2日続きで季節外れの寒い日が続いたが、今日は晴れ間も出て多少暖かくなった。

8月に生まれた6人目の孫に会うために、明日から茨城に行くので、お土産として「プレスキル・ショコラトリー」のチョコを買いに出かけた。
今では有名店は日本中どこでも出店していて、珍しいお土産を調達するのが難しくなった。
その点「プレスキル」のチョコは今も吉祥寺にしかお店がないので、ちょっとしたお土産には重宝するのだ。

選んだのは18種類のチョコが並んだ美しい「マリアージュ・ショコラ18P」(5940円)。
いつも茨城の美味しい果物などを送ってくださるお嫁さんのご両親に持っていくには高すぎず安すぎずちょうど手頃だろう。
ついでに、来年のカレンダーを紀伊国屋書店で買い、ランチを食べて家に戻った。
ここ数日、私は来年初めに行く予定の中東への旅行の予約で頭を悩ませている。
妻との交渉で旅行期間は2週間以内との条件が付けられた。
親の介護の関係でいつ何が起きてもおかしくないからだ。
東京から中東への飛行機をいろいろ調べた結果、ルフトハンザ航空を利用しドイツのフランクフルト経由でクウェートシティに入るルートを比較的安いと判断した。
2月1日に羽田を発ち、フランクフルトで1泊、2日の夜9時ごろにクウェートに到着するため片道実に38時間40分のフライトだ。
サラリーマン時代ではとても考えられなかったルートだが、時間だけはたっぷりあるご隠居さんの旅としては悪くあるまい。
帰りはクウェートを13日の午前2時20分に出発して14日の午前10時半に羽田に到着する予定だ。
この往復便ならば料金は11万5000円、今の異常な円安の中ではまずまず満足のいく値段だ。
ちなみに、ドバイまでの直行便を利用すると往復で19万円ぐらいするようだ。
クウェートは私にとって未知の国。
夜到着することもあり、長旅の疲れを取り時差調整も必要だと考え3泊することにして、フランス系のホテル「イビス・シャルク」を予約した。
とはいえ、何をするか定かな目的があるわけではなく、湾岸戦争当時の痕跡が残る記念館があるというのでそこはぜひ訪ねてみたいと思っている。
イラクがクウェートに侵攻した時、私の大学時代の友人が商社マンをして駐在していて、「人間の盾」としてイラク領内に連れ去られたことがあった。
彼は無事帰国したものの若くして亡くなってしまった。
彼がどこで囚われの身となっていたのか、今となっては確認のしようもないだろう。
クウェートの後は、アラビア湾の島国バーレーンに行ってみることにした。
こちらもまだ足を踏み入れたことがない。
サッカーぐらいでしかその名を聞かない国ではあるが、実はアラブの国々の中でも古代から文明が発達していたとされる地域で、石油もアラブの国の中で最初に発見された。
このバーレーンの最大の特徴は、イスラム国家ではあるものの飲酒が認められ、女性のファッションも自由なことだ。
だから休みの日には近隣のサウジアラビアなどから多くの観光客が押し寄せ、バーレーンで羽目を外して大騒ぎをするらしい。
そこで、わざわざ旧市街にある地元資本のホテル「ガルフ・ゲート・ホテル」を予約した。
ホテルの口コミを読むと、プールサイドバーで夜通し大騒ぎをしていて眠れないという苦情が多数書き込まれていて、厳格なイスラムの教えに従うサウジアラビア人がどんな調子で羽目を外しているのか見たいと思った。

