また岡山に来ている。
天気は晴れたり曇ったりだが、11月にしては暖かく過ごしやすい気候だ。

先月、裏庭に撒いた種が発芽していた。
1ヶ月近くほうったらかしでも作物は育つ。
今回は少し間引いて、来月また様子を見る感じである。

家の入り口に妻が播いた様々な花のミックスシードも発芽したようで、モジャモジャと緑の若葉が出てきている。
果たしてどんな庭になるのか想像できないが、妻はかなり力が入っているようだ。
去年から続いているコロナ禍は小休止、今のうちに来年に向けてできることをいろいろ進めないといけない。
なんと今日の新規感染者は今年最少、全国でも79人まで減っているのだ。

そのためなのか、今朝久しぶりにJAL機を使って岡山に来たのだが、羽田空港が大混雑でびっくりした。
少し早めのリムジンに乗ったので焦ることはなかったが、コロナ禍ですっかり忘れていたコロナ前の日常を思い出し、ゲンナリしてしまった。
コロナは嫌だが、飛行機に乗る際、常に空いていたのは今にして思えばありがたいことであった。

飛行機の機内もほぼ満席で、3人がけのシートの真ん中もほとんど埋まっていた。
ずっと苦しんできた航空業界にとっては嬉しいだろうが、隣に人が座っている状況にはまだ抵抗感もある。
ずっと休止している「GO TO トラベル」もいよいよ来年早々には再開されるようだ。
去年の秋には散々利用させていただいたが、再開となれば来年のスケジュールを考えなければならない。
海外旅行はまだ時間がかかりそうだが、なるべく混雑しない旅先を選んでせいぜい国内旅行に利用させていただこうと思っている。

11月になると、さすがの雑草も勢いがなくなり、草刈りに追われる切迫感は今回はない。
お墓のまわりには野生化したコスモスや小菊がパラパラと咲いていて、それを摘んでお花に供えた。

お墓の敷地内には、赤い「ノゲイトウ」の花が咲いていたので、それもハサミで摘んで一緒にお供えしてみた。
お店で買ったお供え花のように整った花ではないが、それはそれで野趣に富んだ感じのお墓になり、個人的には気に入っている。

もともとお墓に供えるお花はみんなこうやって自分で育てるのが当たり前だったのだ。
プロが育てた見事な菊もいいかもしれないが、私はやはり、歪んだり倒れたりしながら自然に野に咲く花が愛おしい。
だから、私の先祖にはなるべく自分で育てた、または勝手に育ったその辺の花をお供えしようと思うのだ。

お墓に花を供え、少しだけ草むしりをして、畑の見回りをする。
近所の田んぼはすでに稲刈りが終わっていて、すっかり冬の装いとなった。
畑で働く人の姿もほとんどない。
もう農閑期に入ったのだ。

10月に草刈りをした畑は、倒したセイタカアワダチソウが枯れて、この季節になるとさすがに新たに大きく育つ雑草もない。
セイタカアワダチソウのライバルである「ススキ」は刈らずに残したので、今やススキの一人天下、我が世の春を謳歌している。
この畑はこのまま植物が勝手に枯れるのを待って、来月以降、さらにもう少し刈り込むかどうかを考えるつもりだ。

しかし、草刈りをしなかった畑はご覧の通り。
相変わらずセイタカアワダチソウが一面を覆っていて、いまだに黄色い花を咲かせている。
本当にしぶとい奴だ。
こちらの畑もとりあえず使う予定がないので、来月まで放置して、セイタカアワダチソウがいつになったら自然に枯れるのかを確かめようとしている。

先月格闘したブドウ畑も見に行った。
廃棄した大量のブドウの房は発酵しすえた臭いを発している。
畦道づたいに放棄場所へと近づくと、その発酵臭がだいぶ離れたところからぷ〜んと臭い、地面に打ち捨てられたブドウはまだ乾燥し切っておらずコバエのような小さな虫が上空をたくさん飛んでいた。
もう私にはどうすることもできない。
偉大な自然の力で、このブドウを分解し大地に戻してもらうのをただ待つのみである。

それでも、苦労してなぎ倒した雑草はその後再生することもなく、押し倒された状態のまま枯れている。
このブドウ畑も今回の帰省では触らなくていいだろう。
雑草を中心に一年の変化を観察したことにより、私も少しずつ自然というものを理解できるようになったかもしれない。
来年は今年よりもうまくやろう。
そのための準備をするのが今月の目標である。