「愛国萌え」現象

「覆面禁止条例」が出されてから、香港の抗議活動が表面的に静かになっているように見える。

それは、そうだろう。

大規模デモを担っていたのが筋金入りの活動家ではなく一般の市民である以上、当局に顔を知られるのは恐ろしいことだ。

しかし香港の一連の混乱を見る中で、私がすごく興味を抱いたのが、中国本土の人たちの香港に対する厳しい姿勢だった。

西側諸国では昔から中国に関する一つの予言のようなものが信じられてきた。

「中国の人が世界を知るようになると、共産党一党独裁の異常さに気づき、やがて民主化を求める市民の不満が爆発して、政権を揺さぶるだろう」

しかしインターネットの普及や海外旅行の解禁で中国の人たちが日常的に世界に触れるようになっても、この予言のようにはまったくなっていない。むしろ、中国が世界の大国となったことを素直に喜び、愛国意識がより強まったように見える。

だから、一国二制度を守ろうとする香港市民に対して、中国の人たちの視線は驚くほど冷たく、香港の人たちの訴えが中国国内の動揺に繋がる気配はまったくない。

これはどうしたことだろうか?

そんなことを考えていた時、一つのとても興味深い記事に出会った。

講談社のニュースサイト「現代ビジネス」に掲載された記事。

『香港デモに猛反発する中国の若者、その「愛国萌え」現象を読み解く』

記事を書いたのは、共同通信の記者、古畑康雄氏だ。

「愛国萌え」という言葉は初めて聞いたが、かなり今の中国の本質をついているように感じる。

一部引用させていただく。

<お兄ちゃんをいじめないで!>

「私達のお兄ちゃんは名門貴族の出身だったのに、途中で零落して周りからいじめられ、2人の娘が略奪された。自分一人、長年必死で努力したが、内外からは白い目で見られ、誰からも相手にされなかった。生活が少し良くなってまず望んだのは2人の娘を家に取り戻すことだった。だが思いもよらないことに、この悪い娘たちが敵を味方と取り違え、お兄ちゃんの心を傷つけた。お兄ちゃん、でも私たちがいるわ。私たちはずっとあなたが花道を歩けるようにするから!」

中国のSNS、微博に8月14日に投稿された書き込みだ。

書き込んだのは若い女性とみられ、添付した写真には涙を流す猫と「鳴啊啊 欧尼醤」の文字が書き込まれている。「鳴啊啊」は「ミャ~」という猫の鳴き声、そして「欧尼醤」は「オウニージャン」、つまり日本語の「お兄ちゃん」の音訳だ。そしてこの「お兄ちゃん」こそ、「中国」のことなのだ。

投稿の日付や付けられたハッシュタグから、この書き込みは香港の民主化デモへの抗議活動と関係があるようだ。8月14日、香港の一部の芸能人が「香港警察を支持する」とインスタグラムで書き込み、これにデモ支持者からの批判が相次いだ。

これに対し、中国国内の彼らのファンは、「翻牆(ネット規制の壁を乗り越える)」により、中国国内では禁止されているインスタグラムやフェイスブックに乗り込み、このようなコメントや中国国旗をアレンジした画像で埋め尽くした。

「814飯団大団結」と呼ばれるこの活動に加わったネットユーザーは中国を「阿中哥哥」(中国お兄ちゃん)と呼び、祖国への熱愛と支持を表明したのだ。

このように中国の若者ネットユーザー、特に「欧尼醤」のように日本の漫画やアニメを好む女性の間で、中国を理想の「お兄ちゃん」としてアイドル化し崇拝する現象、いわば「愛国萌え」が広がっている。

そしてこの「愛国萌え」する若者、特に女性のことを、中国では「飯圏女孩」(ファン女子)と呼ばれているが、この言葉の意味については後述する。

冒頭での書き込みは、この「中国お兄ちゃん」が歩んだ苦難の道として、人民日報など中国メディアが作り上げた物語をなぞったものだ。

この物語とは、もともとは名門の出身、つまり中国がかつて唐、宋、明、清などの時代、世界最大の王朝だったが、19世紀半ばから欧米列強や日本により植民地化、侵略を受け、香港や台湾などの「娘」を奪われた。

中国は苦労の末、世界第2の経済大国となったが、香港や台湾が米英など西側勢力を味方と取り違え、親である中国兄さんに歯向かっている、という見立てである(もちろんここには文化大革命や天安門事件など負の歴史は出てこない)。

「人民日報」は微信で、「この若者が世界を驚かせた」との題で、擬人化された中国が苦労の末、今日の発展を遂げるまでを漫画で描いている。

若者たちが国を「お兄さん」と呼び、愛国の強い感情を抱くようになったのはなぜか。元大学教員の中国人の友人は、アイドルを追いかけるファンの心理が巧みに愛国心へと吸い上げられたとして、次のように語っている。

