すったもんだの末にツイッター社を買収したイーロン・マスク氏。
いきなり従業員の半数にメールで解雇を通告したという。
電気自動車の「テスラ」で一躍時代の寵児となり、「スペースX」で宇宙開発にも成功した希代の起業家。
そんなマスク氏がメディアに進出するということで世界中がその手腕に注目していた。
報道によればツイッター社は不適切な投稿を監視するために人員を5年前の2.1倍に増やし、2年連続の赤字に転落していたという。
プロの企業経営者として、株主に対し利益を還元するためには人員削減が必要だと判断したのだろう。
しかし、会社というものはトップによって大きく変わるということをまざまざと見せつけられたような味の悪いニュースだった。
社長ということでいえば、私の弟も社長である。
今年還暦を迎えた弟は、長く大手都市銀行で勤めた後、50歳を過ぎたころ取引先だった中小企業の社長に転身した。
八王子に工場を持つ金属塗装の会社である。
どんな会社なのか、兄として一度見てみたいと思っていたが、昨日初めて工場を訪ねることができた。
中央線で八王子まで行き、八高線に乗り換えて北八王子という駅で降りる。
もちろんこの駅に降りるのは初めてのことだ。
駅の東口に出ると工場団地で、大小の工場が駅前から立ち並んでいた。
駅から5分ほど歩くと、弟の会社があった。
3階建てだが中はほとんど工場なので1フロアの高さが通常よりも高く、4階建てのビルに相当する高さがある。
敷地には製品を運搬するためのトラックが並んでいて、余分な装飾などないまさに塗装工場だった。
入り口に着いたことを電話で伝えると、弟はヘルメットをかぶって迎えに出てきた。
私にもヘルメットと雨具をつけろという。
その意味は建物の中に入るとすぐに理解できた。
建物に一歩入ればそこはもうクレーンやフォークリフトが行き交う危険な場所だったのだ。
弟は熱心に作業の工程を説明してくれた。
正直そこまで細かな工程を知りたいとは思っていなかったのだが、特注品の金属パーツを塗装する作業は機械化するメリットがなく、全部職人さんの手仕事だと聞かされてちょっと驚いた。
この会社では定年が63歳で68歳までは再雇用を保証し、その後も本人が望めば仕事を続けてもらっているのだという。
決して好条件の仕事ではない。
作業員は全身塗料まみれになりながらの仕事である。
求人を出してもたくさんの応募は望めないため、やる気のある職人さんは働き続けてもらった方が会社としても助かるのだ。
ひと通り工場の中を見学させてもらって、社長室で弟と話をした。
私は岡山にある先祖のお墓について弟の意思を確認しておきたかったのだ。
私と弟は子供の頃、一時期岡山で生活していたが、私たちの子供世代はみんな東京で生まれ育ち、岡山はおばあちゃんたちに会いに行く程度の場所にすぎない。
だから私が墓守をできなくなった後、子供らに墓の管理を背負わすのは酷ではないかと私は考えている。
ただ弟は私よりもお墓に対する執着が強いようで、家や農地は手放してもいいができれば先祖のお墓だけはあのままの形で残しておきたい気持ちらしい。
草刈りが大変だと話しても、誰かにお金を払ってもらって定期的に草刈りをして貰えばいいと言うのだ。
まあ弟が強くそう主張するならば無理に墓じまいを急ぐ必要もない。
もし私が管理できなくなっても、弟が生きている間は墓守をやってもらい、弟ができなくなった後は子供たちの判断に委ねるしかないだろう。
いずれにせよ、家や田畑については執着しないという弟の考えが確認できただけ前進だ。
墓の話が終わると、弟は社長業の大変さと面白さを滔々とまくしたてた。
中小企業の社長というポジションは銀行員の時とは全く違う。
100人近い従業員を路頭に迷わすことはできないため、従業員が休む土曜も社長だけは出社して、経営的な判断はほとんど一人で下すのだという。
現場のことは従業員に任せるが、経営を任せられる人材はいないため、もし自分が病気になったらたちまち会社が苦境に陥るからと健康にも人一倍気を使うようになったそうだ。
9年間も社長を続けていると、話し方も社長言葉になる。
話し終えて帰ろうとする私に、弟は「ご苦労さん」と声をかけた。
兄としてはちょっとカチンときたが、まあそれだけの責任を背負って日々社長業に取り組んでいるということだろう。
銀行時代よりも逞しくなって楽しそうな弟の姿を見られてよかったと思う。
お互い還暦を過ぎ、それぞれに合った生き方ができているということはこれ以上ない幸せなことではないだろうか。
来年は母が90歳の誕生日を迎え、亡くなった父の17回忌も控えている。
「忙しいだろうがたまには岡山に帰ってやれ」と告げて、弟の会社を後にした。
世の中には仲の悪い兄弟も多いと聞くが、この歳までフランクに話し合える兄弟関係が維持できていることもありがたい。
今後どんな将来が待っているかは誰にもわからないが、このまま死ぬまで率直に相談できる兄弟でありたいと思う。
