<きちたび>旅のアルバムから〜フィリピンの島で同行取材した革命を夢見る共産主義ゲリラたち

🔶「旅したい.com」から転載

<フィリピン>貧困の島で革命を夢見る共産主義ゲリラに同行取材した日々

🇵🇭フィリピン/ネグロス島 1986年9月 11泊12日

ピープルパワーがマルコス政権を倒したフィリピン革命が起きた1986年。

革命後の8月30日から9月10日まで、フィリピンの反政府ゲリラ「新人民軍(NPA)」の同行取材を行いました。NPAはフィリピン共産党の軍事組織で、毛沢東思想による革命を目指して、農村部を拠点に活発な武装闘争を繰り広げていました。

当時バンコク支局のカメラマンだった私は、政府軍との戦闘を続けていたゲリラ兵士たちに同行して、フィリピンのジャングルをさまよい、知られざるNPAの実情を取材しました。

飢餓の島ネグロス

取材場所は、フィリピン中部のネグロス島。

バンコクからマニラに飛び、さらに国内線に乗り換えて、ネグロス島の中心地バゴロドに入りました。

512218614.957187

まずは、市内の商店で食料などの買い出しを行います。

ゲリラ取材は1週間、その間は自給自足です。

512218514.309851

当時のネグロス島では、深刻な飢餓が進んでいました。

取材した病院には、やせ衰えた子供たちが何人もいます。劇的な革命で世界中の注目を集めたフィリピンでは、政権が変わっても癒されることのない問題が国中に山積していました。

512218435.560739

夜になると、娼婦たちを積んだトラックが市内を走ります。この時代、フィリピンから日本にやってくるジャパゆきさんの問題も大きなニュースとなっていました。

島をおおう貧困こそが、反政府活動の元凶となっているのは明らかです。

ゲリラとの待ち合わせ

ゲリラとの連絡ルートを辿って、いよいよネグロスの山中に入ります。

512218387.967383

NPAの基地がどこにあるのか、それは秘密です。

まず指定された村で、連絡を待ちます。木切れで建てられた粗末な家は、この村で唯一のお店でもあります。

512218293.317700

私たちを迎えに来たのは、妊娠7ヶ月の女性でした。

身重の女性に案内されて、さらに奥の山村へと進みます。連れて行かれたのは、藁葺きの粗末な民家でした。

ここで、NPA兵士と落ち合うと言います。

兵士が現れるまで、民家で待っていると、村の若者たちが集まって来ました。しかし夜になっても兵士は現れず、この民家で食事をいただきました。

NPAの迎えは、夜中にやって来ました。

いよいよゲリラと行動を共にします。彼らは、私たち一人一人に名前をつけました。

私の名前は、「シ・ボーイ」。シは、同志という意味です。

これから1週間、私は「ボーイ同志」として、共産ゲリラと行動を共にすることになりました。

ゲリラの訓練

512217990.249654

彼らは、我々に日常生活をいろいろ見せてくれました。

上の写真は、新人教育の様子です。

彼らは、村の若者たちをリクルートし、共産主義について教え、一人前の反政府ゲリラに育てるのです。

特に、思想教育はとても重要です。

早朝の訓練は朝4時に始まります。

軍隊と呼ぶには動きがバラバラで、所詮は村の若者の寄せ集めといった印象です。

512217715.226943

隊列を組んだり、地面に伏せて射撃の構えをしたり・・・。でも、決して弾を撃つことはありません。

ゲリラにとって、弾はとても貴重なのです。

だから、訓練を見ている分にはほとんど緊張感はありません。まるで青年団が集まって祭りの準備をしているようでした。

しかし、現実には政府軍の掃討作戦は今も続いています。

もし今この場で政府軍に遭遇すれば、そこが一瞬で戦場に変わるのです。

512217773.882397

ゲリラ兵士たちは、山中の村々を移動しながら夜は民家に泊まります。我々もそれに従います。

山中で過ごした数日間。風呂には当然入れません。

一番困ったのは食事です。基本的には持参した食料を食べましたが、ゲリラたちから食べ物を勧められると断れません。たとえば、野草を泥水で茹でたようなスープ。味はほとんどしません。むしろ心配だったのは、肝炎です。

結果的に、あの食事を食べて、誰も風土病に感染しなかったのは幸いだったと思います。

共産主義革命の夢

512218755.327192.jpg

夜、焚き火を囲んで「カルチュラル・ナイト」というイベントが始まりました。

このあたりいかにも、20世紀の世界を席巻した共産主義的なカルチャーです。

みんなで革命歌を歌い、人民の解放を芝居に込める。そしていつの日にか、革命によって人民のための国家樹立を誓うのです。

512218808.802353

日本にもそんな時代がありました。60年、70年の安保闘争の時代、日本の若者も共産主義を信奉し、革命を夢見たものです。

その夢は、子供たちに語り継がれます。

若者たちは団結の力を信じ、革命による貧困からの脱出を目指したのです。

512212748.441310

取材の最後、部隊全員で記念撮影。みんな銃を構え、ポーズを決めてくれました。

反政府ゲリラとはいっても、実際のところ貧しい村の若者たちの集団です。子供が飢え、娘が売られる貧困の中で、若者たちが社会の変革を夢見て共産ゲリラに身を投じました。

メディアを駆使する「イスラム国」のようなテロ組織が登場した今から見れば、冷戦時代の牧歌的なゲリラ活動のようにも感じます。共産主義がまだ希望の光を放っていた時代。

私たちは、あの頃よりも幸せになったのでしょうか?

フィリピンのNPAは、メンバー数を減らしながらも、まだ反政府活動を続けているということです。

コメントを残す