朝起きると、妻のLINEに三男からの連絡が届いていた。
切迫早産で入院していた三男のお嫁さんが産気づいて分娩室に入ったとの連絡だった。

幸い発信されたのは直前だったので、LINEに気づかないままという失態は免れたが、こういう大事な連絡はやっぱり電話でしてほしいというのが私たち世代の本音ではある。
すぐに駆けつけたほうがいいだろうと思い、妻がお嫁さんのお母さんに連絡を入れたところ、朝方陣痛があったがあまり強いものではなく、一旦病室に戻ったのでいつになるかわからないという情報を得た。
さて、どうしたものだろう。
とりあえず朝ごはんを済ませて、宿泊できる用意も整えてから9時ごろ2人で家を出た。

お嫁さんが入院しているのは茨城県の土浦にある総合病院。
もともと東京での出産を予定していたが、たまたま実家に帰省中に破水しそのまま近くの病院に入院することになった。
まだ出産予定日までには2ヶ月近くあり、数日近くの病院で様子を見た結果、緊急事態に備えて土浦の大きな病院に転院したほうがいいと言われ数日前に土浦に移ったばかりだった。
吉祥寺駅から最初に来た地下鉄東西線に乗って日本橋へ、そこで銀座線に乗り換えて上野に向かう。

上野駅に来たのは結構久しぶりだ。
ここから常磐線に乗るのだが、時刻表を確認すると10時7分の土浦行き快速電車がちょうどいいタイミングであるようだ。

常磐線のホームに上がると、妻が「グリーン車」に乗ろうかと唐突に言った。
普段はケチな妻だが、最近岡山に帰省する際グリーン車を利用するようになり、病弱な身を守るためグリーン車に乗る贅沢は許容することにしたらしい。
ホームで上野から土浦までのグリーン券を購入した。
1人1000円だった。

朝方に下り電車のグリーン車を利用する客はほとんどおらず、2人がけのシートをそれぞれ占領しちょっとした旅行気分である。
いつ産まれるか、無事に生まれるのかわからないため、心に余裕はないものの、生まれるまでしばらく土浦に泊まればいいと考えると、隠居の身の気楽さがありがたくもあった。
三男もお嫁さんのご両親もまだ現役で仕事をしているので、今日は急遽休みを取って病院に駆けつけている。
でも私たちはいざとなればずっと土浦にいてもいいのだ。

東京の下町を抜け千葉県西部を走る電車は、茨城に入って車窓の風景も緑に変わった。
ちょうどその頃だった。
妻のLINEに嬉しい知らせが届いた。
「無事に産まれた」
三男からの簡単な報告だった。
よかった、母子ともに無事だという。
お嫁さんのご両親にとっては初孫、私たちにとっては6人目の孫である。

電車は11時半前に土浦に到着した。
妻はお祝いの花を持って行きたいというので、土浦駅近くの花屋を探して飛び込んだ。
東京の花屋のように小洒落たフラワーアレンジメントがあらかじめ用意されているという感じでもない。
新たに作ってもらうのも時間がかかるので相談すると、小さいのでよければいくつか作ったものがあるというので、それを2つ買い求めてタクシーに飛び乗り病院へ急ぐ。

土浦というのはレンコンの生産が日本一だそうで、病院に向かう道の両側には広大なレンコン畑が広がっていた。
こんな見渡す限りのレンコン畑は見たことがない。
無事に産まれた安堵の気持ちもあって、もうすっかり観光気分である。

病院は霞ヶ浦の北岸に建つ立派な「土浦協同病院」。
JAが経営する総合病院のようだ。
病院の入り口では多くの人が出入りしていて三男たちがどこにいるのかすぐには見つけられなかったが、ロビーの隅っこに向こうのご両親と一緒にいるのをようやく発見。
顔を見るなりお互いに「おめでとうございます」と言い合った。
みんな一様にホッとした様子で、娘さんが急に入院となりさぞご心配されたことだろうと推察された。
ご両親は共に学校の先生で、今日は始業式の日だったが、無理を言って休みを取って駆けつけてくれたらしい。

ご両親にお会いするのは結婚式以来だったが、お互いやや興奮状態で、おしゃべりが尽きなかった。
三男は分娩室で休んでいるお嫁さんとLINEでやりとりしていて、その都度状況を教えてくれたが、担当医が夕方にした診察してくれないので、今後の段取りはなかなかはっきりしない。
コロナの影響で赤ちゃんとの面会はできないらしいと三男が言う。
ちょっと残念ではあるが、病院の都合もわかるので赤ちゃんには退院してからの面会となりそうだ。
私たちもお嫁さんにLINEでお祝いを伝える。
直接会えなくても、こういうツールができたことでお祝いの気持ちを伝えられるのは便利な時代だ。

1時間ほどロビーでご両親とおしゃべりした後、病院の上の階にあるレストランで昼食を食べることに。
ここはなんとホテルオークラが営業するレストランで、開放的な窓からは霞ヶ浦を望むことができる。
当然のことながらメニューはいずれも若干高めだが、今日はお祝いだ、奮発しよう。

三男が注文した2000円ぐらいの御膳に私も相乗りした。
ステーキや天ぷらが重箱に入ったいかにもありがちな御膳で普段なら絶対に注文しないメニューだが、赤ちゃんが生まれると何もかもが普段とは違ってくるもののようである。
みんなでランチを食べ終わるころ、新たな情報が入り、夕方の医師の判断次第で明日赤ちゃんに面会できる可能性があるとの不確かな知らせである。
どうせ土浦に泊まるつもりで来ているので、せっかくならその判断を待って、明日赤ちゃんに会えればそれに越したことはない。
ダメでもともと、私たち夫婦は土浦に1泊することに決めた。
三男も明日は会社だが、もしも会えるのならば明日の午前中に赤ちゃんの顔を見てから出社すると言って一緒に泊まることになった。

赤ちゃんは男の子。
出産直後の写真が送られてきた。
2000グラムちょっとの小さな赤ちゃんで、しばらくはGCUという未熟児専門の病室でケアしてもらうことになるとのことだった。
果たして、赤ちゃんとの対面はできるのか?
それはまた明日のお楽しみである。