旅も1週間を過ぎると疲れが出るお年頃になったようで、リヤドに到着したあたりから咳が出て下手すると熱が出るかもという体調になってしまった。
症状からコロナではなく、私がよくかかる鼻水から喉にくる風邪だと思われる。
バーレーンのホテルが異様に寒くて、部屋の冷房を切っても全館ガンガン冷えていたので、そこで風邪をひいた可能性がある。

リヤドでは特別行きたい場所があるわけでもないので、外出は最低限にとどめ、途中見つけたローカルな八百屋でりんごを買ってきて食べたりした。
とにかく風邪をこじらせるとこの先の旅程に影響が出て、最悪の場合、帰国の長時間フライトに耐えられなくなってしまう。
こちらでは日本と違って空港で熱を測ったりすることもなく、コロナ対策は事実上ゼロなので熱があるからといって飛行機に乗せてもらえないことはないと思うが、ルフトハンザあたりはトラブルになる可能性もある。
だからなんとかリヤド滞在中に風邪を直したいと、宿泊していたホテル「イビス・リヤド・オラヤストリート」の部屋で昼間からベッドに入り体を休めて過ごした。

リヤド滞在の最後の夜には、この度で初めてホテル内のレストランで夕食を取り、日本から持ってきたのど飴やら咳止めの漢方を飲んで頑張ってはみたが、どうも体調が思わしくない。
このまま予定通りメディナに行くとヤバいかもしれない、と考え始めたのは出発前日の夜だった。
計画ではリヤド発の朝便でメディナに飛び、荷物を預ける場所もないだろうから、全ての荷物を持ったまま街の中心部にある「預言者のモスク」周辺を回って、夜遅い飛行機でジェッダに飛ぶことにしていた。
おまけに、メディナは聖地なのでモスクがある街の中心には非ムスリムは基本的には入れないルールとなっているのだ。
だから今回の旅行でも一番体力も注意力も求められるのがメディナでの1日だったのである。

時差ボケが相変わらず続いているのに加え、リヤドでのホテルの部屋はすぐ目の前が工事現場で、日中は工事の音がうるさくてほとんど眠れなかったこともあり、食後にベッドに入った後、私にしては珍しく弱気になった。
もしもこのまま予定通りにメディナに行って重い荷物を背負って緊張しながら街を歩くと体調がますます悪くなる可能性が高い。
帰国の日も迫っているので、ここであえてリスクを取ることが最良の選択なのだろうか?
このままサウジアラビアの変化が続けば、近い将来、今は立ち入りが禁止されている聖地メッカにも入れる日が来るかもしれない。
メディナはその時一緒に訪ねればいいではないか、などとベッドの中で考えた。
そして決めた。
今回はやめよう。

すぐにエクスペディアのサイトを開き、リヤド〜ジェッダ便を探す。
さすがサウジの首都と商業の中心地を結ぶフライトなので、1日に何本もの飛行機が飛んでいた。
すでに朝4時半にタクシーの迎えを頼んでいたので、ほぼ同じ午前8時のフライトを予約した。
念のため、メディア行きのフライトも残したまま、空港でキャンセルすることにする。
こうすれば、午前中のうちにジェッダに到着できる。
ジェッダには3泊する予定なので、そこで体調を整えれば帰国までには回復するだろう。

前日たまたま知り合ったパキスタン人のドライバーがちゃんと4時半に来てくれるかは正直心配だったが、予定より少し遅れ、私がイライラし始める頃にホテルの前に真新しいタクシーがやってきた。
眠そうな目を擦りながら、運転手は私を見て手を上げた。
車が前日よりも綺麗になっている。
日中は渋滞のため1ミリも動かないリヤドのメインストリートも、この時間はほとんど走っている車もなく、空港まで20分ほどで到着した。
ホテルから空港までの料金は89.11リアル(3188円)だった。
出発までにはまだ3時間もあり早すぎるかとは思ったが、遅くなれば渋滞で時間が読めなくなるし空港でのチェックイン手続きも不安である。
歳をとると早起きが苦にならなくなるため、睡眠よりも早め早め、こうすることでチェックインカウンターで長い時間待たされるストレスからも解放されるのだ。

