<吉祥寺残日録>信頼される言葉 #200410

東京都の小池知事は、娯楽施設や劇場など11日から5月6日までの休業を正式に要請した。

本来なら安倍総理の緊急事態宣言に合わせて要請する予定だったが、国から待ったがかかり西村担当大臣との間で調整に手間取った。

東京都が当初予定していた理髪店や質屋、ホームセンターは対象から外れ、パチンコ屋やネットカフェについては国側が折れた形だが、こうした小規模店舗への休業要請は特措法に基づかない都独自の要請となる。

居酒屋についても休業要請は見送られ、営業時間は午後8時まで、酒の提供は午後7時までと時間制限を要請することになった。

休業要請に応じた事業者には50万円の「協力金」を給付するという。

「都民には不便をかけるが、スピード感を持って対策を打つことで、早期に感染収束につなげることができる」と小池さんは話したが、当初の歯切れ良さは少し削がれた印象を受ける。それでも、このように述べた。

「危機管理というのは、最初に大きく構えて、そこから状況が良くなると緩和していく。様子を見てから広げるのではなく、最初に広げて、だんだん縮めていくのが危機管理ではないかと、私は考えている」

私も同感だ。

まずは、国からの圧力をはねのけた小池知事の踏ん張りは評価したいと思う。

しかし、強制ではなく、要請でしかない。

ニューヨーク州のクオモ知事のように、連日テレビに登場する政治家の言葉の力が問われている。

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信頼される言葉とは、どのようなものか?

私がいいなと感じたのは、ドイツのメルケル首相の言葉だった。

3月22日、メルケル首相に予防接種を施した医師が新型コロナウイルスに感染していることが判明したため、自宅隔離に入っていた。14日間の隔離後、検査で陰性となり仕事に復帰したメルケル首相は、テレビを通じて国民に語りかけた。

彼女は、こんな言葉を使ったという。

みなさんのなかには、「もう2週間も要請に従っている。あとどれだけ続くんだ?」と思う人もいるでしょう。わかります。ですが、私がいま解除日を端的に申し上げ、今後の感染率を鑑みてもし約束を果たすことができなかったら、とても無責任なことになってしまいます。

約束をもし私が台なしにしてしまうことがあれば、医療も、経済も、社会もどんどん悪い状況になるでしょう。
私がみなさんにお約束できるのは、連邦政府を頼ってくださいということです。私も昼夜問わず、どうすればみなさんの健康を守りながら、元の生活を戻すことができるかを考えています。

もし私たちが自分の責任について考えなければ、それに応えることすらできません。同じように、現実にそぐわない要請解除日を決めたり、間違った希望を膨らませたりしては、責任を果たすこともできません。

あらゆる視点から全体像を捉えるのは、とても骨の折れる仕事です。ですが、親愛なる国民のみなさん、連邦政府と私個人がこの仕事を担うことに期待していてください。それがまさに私たちが取り掛かっていることです。お約束します。

この段階で外出禁止の解除日を約束することは「無責任」とはっきり伝えた上で、その代わりに「連邦政府を頼ってください」と国民に約束したのだ。

この記事を読んですぐに比較したのは、緊急事態宣言の際の安倍総理の言葉だった。

専門家の試算では、私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます。そうすれば爆発的な感染者の増加を回避できるだけでなく、クラスター対策による封じ込めの可能性も出てくると考えます。その効果を見極める期間も含め、ゴールデンウィークが終わる5月6日までの1カ月に限定して7割から8割削減を目指し、外出自粛をお願いいたします。

「人との接触機会を8割削減できれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ減少に転じさせることができる」と断言し、「1ヶ月に限定して」とわざわざ付け加えて発信した。

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どうだろう?

