<きちたび>アラビア半島の旅2023🕌サウジアラビア🇸🇦 突然の発熱で急遽旅行を中止し、航空券を買い直して緊急帰国する

昨夜、日本に帰ってきた。

今、このブログも吉祥寺で書いている。

サウジアラビアのジェッダから東京行きの片道切符を購入しての緊急帰国であった。

ジェッダを出発する前日の朝に突然発熱したのが原因で、発熱から帰国までの経緯を記しておこうと思う。

2月11日土曜日の朝4時前、悪寒と共に目覚めた私は「ヤバい!」と思った。

すぐに薬袋の中に入れて持参していた体温計を取り出し熱を測ると、なんと39度以上あるではないか。

リヤド滞在中から風邪気味で咳が出てはいたが前夜まで熱はなかった。

だからコロナではないだろうと安心していたのだが、この体温を見た瞬間に「コロナ=入院=帰国できない」という悪い連想が頭をよぎる。

翌12日にはジェッダを出発して日本に帰る直前という最悪のタイミングでの発熱だった。

幸い、熱のために頭が朦朧とするというようなことはなかったため、比較的冷静にこの後どう行動すべきかベッドに横たわりながら考えた。

まず考えたのは、現地の領事館に連絡して指示を受けること。

次にクレジットカードに付属している保険会社に連絡してアドバイスを求めることの2つ。

ただ生憎この日は土曜日で、サウジアラビアも日本も休日である。

在ジェッダの日本総領事館のサイトにアクセスするも代表電話とFAXしか載っておらず、緊急連絡先はおろかメールアドレスさえない。

世界中、大使館という所はなるべく働かないというのが基本姿勢であることは特派員経験からもよく理解しているので、休日に領事館のスタッフに動いてもらうためには誰かに紹介してもらう以外にないだろうと考えた。

クウェートで一度利用した「ロコタビ」という海外在住者と旅行者をつなぐサイトを利用してジェッダ在住の日本人に接触して助けを借りる方法も考えた。

調べてみると、何人か連絡されそうな人もいるようだが、もしコロナだったら一般の人に助けを求めるのも迷惑だろうと思った。

そして、まずは日本にいる妻に連絡して状況を伝え、保険会社に電話してもらうことにした。

海外旅行中の保険会社への連絡は主要な渡航先の場合だと無料ダイヤルが設定されているのだが、サウジアラビアのようなマイナーな旅行先からは日本に国際電話しなければならない。

通話料も心配なので、妻に電話でまず基本的なことを聞いてもらい必要ならばこちらから電話しようと考えたのだ。

妻は、驚きはしたが狼狽えることはなく、すぐに保険会社に電話をかけてくれた。

その結果、もしも現地で医療機関を受診する場合には、ジェッダに「International Medical Center」という病院があり、治療費については150万円まで保険で補償されるという。

妻からの打ち返しを待つ間、私も在サウジアラビア日本大使館のホームページをチェックして「International Medical Center」を含むジェッダの病院4つが紹介されているのを見つけていて、いざとなればホテルのフロントに頼んでどこかの病院に行こうと決めた。

ただまだ朝5時なので、ホテルのフロントにはまともに話ができる人間はいないだろう。

そもそもつい最近まで外国人観光客を受け入れていなかったサウジアラビアでは観光業が未成熟で、ホテルのフロントスタッフのレベルも極めて低い。

最初からホテルに頼ろうという選択肢は私の頭にはなかったのだ。

こうしていざという場合の対処法についてイメージトレーニングができたので、ジタバタせず、とりあえずもうしばらく寝て様子をみることにする。

こうしているうちに夜中感じたゾクゾクするような悪寒は収まってきた。

ただ一度回り始めた頭の中はなかなか静まってはくれず、寝ようと思っても勝手にいろんなことを思いつく。

その一つが、予定を早めて帰国してしまうというアイデアだった。

休日のサウジアラビアで必死で助けを探すよりも、多少苦しくても飛行機に飛び乗り日本に逃げ帰った方がその後の選択肢は明らかに広がる。

当時の飛行機の予約などネットでしたことがなかったので、試しにエクスペディアのアプリを開いて、ジェッダ〜東京の片道フライトを検索してみると、カタール航空の夜便があることがわかった。

