安倍総理が慌ただしい動きを見せた。
緊急事態宣言を全国に拡大することを決めると共に、これに合わせてすでに決定していた収入半減世帯に対する30万円の現金支給を見直して、国民全員一律10万円支給に切り替える決断を下した。

緊急事態宣言の全国拡大も、国民全員に一律10万円支給も、それぞれは今の事態を考えれば評価できる。
ただし、である。
一旦、政府と与党で決めて総理自らが国民に約束した政策を変更するのは極めて異例と言わざるを得ない。
ネット上では、10万円支給を歓迎する声が多いようだが、私にはどうもしっくりこないのだ。
その理由は、筋が通っていないこと。新型コロナ対策で後手後手に回り、支持率が下がり始めた安倍総理の焦りのようにしか感じられない。
緊急事態を利用してポピュリズムが横行しないよう、決定の経緯について一言苦言を呈しておきたい。
現金給付はもともと、生活支援が目的だったはずだ。
収入が半減した世帯に対し30万円を支給するのは、休業要請で仕事を失い生活が困窮する家庭を救うことが目的であり、経済対策ではなかったはずだ。確かに支給世帯を選ぶのに手間がかかるというデメリットがあったが、筋は一応通っていた。
しかし、「これではお金をもらえる人が少なくて評判が悪い」というのが見直しの理由だと言う。
あれっ?
これって収入が減る人の生活を支えるためにまとまった現金を支給するんじゃなかったっけ?
だったら、収入が減っていない人がもらえないのは仕方がないでしょうと私は感じるのだ。

今回の10万円支給話は、自民党の二階幹事長が2日前に唐突に発言したことから始まった。この時、二階さんは所得制限を設けると言った。
すると公明党の山口委員長がすかさず一律10万円の現金支給、しかも所得制限なしでと安倍総理に申し入れた。
安倍総理は一旦預かったが、連立解消もちらつかせる公明党に押され、閣議決定していた30万円支給案を見直して国民一律10万円支給を行うことを決断、麻生蔵相に指示したという。
それとセットで急浮上してきたのが、緊急事態宣言を全国に拡大するというお話だ。
「GWの連休を前に、7都府県から他の地域へ人が移動することを防ぐ」「地方の乏しい医療資源を考慮する」という理屈がついているが、本当の理由は、閣議決定までした30万円支給案をやめる口実として緊急事態宣言を利用するためだったと私は考えている。
緊急事態宣言の範囲拡大は、専門家が判断するものと総理は説明してきたはずだ。しかし今回は、総理が自ら対象エリアを全国に拡大することを決めたうえで諮問委員会を招集、後付けの形で専門家の了解を取り付けて強引にケリをつけた。
この動きをどう読むのか?
私自身は取材していないので、あくまで想像に過ぎないが、一律10万円支給をやりたかったのは、本当は安倍総理自身だったのではないだろうか?

麻生蔵相と財務省の強い反対で一旦は一律現金支給を断念した総理だが、その後の世論の反応を見て、「やっぱり30万円案は評判が悪い」と思ったに違いない。
466億円をかけたアベノマスク、星野源さんと勝手にコラボしたツイッターで世の中から予想以上の批判を受けた安倍総理、支持率も徐々に下降気味だ。
そんな安倍さんが起死回生の一手として考えたのが、一律10万円支給を実現することだったのではないか?
公明党はもともと一律10万円を提唱していたし、二階さんも30万円案には批判的だった。この両者を動かして観測気球をあげさせ、世論の後押しを得て、麻生さんと財務省を一気に押し切ったというのが今回のドタバタ劇の背景と見る。
そうした背景を覆い隠すために利用したのが、緊急事態宣言の全国拡大というカードである。
「全国の人にもれなく行動の自粛を要請する以上、収入の増減とは関係なく何らかの手当てが必要だ」というのが無理やり編み出した大義名分となった。

