これほどドキドキ感のない国政選挙があっただろうか?
昨日投開票が行われた参議院選挙は、選挙前から予想された通り、自民党が圧勝し民主党系などの旧野党勢力が議席を減らした。
議席を増やしたのは、自民党63(+8)、日本維新の会12(+6)、れいわ新選組3(+3)、NHK党1(+1)、参政党1(+1)。
逆に議席を減らしたのは、立憲民主党17(−6)、国民民主党5(−2)、共産党4(−2)、公明党13(−1)。
果たしてこの結果を、どのように分析すればよいのか?
今回の選挙が盛り上がらなかった原因の第一は、既存の野党が有権者をワクワクさせるような将来像を示せなかったことである。
去年の衆院選で議席を減らした立憲民主党は創業者である枝野さんが退いて、若手の執行部にスイッチした。
泉新代表はそつはないが知名度も人気もない。
そして枝野さんが推進した共産党との全面的な選挙協力を反故にした。
そのうえで今回の争点に挙げたのが、物価対策と消費税の減税。
要するに目先のバラマキで票を集めようとした印象が強く、日本を将来どのような国にしていくのかという点で、岸田自民党との違いはほとんど打ち出すことができなかった。
これでは誰も積極的に投票しようとは思わないだろう。
私は選挙後に予想される憲法改正の動きを考えて、与野党のバランスを保ちたいと考えて立憲民主党の辻元さんに投票したが、党そのものを応援する気には到底なれなかった。
個人的には、憲法を最大の争点に掲げ、たとえばヨーロッパ型の緑の党のような多様性や気候変動など若者の関心が高い政策での違いを強調したり、北欧型の高福祉社会の実現を提案するなど自民党とは明確に異なる国家観を示してもらいたかった。
そんな無風の選挙の中で、目立ったのは日本維新の会の躍進だった。
私も去年の総選挙では初めて維新に投票したが、それは自民党でもなく既存野党でもない中道の政党が日本の政治にあった方がいいと考えたからだ。
橋下徹という強烈なキャラクターを擁して大阪からスタートした維新だが、当初の行財政改革一辺倒のから憲法改正や国防にも重きを置く政党に脱皮した。
ただ、維新が目指す憲法改正の方向性がよくわからないので、今回はとても一票を投じる気にはならなかった。
私は憲法の改正そのものには反対ではないが、その内容には大いなる危惧を抱いている。
今日の日本を築いた平和憲法の精神が失われることは決して望まない。
私は自分のことをリベラルな人間だと思っているが、どうも今の日本社会ではリベラルな考え方というのはどんどん少数派になっているように感じる。
民主党系や共産党が苦戦する中、反自民で勢力を伸ばしたのが「れいわ新選組」である。
「軍事力増強よりも平和外交を」と主張し、確かに新しい形でのリベラルなのかもしれないが、どうも私には違和感がある。
タレント出身の山本太郎代表の演説がどうしてもポピュリズムっぽく聞こえ、リベラルというよりも危険な左派の匂いを感じるのだ。
右翼は確かに危険だが、過激な左翼は時に右翼以上に人々を苦しめるということを歴史から学んでいるからだ。
しかし世界恐慌のような事態が起こり、多くの人が職を失って路頭に迷うと間違いなくこうした極左が台頭する。
そうした意味で私は、れいわ新選組がどんな政党になっていくのか警戒心を抱きながら注視している。
一方、意味不明な「NHK党」や「参政党」が議席を獲得したことも今回の参院選の注目ポイントだろう。
これらは、SNSが生んだ新たな政党であり、その実態よりも目新しさや面白さが若い有権者の投票につながっている。
2つの党に共通しているのは、全国の全ての選挙区に候補者を擁立していること。
すなわち選挙に出たい人が誰でも出馬できる枠組みを提供したという点が画期的で、政治を身近なものと感じさせSNSと親和性が高いのだろう。
政治家は特別な存在ではなく、わたしたち普通の市民の代表だという選挙の原点を再認識させてくれるという意味では面白い現象だとも言える。
ただ両党の主張には正直「怪しい」としか言えない点も多く、とても私は一票を投じる気にはなれない。
そうして野党の状況を見回すと、どこにも入れたい政党がなく、結果的に「岸田さんでもいいじゃないか」「安倍さんほど危ないことはしないだろう」とリベラルな人でも考えるかもしれない。
岸田さんの主張は野党との違いが見えにくく、ある意味自民党というヌエのような政党を体現しているリーダーだとも言えるだろう。