カタール経由の成田行き、乗り換え時間を加えても13時間50分で日本に帰り着く。

もともと予約していた帰国便はクウェート、フランクフルト経由で32時間以上かかるフライトだったので、その瞬間私の心は一気に心は帰国へと傾いた。

私は迷わずカタール航空を予約した。

料金は、当初購入していた東京〜クウェートの往復チケットよりも高い13万4170円である。

高熱の中で私はスマホを操作して様々な情報を打ち込み、無事に予約が取れた頃には朝6時を回っていた。

人間というものは、弱ると財布の紐が緩んでしまうものである。

半年以上前から計画してなるべく安いチケットを探して組んだ旅行スケジュールが、ちょっとした体調不良のためにどんどん崩れていく。

さらに、帰国便は確保できたものの、クリアすべき課題は他にまだたくさん残されていた。

第一に、カタール航空への搭乗が許されるか?

第二に、サウジアラビアからの出国が認められるか?

第三に、カタールでの乗り換えで止められることはないか?

第四に、日本の入国が認められるのか?

そして第五に、そもそもこの体調で長時間の飛行に耐えられるのか?

カタール航空のサイトや成田空港での検疫についてもネットで調べてみる。

とりあえず、去年までのような絶対に越えられないようなハードルは見当たらない。

一番厳しそうなのはやはり日本の入国審査だが、たとえ成田でコロナと判定され隔離を求められることになったとしても、サウジアラビアで入院騒ぎになるよりはずっとマシだ。

やはりここは強制帰国するのがベストな選択だと確信し、私は少し安心して眠ることができた。

午後6時半、ホテルが手配した車で空港に向かう。

濡れタオルを首に巻き頸動脈を冷やし続けた効果があったのか、幸い午後には熱が下がり始め、チェックアウトの頃には36度台になっていた。

どうやらコロナではなさそうだ。

これならばたとえ空港で体温チェックがあったとしても無事切り抜けられるかもしれない。

ジェッダの玄関口「キング・アブトゥルアズィーズ国際空港」。

カタール航空が出発する「ターミナル1」は2019年に部分開業したばかりの新空港で、夜は一段と光り輝いていた。

この新しいターミナルができる以前は、ジェッダは世界最悪の空港の一つと言われてきたそうだ。

オンラインチェックインを試みるがうまくできなかったため、早めに行こうと思って出発時刻の3時間前に空港に到着したのに、驚いたことにカタール航空のカウンターの前にはすでにものすごい行列ができていた。

この旅では3時間前チェックインの作戦がずっとうまく行っていたので、この行列は正直ショックだった。

どうやら私が到着する直前に団体さんが到着したらしい。

みんないくつもの荷物を持っていて、これは時間がかかりそうだ。

それでも熱が下がり体のふらつきもなかったため長時間並んでも問題はなく、この間に再度オンラインチェックインを試すと今度はうまくできた。

そしてようやくカウンターの近くまで進めた時、行列を整理していたスタッフにオンラインチェックイン済みのスマホを見せると、空いていたファーストクラスのカウンターに行くように言われ、ようやく行列から逃れることができた。

カウンターの男性職員は私のスマホを見て、東京に行くのかと確認し、隣のスタッフと何やら相談している。

どうやら日本の水際規制について話していたようで、この度で初めてワクチンの接種証明を見せろと言った。

ドイツでも中東でももう完全にポストコロナに入っていて、どこの空港でも体温を測ったりワクチンや検査の結果を求められることは一度もなかったが、日本に行く飛行機に乗る時になって初めてワクチン証明が必要とされたのだ。