緊急事態とはいえ、これは「バラマキ」である。
年金生活者も公務員も今回のコロナショックで収入の落ち込みはない。サラリーマンの多くも残業代が減るかもしれないが、基本給が減る人は少数だろう。それでも、自粛の直撃を受けて収入が激減した人と同じだけ現金をもらえるというのが今回のスキームだ。
もはや生活支援とは呼べない。経済対策としても不十分だから、自粛を強いられる国民のご機嫌取り、すなわち「バラマキ」だと私は考える。
30万円案が発表された時、「もらえる人ともらえない人がいて不公平だ」という声がネットでもテレビでもあふれた。確かに条件がわかりにくく、手間もかかる。
しかし、目的は明確だった。
それに比べて、今度の10万円案の方はシンプルだが、大義がなく、より不公平だと私は思う。
早く給付できるなら評価できるが、どうやら支給時期は30万円より遅くなりそうだという。
どうも、場当たり的で危険な香りがする。
非常事態だからといって、政策の目的、筋目をあいまいにしてはいけない。
今はまず、休業によって生活の糧を失った人たちを国民全員で助けるという当初の大義を、なるべく速やかに実現すること、それが筋ではないか?
一部の人たちに30万円を支給するよりも国民全員に10万円を支給する方が、3倍以上お金がかかるそうだ。安倍総理が「GDPの2割」と大見得を切った補正予算を組み替えてそのお金を捻出するようだが、その出元は所詮「赤字国債」、さらなる借金である。
誰が、バラマキのツケを払うのか?
コロナ危機が終息した後に増税し、今回10万円を受け取った我々みんなが分割返済する気があるなら大盤振る舞いすればいい。
それが嫌なら、私たちの将来世代にツケを回すことになる。
収入が減っていない人も一律10万円もらえれば確かに嬉しいが、それは子孫の懐に手を突っ込む行為である。子孫たちに説明できる節度あるものでなければならない。
平時には、政府の無駄遣いを追及しているメディアは、10万円の現金支給の報道に当たって将来世代への責任にも言及するべきだろう。
緊急時にこそ、ポピュリズムへの警戒を怠ってはならない。
「30万円支給案は評判が悪い」と公明党は言うが、誰に評判が悪いのか?
現金支給の対象とならない人たち、つまりは今回のコロナでさほど経済的打撃を受けなかった人たちであり、特に議員さんたちに直接文句を言える有力な支援者=高齢者たちに評判が悪いのだろう。
高齢者は投票に行くので、議員としては無視できない存在だ。
彼らは今回の見直しで1人10万円もらえることになる。年金生活者の中にはもちろん生活困窮者もいるが、現役世代よりもリッチな資産家も多い。彼らにも一律で10万円を支給する必要があるのだろうか?
逆に今回の見直しで、あてにしていた30万円をもらえなくなる人は誰か?
30万円案は世帯単位なので、家族が多ければ10万円案の方がもらえる額が増える家庭もあるだろう。
見直しで一番損をするのは、収入が半減した単身者ということになる。当然若い人たちが中心となり、この人たちの多くは選挙に行かないので、彼らが不満を抱いたとしてもあまり影響がない。
こうした計算が、公明党や二階さんを動かした可能性が高い。
ハシゴを外された麻生さんや岸田さんは恥をかいた。どこまで事前の根回しがあったのかはわからないが、もしかすると禍根を残すかもしれない。
それにしても、ポスト安倍の最有力と言われる岸田さんは、またまた実力のなさを見せつけた。周囲からコケにされていると言ってもいい。
今回は、菅さんも蚊帳の外だったように見える。このところ菅さんは、安倍総理の取り巻きから外されているという話も聞く。
このところの迷走ぶりを見ると、新型コロナの混乱の中で、安倍一強を支えてきたパワーバランスが変化が生じ、弱体化しつつあるようにも見える。
安倍総理は賭けに勝てるのか?
結論が出るのはしばらく先になりそうだが、安倍さんには新型コロナで生活の基盤を失う人たちを助けるという大義を忘れないでいただきたい。
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