<アイドルのファンを愛国へ誘導>

「飯圏の『飯』は英語の『ファン』のことだ。つまりこうした女の子たちは、元は映画スターや人気歌手の熱狂的ファンだ。彼女たちは普段は政治に興味はない『追星族』(スターやアイドルの追っかけ)で、自分たちのアイドルのためなら、熱狂的になれる。彼女たちのアイドルは、『小鮮肉』(イケメン男子)と呼ばれ、この小鮮肉はいずれも愛国的だ。」

「アイドルが愛国的なのは、実は政府がさまざまな形で愛国パフォーマンスをさせているからで、彼らもそれを断れない。断ったら芸能界から干されてしまうからだ。」

「そして彼らを崇拝する『飯圏女孩』は、自然と彼らの指示に従うようになる。アイドルが愛国を表明すれば、彼女たちは国を愛するしかない。」

「実際、彼女たちは何が愛国について、考えがあるわけではなく、彼女たちが『翻牆』し、自分たちと意見を異にする人を罵るのは、他人に付和雷同しているだけで、彼女たちの本当の心ではないと思う。そして集団で翻牆するのに、(中国で規制が強まっている)VPNなどをどうやって入手したのかも謎で、彼女たちの行動の背後に何らかの組織があるかもしれない。」

友人はこのように語ったが、彼女たちの背後にある組織とは、中国共産主義青年団(共青団)を中心とした党組織やメディアであり、政治に無関心な若者の愛国心を育てるため、ここ数年間さまざまな工夫を重ねてきた。

「中国数字時代」(チャイナ・デジタル・タイムズ)によると、共青団の機関紙、「中国青年報」は2016年、「共青団のネット世論誘導工作が従うべき大原則」という評論を掲載、この中でネット世論工作の方針を次のように述べた。

「青年やインターネットの特徴から出発し、ネット世論の発生から拡散、収束までのルールを熟知し、ネット上でのアジェンダ・セッティング(議題設定)能力を高め、誘導のタイミング、度合い、効果を把握し、深刻な思想内容と生き生きとした表現形式の統一を図り、共産党や共青団の思想を再び創作し、丹念に包装し、若者が喜んで受け入れるような流行の新鮮な文化、ネット活動を展開する。青年が集まる微博、微信、フォーラム、ネットTVなどのネット媒体や各種のアプリに注目し、主流の声を拡大する。」

要は若者が多く利用するSNSやアプリを通じて、若者が受け入れやすい形で共産党や共青団のメッセージを発信し、ネット世論の主導権を握るという方針だ。

共青団はこれに先立つ2013年、微博アカウント「団団」をスタートさせており、お堅い政治ネタだけでなく、社会の心温まるニュース、人生の教訓、ユーモア、さらに料理のレシピまで発信。ネットの流行語を使い、スポーツから芸能まで話題に加わり、若者への影響力や発言権を獲得したという。

香港のネットメディア、端伝媒によれば、共青団はさらに、中国の「国産」スター(香港や台湾出身ではない)を使った宣伝を開始、15年の「五四青年節」には人気スターを人民大会堂で開いた「優秀青年会」に参加させ、10万人を超えるファンがコメントをしたという。

共青団がそこで得た教訓とは、世論を巡る戦いで「公知脳残粉」つまり反政府のオピニオンリーダに盲従する人々に勝利するには「偶像脳残粉」つまりアイドルの追っかけを利用するということだという。それまでは軽視されていたアイドルのファンは、ここで初めて当局に価値を見いだされたのだ。

アイドルへの忠誠は、巧みな世論操作により中国への忠誠心へと誘導され、ついには中国をいわば擬人化したアイドル「中国お兄ちゃん」として崇拝するようになった。ニューヨーク・タイムズの報道によると、8月の香港への行動で、彼らは初めてこの名称を使い、そして共青団も微博で紹介したことから、一気に拡散したという。

日本でもネットを使った世論誘導は普通に行われているが、中国ではそれがより組織的に徹底的に行われている。

世界を支配するGAFAをも立ち入らせない中国のネット空間。

そこを牛耳り、若者の心を自在に操っているのが共産党だというのだ。

この視点、新しい。でも、いかにもありそうだ。

全体主義とインターネットはとても親和性が高い。

しかも、中国では人権が軽い。プライバシーの意識も低い。当局にとって、これほど理想的なサイバー空間はないだろう。

香港の人たちにとって、頼みの綱は中国国内の世論の変化、そして国際社会の介入だ。

しかし、中国国内では香港バッシングの嵐、迂闊に香港へのシンパシーを表明することはできない。

そして、最後の望みである国際社会も冷たい。

巨大な中国市場から締め出されることを恐れる西側諸国は、かつてのように声高に人権を叫ぼうとしない。

時代は大きく変わった。

トランプ大統領の登場とともに、理想主義は地球上から消えてしまった。

トランプさんだけのせいではない。

インターネットの誕生とともに、私たち自身が変わり、かつての理想を捨て去ったのだ。

そして、香港は世界から捨て去られようとしている。

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1件のコメント 追加

  1. dalichoko より:

    ポピュリズムの台頭ですね。

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