トランプ考②

トランプ大統領が初めての議会演説に臨んだ。1兆ドルの公共投資、軍事費の大幅アップなどをぶち上げる一方で、法人税と中間層への大幅減税を打ち出した。

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大統領の演説では与野党の議員たちがともにスタンディングオベーションで応じるのがアメリカの伝統だと思っていた。しかし、今日は民主党議員が立ち上がることはほとんどなかった。

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議場の半分が立ち上がり拍手、半分は座ったまま冷ややかな視線を送る。今のアメリカの分断を象徴している印象を受けた。大統領の演説が終わるやいなや席を立ち、議場を出て行く民主党議員たちもたくさんいた。

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それでも今日の演説は好評だった。敵対するCNNの世論調査でも8割の国民が評価した。

トランプ大統領は議場に物語を仕込んでいた。不法移民に殺された警察官の父親、テロとの戦いで命を落とした兵士の妻。一人一人その人たちの物語を紹介しながら「あなたたちのことを忘れない」と語りかけた。こうした場面では民主党議員も立ち上がり、物語の主人公たちに拍手を送った。誰もが反論できない悲劇のヒーローたちを巧みに演説に取り込んだのだ。

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そして私が一番印象に残った言葉、それは「私は世界を代表しているのではない。私はアメリカの代表者だ」という発言だった。

世界一の超大国のリーダーは自ずと世界全体のことを考えざるを得ない。積極的にそう振舞おうとする指導者もいれば、止むを得ず世界全体のことまで背負う羽目に陥る指導者もいるだろう。しかし、世界の運命を握る指導者という立場は政治家にとって至高のものに違いない。

しかし、トランプ氏は「世界のリーダー」であることを否定する。アメリカ人の利益のみをすべての判断基準にすることで、物事ははるかに明快になる。アメリカの利害と世界の利害の対立に悩んだ過去のアメリカ大統領とトランプ氏は決別したのだ。

トランプ大統領が、実際にどんな政策をとって行くのか見ていくうえでも、今日の演説の要旨を書き写しておく。日経新聞からの引用だ。

『 今、偉大な米国の歴史の新しい章が始まろうとしている。再び米国を誇りに思う気持ちが全米に広がっている。楽観的な雰囲気が広がり、一見無理そうな挑戦にも取り組む意欲が湧いている。我々は今、「開拓者精神=アメリカン・スピリッツ」の復活を目の当たりにしている。

同盟国は、米国が再び先導役を務める国だと認識するようになる。敵味方にかかわらず、世界中の国々が、米国を強く、誇り高く、自由な国だと感じるようになる。

過去10年間の過ちを繰り返してはいけない。長い間、職と富の海外流出を許し、国内の中間所得者層が縮小してしまった。海外開発に資金提供する一方で、国内の大都市の荒廃には目をつぶってきた。他国の国境を守る一方で、自国の国境警備は甘く、麻薬が流入した。国内のインフラは崩壊寸前にもかかわらず、海外に何兆ドルも投資した。

米国は自国民のことを最優先に考えなくてはいけない。それが米国を偉大な国にする唯一の方法だ。

私が大統領に当選して以降、多数の企業が米国での投資と雇用創出を約束した。株式相場も大幅に上げている。納税者の負担を軽くするため、新型戦闘機を値下げした。軍事や必須部門以外での政府の新規雇用を凍結した。

メキシコ国境の壁建設に近いうちに着手する。犯罪と麻薬の流入を止める。海外からのテロリスト流入も阻止する。現在、新しい入国審査の仕組みづくりに取り組んでいる。

米国防総省に対し、過激派組織「イスラム国」(IS)撲滅の計画を立てるように指示した。イスラム教の国も含め、同盟国と協力して撲滅に取り組む。

雇用拡大の邪魔をする規制の撤廃を進める。米国から職を奪う環太平洋経済連携協定(TPP)からも脱退した。歴史的な税制改革にも取り組む。法人税を下げ、中間所得者層向けに大規模な減税を実施する。

