎ去り、ロシア正教会は再び勢いを取り戻している。
この聖堂も、2007年に再建されたものだ。
この聖堂が建つ一帯はポクロフスキー公園となっている。公園といっても、実際にはちょっとした森である。
ここまでやって来る観光客は少ない。ウラジオ市民の憩いの場だ。
人々は木陰のベンチに腰をかけ、本を読んだり、チェスをしたり、おしゃべりに花を咲かせたりしている。静かな時が流れていた。
私は過去に見た一つの光景を思い出していた。
それは壁が崩壊する前の東ベルリンだ。
退廃的な西ベルリンに対し、東ベルリンは静けさに包まれていた。経済的には西側には敵わなくても、人々は落ち着いた暮らしをしていた。
もともとロシア人はダーチャを愛し、自然とともに生きる森の民なのだ。
確かにここは心地いい。冬の長いロシアで、短い間訪れる緑にあふれる季節。その季節を精一杯味わいつつ、家族や友人と静かに暮らす。
そんなロシア的な生き方に少し共感し、少し見直した楽しい街歩きだった。
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