それだけ、日本が特殊な国になっているということだろう。

5回のワクチン接種を受けた証明を提示すると、カタール航空のスタッフは驚いた様子で「本当に?5回も?」と言って笑った。

こうして空港到着から1時間後、私はようやく「ジェッダ〜ドーハ」「ドーハ〜成田」の2枚のボーディングパスを受け取ることができた。

心配された第一のハードルは無事クリアである。

カタール航空のカウンターと違って、出国審査の方は空いていた。

パスポートチェックは軍服を着た係官だったが、何も聞かれることなくスムーズにパス。

続く荷物検査では、なぜかリュックがX線で引っかかった。

女性係官がリュックを開けろというので開くと、係官はモニターを見ながら荷物の中を捜索し、何を思ったのか洗濯用に持っていた細い紐と洗濯バサミを取り出し「これは認められない」と通告し、回収ボックスに投げ込んだ。

あの紐で私がハイジャックするとでも思ったのだろうか?

理由は不明だが、一応これにて出国の手続きは無事終了、第二の関門も通過できた。

午後10時過ぎに出発する予定のカタール航空機は乗客の搭乗に時間を食い、30分ほど遅れてジェッダを出発した。

機内はほぼ満席、私は旅行中ずっと外していたマスクを久しぶりにつけた。

もちろん自分のためではなく、少しでも他人様に病気を移すリスクを減らすためだ。

日付変わって2月12日の午前0時45分、カタールの首都ドーハの空港に到着。

ドーハでのトランジットは今回で2度目だが、空港内の装飾は前回よりも一段と鮮やかになっている印象を受ける。

去年サッカーワールドカップを開催したカタール。

中東の空港は今、どこも世界の最先端を競っているようだ。

この空港では荷物チェックは受けたものの、コロナなど健康面での検査は一切なく、第三のハードルも無事にクリア、とてもスムーズな乗り換えができた。

空港内は実に多国籍の人々が行き交い、これぞ世界のハブ空港という様相である。

そして成田行きの機内。

こちらはまさに満席状態で、その半数は日本人のように見える。

日本にいるとなかなか感じられないが、いつの間にか多くの日本人が海外に出るようになっているのだとウィズコロナ時代の変化を感じる。

窓側の席も通路側の席もすでに一杯で、最悪の真ん中席に押し込められての9時間のフライト。

でもあまり疲れもなく眠りもせず、3本の映画を見続けて成田空港に戻ってきた。

成田空港での入国審査は予想通り、今回の旅行中最も厳しいものだった。

昨年秋に導入されたという「Visit Japan Web」というアプリへの記入を行っていない人は、入国審査の前で止め置かれ、アプリをダウンロードしてその場での入力を強制される。

デジタル庁が行っている施策だそうだが、そんなアプリの運用が始まっているとは全く知らなかった。

日本国内ではこんなアプリ、ほとんど周知されていないのではないだろうか?

このアプリによって以前は必要だった紙への記入が不要になったのは良かったが、ほとんどの乗客はこのアプリの存在を知らず、空港到着後にアプリをダウンロードする状態で、そのために多くのスタッフが配置されているあたりやはり非効率というか無駄というか日本の行政の欠陥が現れているように感じる。

ただ私が恐れていた健康状態に関する細かい問いはほとんどなく、入力を終えると日本人の場合は検疫もほぼスルーパスで入国手続きはあっさりと終わった。

こうして第四のハードル(日本入国)と第五のハードル(私の体力)も無事にクリアして、私は晴れて日本に帰ってきた。

成田空港の到着ロビーには妻が迎えにきていた。

いざとなったら、私を救出するために現地入りする可能性もあるとパスポートも持参していたので、元気な私の姿を見て少し拍子抜けしたようだ。

一体あの発熱はなんだったのだろう?

コロナだけどワクチンのおかげで症状が軽く済んだだけなのか、それともただの風邪だったのだろうか?

急に13万円も払って帰国のチケットを買ったのがもったいなく感じてきた。

人間というのは、つくづく自分勝手な生き物だと思う。

日本に戻ったらもうケロッと発熱のことも忘れ、私はもう次の旅行のことを考え始めている。

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