米国の企業と労働者のために公平な機会をつくらなければならない。現在、多くの国が米国からの輸出品に高い関税や税金を課しているが、我々は外国製品にほとんど何も課していない。これを変えることを求める。自由貿易を強く信じるが公正な貿易であるべきだ。

労働者を守ることはまた、移民制度改革を意味する。時代遅れな現行制度は、最も貧しい労働者の賃金を押し下げ、納税者に大きな負担をもたらしている。低熟練移民を中心とする制度から、経済的に自立できる移民を受け入れる能力ベースの制度に変える。

国家再建の時期に来ている。米国は、国内のインフラが崩壊している時に、中東地域に約6兆ドルを費やしてきた。私は議会に公的資金と民間資金の両方による1兆ドルのインフラ投資を生み出す法案を成立するように求める。「米国製品を買い、米国人を雇う」の原則がこの努力を導く指針となる。

オバマケア(医療保険制度改革法)の撤廃と代替策を議会に求める。米国人全員に政府承認の医療保険購入を義務づけることは、決して適切な解決策ではない。オバマケアは崩壊している。すべての米国人を守るために断固として行動しなければならない。

手の届く価格で保育サービスを利用でき、子供が生まれた親が有給休暇を得るのを助け、女性の健康に投資し、きれいな空気・水を守り、軍隊とインフラを再構築するために、両党の議員と協力したい。

経済的に恵まれない子どもたちが学校を選べるよう資金を拠出する教育法案の成立を求める。

暴力のサイクルを止めなければならない。そのためには、協力と信頼の橋を築き、司法機関と協力しなければならない。

警察官や犯罪の犠牲者を支援しなくてはならない。国土安全保障省に不法移民による犯罪の犠牲者を支援する局を新設するよう命じた。

米国を安全に保つためには、戦争を防ぎ、また絶対に必要な場合には戦い、勝利するための手段を米兵に提供しなくてはならない。米軍を再建し、国防費の強制削減措置を撤廃し、史上最大規模の国防支出増額を求める予算を議会に送る。

米国の外交政策は、世界との直接的で確固とした、意義のある関与を求めている。米国のリーダーシップは、世界中の同盟国と共有する極めて重要な安全保障上の利益に基づく。

北大西洋条約機構(NATO)を強く支持する。しかしパートナー諸国は財政的な義務を果たさなくてはならない。NATOや中東、太平洋地域などのパートナー諸国が、戦略や軍事作戦で直接的かつ意義のある役割を果たし、公平なコストを負担するよう期待する。

米国は、利益が一致すれば、新たな友人を見いだし、新たなパートナーシップを築くことを望んでいる。我々は戦争や紛争ではなく、調和と安定を望んでいる。

小さな思考の時は終わった。ささいな争いの時は過去のものだ。我々の心を満たす夢を共有する勇気が必要だ。皆さんに自分自身を信じてほしい。将来を信じてほしい。そしてもう一度、アメリカを信じてほしい。』

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さて、もう一つ興味深い記事が日経新聞に載っていた。タックスヘイブンが落日を迎えようとしているという内容だ。

『 ロンドンから飛行機で約1時間、面積は東京・山手線の内側の約2倍の120平方キロメートルしかない小さな島だ。国のようで国でない「英王室属領」。外交や防衛を英国に委任する一方で、独自の法律に基づく自治権を持ち、司法の独立も認められている。

優良な乳牛「ジャージー牛」の原産地として知られるが、欧州ではもうひとつの有名な顔がある。法人税がゼロの老舗のタックスヘイブンという顔だ。パナマや英領ケイマン諸島など世界各地の他のタックスヘイブンと同じように、英国本土や欧州大陸から多額のマネーや富裕層を引き付け、過去数十年にわたって繁栄を手にしてきた。

だが2015年春、ジャージー島政府は衝撃的な将来予想を公表した。「19年までに、1億4500万ポンド(約200億円)の予算不足が生じる可能性がある」。島の年間予算規模の2割近くに上り、財政を揺るがしかねない額だった。その後政府は「あくまで計算上の数字にすぎず、支出削減など対策を講じれば実際にはそんな事態に陥らない」と釈明したが、住民らの不安は消えていない。島の経済を担ってきた金融産業の不振と法人税収の激減は、まぎれもない事実だからだ。