アメリカで言えば、共和党的なものと民主党的なものとどちらも自民党の中にある。
かつては農村部の高齢者が自民党支持で、都市の若者が社会党などを支持していたが、今では都市の若者も自民党支持となり、旧来型の野党を支持するのは私が属する60年70年安保の時代に若者だった層に限られているように感じる。
昨日の参院選で、共同通信が行った出口調査の結果が興味深い。
年代別に見れば、どの年代を取っても自民党が圧倒的で、共産党の支持者は70代以上が中心だということがわかる。
つまり安保世代が死に絶えると、旧来型の左派政党は消滅するということが予想される。
今回社民党は辛うじて福島党首が比例で1議席を死守したが、これも紛れもなく社会党時代からの高齢の支持者たちに支えられているのであり、新たな支持者獲得ができなければ早晩消えて無くなるだろう。
一方、維新を支持しているのは、30〜50代の働き盛りということがわかる。
税負担が過大だと感じている層が行政の無駄を削るという維新の主張に賛同していることが考えられる。
自分たちの仕事でも日常的に効率化が求められているこの世代からすると、行政の無駄は目に余るものがあり、国防や経済対策でも現実的なアプローチを求める傾向があると理解できる。
ちょっと意外だったのは、若い世代で国民民主党の支持が意外にあるということだ。
国民民主党はただ反対という野党ではなく対案を示すことを党是としていて、いわば中道の政党を志向しているため、メディアが実施している「ボートマッチ」で私に考えが近い政党を調べると国民民主党の候補との親和性が比較的高かったのは面白い発見であった。
ただ今回の参院選で特に強く感じたのは、私自身がすっかり世の中からズレてしまったということである。
私が投票した乙武さんは東京選挙区で9位、無所属としてはよく頑張ったが予想通り当選はできなかった。
各社が実施した「ボートマッチ」を一通り試してみたのだが、私と50%以上マッチする候補者はほとんど皆無だった。
そんな中で乙武さんとのマッチ率は60%近く東京選挙区の候補者の中では最も高かったが、既存政党の候補者たちと比べるとマッチ率は10〜30%台と極めて低かったのだ。
私は消費税減税に絶対反対という点で野党とは決定的に異なり、夫婦別姓や女系天皇、移民などを認めるという点で自民党とは全く相容れない。
既存政党はなるべく多くの票を獲得できるよう研究しているはずなので、要するに私が今の平均的な日本人からはかなりズレているということだ。
私が支持したいと思うようなヨーロッパ的な成熟した政党は日本には一つも存在しないし、求められてもいないということなのだろう。
そして海外では普通に存在する類の政党が日本にはないことに多くの日本人は不思議に感じることもなく、戦後日本政治をずっと支配してきた自民党という何でもありのヌエのような巨大政党を若者も高齢者も支持し続けているわけである。
一党独裁とは言わないが、健全な民主主義でもない、しかしそれが日本に安定をもたらしているのかもしれない。
同調性の高い日本人には変化よりも安定こそが大事で、きっとその方が居心地がいいということなのだろう。
今日午後記者会見した岸田総理は安倍元総理の事件に触れ、「思いを受け継ぎ、特に情熱を傾けた拉致問題や憲法改正などご自身の手で果たすことができなかった難題に取り組む」と語った。
投票日直前に起きた射殺事件を受け、自民党内では予想通り「弔い合戦だ」との言葉が聞かれ、『安倍さんの遺志を継ぎ』というのが決まり文句のようになっている。
「死せる安倍、岸田を走らす」とばかり、安倍さんの存在感は当面生きている時以上に強くなるかもしれない。
しかし、「去る者は日々に疎し」という諺は安倍さんとて例外ではないはずだ。
最大派閥の安倍派が今後どのようになるのか、自民党内のパワーバランスの変化は選挙よりもずっと興味深い。
このまま岸田さんが安定政権を維持し、麻生さんなどを抱き込んで念願の大宏池会を復活させるのか、それとも選挙後に立ち上がるとされる菅さんのグループが新たな台風の目となるのか、全く予想がつかない。
結局日本の政治は、自民党内の権力闘争によって決まるというわけだ。
おそらく憲法改正への動きはかつてなく加速するだろうが、岸田さん的なハト派が主導するのか安倍さん的なタカ派が主導権を握るのかによって、改正の中身は大きく変わるに違いない。
その点で言えば、岸田さんには頑張っていただきたいと思う。

