<きちシネ>#01「インビクタス/負けざる者たち」(2009年/アメリカ映画)

60歳になって数日がたった。まだちょっと変な感じだ。

その記念というわけではないが、新しいシリーズを始めようと思う。

「きちシネ」というタイトルにした。ただ映画を観て、ブログを書く。それだけのことだ。

私は中学時代から映画にハマっていた。テレビで放送されるすべての映画を観た。もちろんビデオなどない時代なので、夜遅くまで起きていて生で観た。特に好きだったのは、TBSの「月曜ロードショー」だった。

映画館にも行ったが、お金がなかったので時々だった。その代わりに、毎月「スクリーン」や「ロードショー」といった映画雑誌を買って擦り切れるほど読んだ。ラジオで放送していた淀川長治さんの番組を毎週録音して、繰り返し聞いた。映画熱は次第にエスカレートし、テレビで放送される映画の音を録音するようになった。日本語に吹きかえられた音声を聞いて、映像を思い起こしながら何度も映画の余韻に浸った。

部屋の壁には「ロミオとジュリエット」の女優オリビア・ハッセーの特段ポスターを飾っていた。将来は映画関係の仕事に就きたいと思っていた。

大学に入って上京すると、名画座に通った。「ぴあ」をバイブルとして、5本立てのオールナイトに入り浸った。あの頃の情熱、今から思うと本当にピュアだったなあと思う。

還暦を過ぎ、好きなことだけをして生きようと考えた時、旅とともに映画が好きだったことを思い出した。映画ならそれほどお金もかけず老後の趣味になるだろう。

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さて、シリーズ最初となる作品は、2009年のアメリカ映画「インビクタス/負けざる者たち」。クリント・イーストウッド監督作品だ。

アマゾン・プライムビデオで偶然見つけた。

映画の舞台は、アパルトヘイトから解放され、ネルソン・マンデラ氏が大統領に選出された南アフリカ。まさに私が取材した時代の南アフリカだ。

長年、人種隔離政策アパルトヘイトが行われていた南アフリカで、1994年、初めて全人種参加の総選挙が行われた。当時パリ特派員だった私も南アフリカの各地を回り、この歴史的な選挙を取材した。

投票日は、南アフリカでも白人至上主義が色濃いオレンジ自由州の小さな街を取材した。この街では美しい白人居住区を取り巻くように、黒人たちが暮らすブリキ造りの掘っ建て小屋が荒野に広がっていた。投票日を前に白人たちは、黒人たちが街に入らないよう監視塔を立て、装甲車がパトロールに回っていた。流血の衝突も懸念されていた。

ところが、投票日。信じられない光景が私たちの前に広がっていた。黒人たちは、彼らの居住区に設けられた投票所ではなく、わざわざ白人居住区の投票所に長い列を作ったのだ。それまで黒人が歩くことのなかった白人居住区に数キロに及ぶ長い長い黒人たちの行列ができた。

どの顔もとても晴れがましい、喜びに満ちた表情だった。あの光景は、決して忘れない。

そして、翌1995年、新生南アフリカでラグビーのワールドカップが開かれた。この映画は、まさにこのワールドカップで起きた奇跡の物語を題材としたものだ。

あの時私は、マンデラ大統領の初来日を前に、南アフリカを事前取材していた。パトカーに同乗して夜の犯罪現場を取材したり、黒人政党同士の熾烈な抗争事件を取材したりして数本のリポートをまとめた。マンデラ氏を単なる英雄として伝えるだけでなく、マンデラ氏を取り巻く南アフリカの暗部も日本の視聴者に正しく伝えたいと考えていた。

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だから、ワールドカップの取材は当初予定していなかった。日本でもあまり注目されていなかったと記憶している。

しかし、南アフリカは予想外に勝ち進み、次第に国中が熱狂してくるのを感じた。そして私は、急遽ラグビーの取材を始めた。南アフリカ最大の黒人居住区ソウェトの学校でラグビーに励む子供たちを取材した。アパルトヘイト時代の南アフリカでは、黒人はサッカーで、ラグビーをするのは白人と決まっていた。しかし、ラグビーを楽しむ黒人の子供たちを見ていると、そうした常識が変わりつつあることを肌で感じた。

そしていよいよ迎えた決勝戦。決勝に勝ち上がった開催国南アフリカのスプリングボクスは、「暴走機関車」ロムーを要する最強のオールブラックスと対戦する。

私もスタジアムでの取材を許された。試合開始直前、超満員のスタジアムの上空をジャンボジェット機が超低空で通過した。いきなりのことで、度肝を抜かれた。日本では絶対に許されない演出だなと驚いたことをはっきりと覚えている。しかし、あれは事前に用意された演出ではなかったのだ。そのことを、今回の映画を観て初めて知った。あれはパイロットの独断による南アフリカチーム応援のデモンストレーションだったのだ。

そして試合が始まると、私たちは黒人居住区に移動、そこでテレビにかじりついて声援を送る住民たちを取材した。息詰まる展開。まるでシナリオが用意されたような一進一退の試合が続く。数年前までラグビーを敵視していた黒人たちが、みんなテレビに釘付けとなり、通りから人影が消えた。

そして、延長戦の末、劇的な勝利。喜びが町中にあふれた。通りを埋め尽くした人たち。クラクションがけたたましく鳴り響き、黒人も白人も入り乱れて、新しい南アフリカの国旗を降っている。分断されていた国家が、一つになった感動的な光景がそこにはあった。

あの頃の南アフリカは何を取材しても面白いまさに歴史の瞬間だったが、期せずして一番心に残ったのは、このラグビーの物語だったかもしれない。

それにしても、モーガン・フリーマン演ずるマンデラ氏は魅力的だ。

正確に言えば、ネルソン・マンデラという稀代のカリスマ政治家の存在そのものに心揺さぶられるのだ。

27年間の監獄暮らしにも関わらず、黒人たちに「赦す心」を説き、白人と共存する新たな南アフリカを一貫して目指した。復讐よりも宥和を訴え続け、自ら率先して行動で示した。

こんな尊敬すべきリーダーが今の世界にいるだろうか?

強い権力を握ったリーダーや単に自国の利益を訴えるリーダーならいる。それすらなく、ただただ選挙目当てに耳障りのいい演説をしているポピュリストも次々に登場している。

しかし、自らの信念を持ち、高い理想を掲げ、偉ぶらず、寛容な姿勢を貫く。そんな心から尊敬できる誇るべきリーダーを私たちは求めているのだ。

映画を観ながら、マンデラ氏を偲び、そんなことを考えた。

Yahoo!映画の評価4.17、私の評価は5.00。

自分の思い出と重なって点数が甘くなってしまったが、今の時代にこそ多くの人に観てもらいたい映画である。

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