国内線の出発は、国際線ターミナルとは別の第5ターミナルだった。
まだ真新しくて立派な空港である。

私が利用するのはサウジアラビアの「Flynas」という航空会社。
黒い民族服を着た女性スタッフがカウンターに並んでいる。
まだ夜も明けない午前5時にもかかわらず、思ったよりは多くの乗客がターミナルを出入りしていた。
私は昨夜予約したばかりのジェッダ便のコードをスマホで見せながら、行き先が変更になったことを伝えた。
搭乗手続きはあっけなく終わり、キャンセルの方は別のカウンターで行ってくれという。
サウジアラビアのスタッフは無能な男性が多いが、女性の方が圧倒的に優秀である。

搭乗券を受け取ったらそれをゲートの機会にかざして搭乗手続きへと進む。
サウジアラビアの非効率性に多少うんざりしていたので、この空港のシステムは少し見直した。
まったく役に立っていない公務員は今も目立つが、それでもサウジアラビアは確実に変わろうとしている。

荷物のチェックも無事に終えると、国内線ターミナルにもかかわらず立派な免税店が置かれていた。
この国の人たちはどれだけブランド品が好きなんだろう。

予想以上にここまで混乱なく進んできたので、出発の時刻まではまだ2時間40分もある。
国内線ターミナルだがプライオリティパスが使えるラウンジがあるというので、そこで時間を潰すことにした。
どうやら私が乗るフライナス航空のラウンジがパスの所有者には利用できるらしい。

さすがに国内線のターミナルなので、この「nasmiles Lounge」はそれほど豪華ではなく、利用者も多かった。
自由に取れるドリンクや食べ物はなく、カウンターで頼んで水やジュース、サンドイッチなどをもらえる仕組みだ。

ちょうど朝のお祈りの時間のようで、空港全体にアザーンが流れる。
すると何人かが奥の礼拝スペースに入り、熱心に跪いてアラーに祈りを捧げる姿がガラス越しに見えた。
こういうところが私が旅行をやめられない理由である。
国が違えば習慣も違う、当然頭の構造が日本人とは違うわけで、若い日本人はもっと広く外国を見て視野の広い人間になって欲しいとつくづく思うのだ。

7時半ごろラウンジのモニターに「boarding」の表示が現れるのを確認して搭乗口に向かった。
すると街でよく見かける民族服とは異なる白い服の男たちがたくさん集まっていた。

彼らは団体さんというわけではなく、それぞれが申し合わせたように同じような白の上下を身に纏っているのだ。
それは服というよりも布だった。
白い布を腰に1枚巻いて、上半身にも別の1枚を器用に巻きつけている。
時折、布を巻き直すときには白い布の下に何も身につけていないことが明らかになる。
リヤドは暖かいとはいえまだ気温は20度くらい、寒くないのだろうかと心配になる。
サンダル履きの人が多いが中には素足の人も見かけた。

そう、彼らはみんな巡礼者なのだ。
サウジアラビア最大の商業都市であるジェッダは、同時にイスラム教最大の聖地メッカの玄関口でもある。
「ハッジ」と言われる巡礼月になれば世界中からメッカを目指すイスラム教徒たちがジェッダにやってくるとは聞いていたが、巡礼月ではない時期にもこれほど多くの人が白い布に身を包んでジェッダを目指すのだと驚いた。
私の乗った飛行機だけで20人ぐらいはいたのではないだろうか。