ジャージー島がタックスヘイブン政策に舵を切ったのは1950年代といわれる。島内の地場企業の法人税率を20%に設定する一方、島外の企業の法人税はゼロとした。70年代以降、その存在が特に注目され、欧米やアジアなど世界中の金融機関がこの島に支店を次々に開設した。海岸沿いの大通りには、シティ、デロイト、PwCなど名だたる金融機関や会計事務所が入るビルがずらりと並び、日本の銀行も看板も掲げる。

外資大手の進出とともに、地場の会計事務所や法律事務所、地元銀行にも付随した仕事や雇用が生まれ、島の経済は潤った。個人の所得税率は最大20%。相続税はなく、株売却のキャピタルゲインも非課税だ。一方で英国本土では60年代以降、富裕層への所得税の最高税率が90%前後で推移する極端な税制が続き、減税策を取ったサッチャー政権下でも企業や富裕層の重税感は収まらなかった。嫌気がさした富裕層は続々と島に移り住んだ。島の公用語はもちろん英語。紙幣のデザインが違うだけのポンドで何もかも決済できる。

島に流れ込むマネーの中には海外の政治家や企業の不正に関係する資金も混じると噂されたが、多くの人はその話題に触れようとはしなかった。目の前に表れた成功がまぶしすぎた。50年代に5万人台だった人口は、14年までに10万人を突破。首都セント・ヘリアには真新しいビルが建ち並び、国家予算は数倍に膨れあがった。

だがひとつの国際ルールの変更がシナリオを狂わせた。EUは97年、「外資企業と国内企業の税率に差を設けてはならない」という新たなルールを決めた。ジャージー島はEU非加盟だが、単一市場にアクセスしてビジネスを続けるためには新ルールに従うことが必要だった。税率ゼロ%で外資を引き付け、そこに発生する付随ビジネスで利益を得た島内企業に法人税を課すことで財政を賄うのがジャージー島のモデル。新ルールはこの仕組みの根幹を揺るがすものだった。10年間の猶予措置の後、転落が始まった。

EUルールに合わせるため、島政府は外資と島内企業の区別をやめ、「ゼロ-10(テン)」と呼ばれる新税制を開始した。基本の法人税率をゼロ%とし、金融業者は10%の法人税を払う。新ルールに適合しながらもタックスヘイブンとしての地位を失わないため、島内企業からの法人税収の多くを犠牲にする苦肉の策だった。

08年に2億3300万ポンドあった法人税収は、10年には8300万ポンドに激減した。同時に「ブラックホール」とも呼ばれる、恒常的な財政不足の問題が出現したという。島は消費税を新設するなど新たな財源を模索するが、08年のリーマン・ショックが追い打ちをかける。経済の柱だった金融産業の利益は落ち込み、雇用も減った。かつて1%台を誇った失業率は11年に4.7%まで悪化。英シンクタンクが発表する世界の金融センターランキングは、08年はルクセンブルクなどよりも上位の16位だったのが、16年春には62位まで転落した。

パナマ文書問題以降、タックスヘイブンには情報の透明化を迫る国際ルールが突きつけられている。3月12日には日本とパナマの租税情報交換協定が発効し、両国は今後、金融口座情報を定期的に自動交換する。さらに18年には「共通報告基準(CRS)」と呼ばれる同様の枠組みに100以上の国や地域が参加する予定だ。

一方、米国ではトランプ大統領が法人税15%への引き下げを公約に掲げた。英国もそれ以上の法人税率引き下げに積極的な姿勢を見せるなど、先進国間で税率引き下げ競争の兆しも出ている。

パナマや英領ケイマン諸島、英領バミューダ諸島など、タックスヘイブンと呼ばれる国や地域が世界中からマネーを引き寄せた力の源泉は、低い税率と高い秘匿性だった。だが税を巡る国際社会の最近の動きは、こうした優位性を確実に失わせつつある。彼らもまた「呪い」にかけられ、落日の運命をたどるのか。』

グローバリズムの時代が終わり、世界のマネーの流れも大きく変わろうとしている。

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