さよなら英国

あれだけ世界中を騒がせた割には、随分と静かな「歴史的な日」となった。

ジョンソン首相率いるイギリスが、1月31日午後11時にEU離脱の瞬間を迎えた。

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ジョンソン首相は、午後10時に国民向けのメッセージを発表したが、中身が何もないので引用したい部分が見つからない。

強いて言えば、最後の部分が気になった。

『 この先の道にどんな障害があっても成功するだろう。私たちは国民の皆さんに従ってきた。私たちは自治の手段を取り戻した。今こそ、この素晴らしい国の全ての可能性を解き放ち、私たち連合王国のあらゆる場所のあらゆる人々の生活をよりよくするために、それらの手段を使う時だ。』

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「私たちは国民の皆さんに従ってきた」とはよく言えるものだ。

自ら平気で嘘を垂れ流し、国民を扇動した過去は忘れ去ってしまったようだ。

「連合王国のあらゆる場所のあらゆる人々の生活」と、EU残留派だけでなく、独立の機運があるスコットランドなども意識してメッセージビデオを締めている。

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まあ、イギリスがEUから離脱したからといってメディアが心配するほど困ることはないだろう。

言ってみれば、日本など普通の国と同じ立場になるだけだ。

EUとの交渉は難航するかもしれないけれど、日本がアメリカとの関係を基軸としているように、イギリスも欧州におけるアメリカの前線基地のようになるのだろう。

オーストラリアやニュージーランド、カナダなど、エリザベス国王を元首とする英連邦の仲間たちもいる。大英帝国時代の遺産は日本とは比べ物にならない。

そしてイギリスの最大の武器は、何と言っても英語。

世界がグローバル化する中で、英語なしでは何事も始まらなくなってしまった。

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ただ、離脱派と残留派の人たちの顔を見ながら思ったことがある。

離脱派と称する人たちの多くが「フーリガン」と呼ばれる人たちの顔と同じなのだ。

自分たちのチームを無条件で応援し、相手チームは敵とみなして攻撃する。無分別で思い込みの激しい人たちの顔だ。他者を理解し自分の立ち位置を修正するというところがない。

その手の人の顔は、トランプさんの集会でもよく見かける。すごく自信たっぷりで何があろうとトランプさんを支持する。よく言えば、信念の人たちなのである。

私は、「迷いのない人」は苦手だ。

何事をやるにせよ、私は常に迷う。予測不能な未来に向けて何かを決断する時、真剣に考えれば考えるほど迷うのが人間だと思っている。

人と共存するためには、ある程度の妥協も必要だろう。人と人が交渉して「落とし所」を見つけるのは容易ではない。その人とは妥協できても、他の人からは必ず批判される。迷うということは、それだけ様々な立場の人たちの気持ちや考え方を理解した上で物事を判断している証拠なのだ。

EUというヨーロッパの人たちが守ってきた仕組みは、自己の利益を少し我慢しても他者と共存しようという人類史上でも稀有な運動である。その過程では多くの対立があり、挫折があり、しかし最後は落とし所を見つけて共に歩んできた。

その試みは人類の手本であり、希望なのだ。

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その世界で唯一の希望の集団から初めて離脱したのがイギリスである。

今後はトランプさんに習って「自国ファースト」の道を歩むのだろう。

ドイツは今もアウシュヴィッツの罪をいつまでも謝罪しているが、イギリスは世界中で行ってきた数々の罪について一切謝罪していない。インドでも、アフリカでも、ミャンマーでも、パレスチナでも、中国でもイギリスは本当にひどいことをしてきた。

植民地時代のことだから仕方がないでは済まされない。

インドとパキスタンの対立も、ロヒンギャの問題も、イスラエルとパレスチナの対立も、香港の問題も、元はと言えばイギリスが蒔いた種である。

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その多くの罪の代わりに、イギリスが各地に植えた良い芽が民主主義だった。

しかし今、イギリスは3年に渡る迷走で、民主主義の問題点を嫌なほど世界に示した。

EUを離脱したイギリスがこの先、どんな姿を世界に見せるのか?

個人的には、「自国第一主義」の問題点を世界に晒してくれることを願っている。

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