機内はほぼ満席だった。
私の隣は2人とも女性で、サウジアラビアではバスなどでも男女で厳しく席が分かれていると聞いていたので少し意外だった。
飛行機は自分で好きな座席を選ぶ人も多いので、調整ができないということなのだろうか。
私が注目していた巡礼の人々は、だいたいキャリーケースを転がして乗ってきて、それを頭上の棚にあげるときに肥満気味の裸体が顕になる。
しかし誰もそんなことを気にかけないのだ。
サウジの人にとってはそんな光景は日常、誇らしくはあっても決して恥ずかしい格好ではないんだと私はかなり感動した。

そうそう、こちが私が今回初めて乗った「フライナス航空」の機体である。
ライトブルーの機体が鮮やかなこのフライナスは、サウジアラビアの格安航空会社で国内だけでなく中東諸国や一部アフリカにも路線を持っている。
サウジの航空会社というのは、エミレーツ航空やカタール航空に比べてあまりイメージがなかったが、中東を旅行する際には案外安くて便利かもしれない。
エミレーツなどに比べて安く、利便性も悪くないと感じた。

ほぼ2時間のフライトの末、窓からジェッダの街が見えてきた。
紅海に面した港町として昔から栄え、現代でも閉鎖的なサウジアラビアの世界に開かれた窓として多くの外国人ビジネスマンが活躍した商業都市だ。
だからその繁栄を象徴するような超高層ビルが立ち並ぶ姿を想像していたのだが、実際目にしたジェッダの街並みは低層の建物が延々とつづくフラットな街であった。

ジェッダの空港は、赤銅色に輝く屋根が特徴のモダンな作りだったが、格安航空だからか乗客はバスでの移動を求められた。
それにしても、ガンジーのような出立ちで歩く巡礼者の姿はインパクトが強く、知らず知らずのうちに目で追ってしまう。

ジェッダの到着ロビーでこんな看板を見つけた。
聖なるモスクまでの送迎サービス。
イスラム教徒が一生に一度は訪れたいと願うメッカ、当然地理に不慣れな巡礼者が多いだろうから彼らを相手にしたビジネスはサウジアラビアの観光業を支えてきた。
イスラム教徒ではない私でさえ一度メッカに行きたいのだから、熱心なイスラム信者ならばどんなに金がかかっても推しくはないと思うのだろう。
最近ネットで見たメッカのカアバ神殿の周辺は世界中の高級ブランドホテルが軒を連ね、ラスベガスのような風景になっていて驚いたものだ。

もう一つ、ジェッダの空港で驚かされたのがこれ。
到着ロビーに設置された巨大な水槽である。
ジェッダは海に面した漁港でもあり、海の幸が豊富な街だ。
おそらくそうしたジェッダの一面を紹介する狙いなんだとは思うが、これはなかなかシュールな眺めだった。

街に不案内な観光客を鴨ろうと声をかけてくる白タクの運転手たちを振り切って緑色のタクシーが並ぶ乗り場に急ぐ。
ちゃんとメーターで料金が出る良心的なタクシーだった。
これまで通ってきたダンマンやリヤドに比べると、ジェッダはやはり垢抜けた印象を受ける。
広い幹線道路がまっすぐ伸びる構造はリヤドと同じでも、あの酷すぎる渋滞がこの街にはない。
私が示すGoogleマップの案内に従って、きっちりホテルに送り届けてくれた運転手も少しインテリ的だった。
空港からホテルまでは69.25リアル(約2478円)。

こうして、私は午前11時前には最後の宿泊先「モーベンピック・ホテル ジェッダ」に到着した。
少し古いが格式を感じさせるロビーで、通常午後2時のチェックインタイムの前に部屋に入れてもらえた。
ラッキー!
やはり今回「イビス」「ノボテル」などヨーロッパ系のホテルが多く加盟する「Accor」グループの会員に登録し、その登録ホテルを優先的に選んで予約した甲斐があったというものだ。
心配した体調もまずまずで、メディナをパスしてジェッダに飛んだ判断は正しかったと感じた。
この後、このホテルでゆっくり過ごそう。
ホテルの詳細はまた後日書くことにする。