バーレーンから長い橋を渡って、いよいよ今回の旅行の最大の目的地サウジアラビアに入る。
サウジアラビアが外国人観光客を受け入れるようになったのは2019年のこと、だからネットで調べても現地の様子が今ひとつよくわからない。
バーレーンからはバスに乗って対岸のダンマンという街を目指す。
首都リヤド、商都ジェッダに次ぐ、サウジ第3の大都市だ。
このあたりはサウジアラビア東海岸の中心地で、ダンマン、アル・コバール、ダーランという3つの街が一つの都市圏を形成しているようだ。
このうち私が興味を持っているのは、湾岸戦争当時アメリカ軍の拠点が置かれたダーラン。
アメリカはこの地に大きな空軍基地を持っていたが、実はダーランという街は巨大石油メジャー「サウジアラムコ」が築いた街なのだ。
アラムコは「アラビアン・アメリカン・オイル・カンパニー」の略、1938年にアメリカの「スタンダード・オイル」が初めてサウジアラビアで油田を掘り当てた場所がここダーランだった。
オイルショックを経て、アラムコは国有化され、現在はサウジアラビア政府が経営する世界最大の石油企業となっている。
2019年12月に株式を上場すると「サウジアラムコ」の時価総額はあのアップルを抜いて世界一となった。
現在はアップルに抜かれたそうだが、それでも時価総額世界2位の巨大企業の本社がこのダーランにあるというので、中に入ることはできないがせめてアラムコの街と言われるダーランを見てみたいと思っている。
ここからはまだ思案中で、ダンマンの駅から高速鉄道に乗って首都リヤドに行くことを考えている。
そのためダンマンでの宿は駅近くの「ノボテル・ダンマン・ビジネスパーク」を予約した。
ダンマンからリヤドまでは鉄道で3〜4時間のようだが、その時刻表や切符の購入方法などまだ調べなければならないことがいろいろ残っている。
実は、サウジアラビアの旅行サイトなどを見ていて興味を惹かれている場所に砂漠の中に残る古代遺跡「マダインサーレ」がある。
日本からのツアーには必ず含まれる有名な世界遺産なのだが、個人で行こうと思うと交通手段とホテルの確保がなかなか難しい。
最もポピュラーなのはリヤドなどから空路で最寄りのアル・ウラという町に飛ぶルートだが、小さな町なので飛行機はすでに旅行社に押さえているらしく見つからず、ホテルも異様に高額だ。
そして現地ツアーに加わって遺跡を回るのが一般的でこれまた高い。
日本からのツアーも概ね60万円台からという価格であり、いろいろ考えた末、今回は「マダインサーレ」に行くことを断念することにした。
いずれにせよ、この遺跡は古代アラビア半島を支配していたナバダイ人が築いたものであり、彼らの首都だったヨルダンのペトラ遺跡にはすでに行ったことがある。
高い金を払ってまで今回「マダインサーレ」に足を伸ばさなくても、いつかまたチャンスがあるかもしれないと思った。
代わりに目的地として選んだのはメディナだった。
サウジアラビアがアラブの盟主と呼ばれる理由は、メッカ、メディナの2つの聖地を守っているためである。
第一の聖地メッカ(マッカ)はイスラム教の開祖ムハンマドが生まれた町で、イスラム教徒以外がメッカに立ち入ることはかたく禁じられている。
一方、第二の聖地メディナ(マディーナ)は、メッカを追われたムハンマドが移り住み、「ウンマ」と呼ばれるイスラム共同体を作って活動を本格化させ、そして没した場所だ。
今も預言者ムハンマドの墓はメディナの中心にある「預言者のモスク」にあるという。
それでも、メッカと違いメディアへの「非ムスリム」の立ち入りは完全には禁じられていない。
イスラム教徒でなくても、メディナ空港やメディナ駅の利用は認められていて、最近の記事を見ると「預言者のモスク」の中に入ることはできないがその周辺までは行くことができると書いてある。
これは古代遺跡に行くよりずっと魅力的だと私は感じた。
早速リヤドからメディア行きの飛行機を予約した。
「フライナス」というサウジアラビアの航空会社である。

そして次に宿泊先を探すと、有名な外資系ホテルチェーンがほとんどメディナに立派なホテルを構えていることがわかった。
予約サイトを見る限り、イスラム教徒以外はお断りとは書かれておらず、どのホテルでも予約ができそうである。
せっかくなら「預言者のモスク」の目の前にある「プルマン・ザムザム・メディナ」というホテルに泊まりたいと思い、一応念の為に「非ムスリムでも泊まれますか?」とメールで聞いてみた。
すると・・・
『Sorry ,the hotel in alHaram area and its not allowed to non muslim to enter these holy area .』
このエリアには非ムスリムは入ることができないとの答えで、宿泊を拒否されたのである。
「プルマン」はフランスを拠点とするアコーホテルグループのホテルなのだが、それでもダメ。
外国人の受け入れに寛大になったとはいえ、メディナはまだ非ムスリムにとっては厄介な街のようである。
いろいろ調べてみると、どうやらメディナ市内でイスラム教徒ではない旅行者が泊まれるホテルはわずかしかないことがわかった。
空港近くにある「ミレニアム・メディナ・エアポート」と街の反対側にある「ル・メリディアン・メディナ」といった郊外にあるホテルに非ムスリム旅行者の多くが泊まっていることがわかった。
しかしどちらも1泊2万5000円ぐらいする。
それであればいっそのこと、メディナには朝の便で入って夜には鉄道かバスか飛行機で別の町に移動するのも一つの方法だろうと考えた。
メディナの後は最後の目的地、サウジアラビア西部の中心都市ジェッダだけだ。
古くからメッカ、メディナへ向かう港町として栄え、今では多くの日本企業が進出している商業都市でもある。
人工的な首都リヤドなどと比べても、古い旧市街などは魅力的に見える。
日本に当てはめると「リヤドが東京、ジェッダが京都」と言われる所以だ。
メディナの宿をどうするかはもう少し考えるとして、とりあえずジェッダのホテルは押さえておこう。
値段で比較するとメディナでは泊まらずに、ジェッダに3泊した方が安上がりのようだ。

ジェッダでは、ドバイの「ブルジュ・ハリファ」を凌ぐ高さ1000mの世界一高いビル「ジェッダタワー」の建設が行われているという。
いろいろあって工事はストップしているようだが、できれば建設途中のこの巨大タワーも見てみたい。
サウジアラビアは脱石油を掲げてさまざまなビッグプロジェクトに巨額のオイルマネーを注ぎ込もうとしている。
まるでSFのようなこれらのプロジェクトが本当に実現するのか、それとも資金集めのための絵空事なのかを見定めるためにも、「ジェッダ・タワー」には大いに関心がある。
日本ではあまりニュースにならないこれらの湾岸諸国を回って、イスラム教と石油について少し学んでこようと思っている。
東アジアや東南アジアの旅が昔に比べてずっと楽になったように、中東諸国への旅行もかつてに比べて快適になっただろうか?
調べるほどに、楽しみでもあり、心配にもなる。