嘘をついているとは思わないが、あたかも1ヶ月で事態は収束するという楽観的な印象を与える感じが気になる。外出自粛の延長についても総理は話さなかった。

「2週間後には」と言いながら、政府は東京都の休業要請に待ったをかけ、その本気度に疑問を感じさせた。自粛要請に伴う休業補償を政府はどうしても避けたいんだろうなという印象ばかりが国民の間に広がっている。

もし安倍さんがメルケルさんのように、「政府を頼ってください」という言葉を使っていたとしても、国民の心には絶対に響かないだろうと思う。

一例を挙げると、ドイツの給付金はオンライン申請のわずか2日後に銀行口座に振り込まれるという。それに対して日本では給付金をもらえる条件が厳しく支給は早くて5月末になる。

PCR検査についても、クルーズ船騒動の頃から日本政府は一貫して後ろ向きで「検査をすれば医療崩壊が起きる」という謎の論理が日本では蔓延してしまったのに対し、ドイツでは大量の検査を行って患者を早期隔離する対策を素早く実施した。

こうした的確な対応の積み重ねが、政府に対する国民の信頼を生む。

さらに言えば、森友加計問題から桜を見る会までの数々の嘘や不誠実な姿勢が、安倍総理の言葉への信頼を失わせているのも致命的である。

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そうは言っても、国のリーダーはある意味、国民のレベルを映す鏡でもある。

事実、安倍総理の支持率は依然として高い。

連日ものすごい数の死者が出ているアメリカも、トランプ大統領を選んだのは国民なのだ。

今週に入って、ニューヨークの新たな感染者がピークを迎えたとして、深刻な医療現場の状況をよそに株価は連日上がり続けている。

トランプさんは連日、テレビに登場して中国を攻撃したり、WHOを攻撃したり、5月には経済を再開させると言ってみたり、相変わらずである。

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コロナ危機の中で民主党のキャンペーンもできなくなり、左派のサンダース氏が今週ついに撤退を決めた。撤退の表明もネット経由だった。

アメリカでの死者は、黒人やヒスパニックの比率が高いという。

私から見ると、サンダース氏が主張していたような国民皆保険制度はアメリカに必要だと思うのだが、多くのアメリカ人にとってその主張は社会主義的だと感じるらしい。

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「危機対応、リーダーが陥りがちな三つの落とし穴」という記事を共同通信が配信していた。

危機管理広報会社「エイレックス」の江良俊郎社長が書いた文章だが、危機発生時に必要な3つの要素を指摘している。

①最悪の事態を想定

②リーダーシップの発揮

③リスクコミュニケーションとクライシスコミュニケーションの実施

「最悪の事態を想定」に関連してはこんな記述があった。

 外資系企業と国内大手企業の緊急対策会議に出席すると「今後の想定シナリオ」の描き方の違いにしばしば気づく。日本企業では今後の対応についてさまざまな検討がなされるが、「最悪のシナリオ」については十分検討されないことが多い。

 現場担当者から「最悪の場合は・・」といった意見が挙がっても「そんな事態にまでならないだろう」「悲観的なことを考えていると思われたくない」「何とかなる」という暗黙の了解が大勢を占める。

そして日本人社会には「言霊信仰」のようなものがあるという。

 不吉なこと、悪いことはなるべく考えない。言ったら本当にそうなってしまいそうだから口にしない―。実際、ある組織の対策会議で、経営幹部が「縁起でもないことを口にするな。根拠はあるのか」と部下をいなす場面に出くわしたことがある。

 当事者同士では、“言霊信仰”はより強化されてしまう。「同調圧力」と言われるものだ。このような中ではリーダーは思い切った策を決断できなくなってしまう。二つ目のよくある失敗のポイントだ。

官邸周辺で現在どのような会話がなされているのかわからないが、一般国民とはかけ離れた「言霊信仰」が支配しているようにも感じる。

そしてリスクコミュニケーションとクライシスコミュニケーションとは・・・。

 組織のリーダーの間では、事件・事故、不祥事発覚など有事の際に必要となるクライシス・コミュニケーション(危機管理広報)の重要性はよく知られている。危機発生後にメディアを含むステークホルダーに対して情報提供し説明責任を果たさなければ、存続さえ脅かされるからだ。

 非常時のコミュニケーションにはもう一つ、「リスク・コミュニケーション」という考え方がある。一般生活者がリスクを正しく認識し、行政機関あるいは企業などと情報共有することが目的だ。

 リスクとは不確実性である。従ってリスク・コミュニケーションでは、想定した「最悪のシナリオ」に至った場合、そのシナリオをコントロールする施策、準備の状況も伝えなければならない。

リーダーの言葉は難しい。

何を言っても批判される。

でも、私たち日本人も、リーダーの言葉を聞いて「その通りだ」と思える信頼関係が持ちたいと感じてしまう。

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