サウジアラビア西部の中心都市ジェッダ。
この街に行ったら是非行ってみたい場所があった。
それが「ジェッダタワー」の建設現場である。

現在、世界で一番高いビルといえば、ドバイのシンボル「ブルジェ・ハリファ」、その高さは828メートルである。
「イスラム世界の盟主」であるサウジアラビアは、ドバイに対抗して2013年、「ブルジェ・ハリファ」を超える世界一高い超々高層ビルの建設を始めた。
それが、「ジェッダタワー」である。
当初は1マイル、高さ1600メートルのビルを建てる計画だったが、地盤の調査の結果1008メートルに縮小されたものの、もし完成すればもちろん世界一の高さであり、人類初の1000メートルを越えるハイパービルディングになる。
事業主は、当時のアブドゥッラー国王の甥に当たり、中東一の資産家とされるアル=ワリード・ビン・タラール王子が会長を務める「キングダム・ホールディング・カンパニー」。
中東産油国のトップに君臨するサウジアラビアの財力を示す世界に冠たるランドマークとなるはずだった。

ところが世界的にも注目されていた超々高層ビルの建設工事は途中でストップしているという。
当初は着工後3年での完成を目指していたが度々延期され、コロナ禍の影響もあって現在は2025年の完成予定とされる。
中東では、数多の超大型プロジェクトが発表されながら、その多くは延期されたり中止されたりしているそうだ。
ジェッダタワーの建設現場が現在どのような状況になっているのか、自分の目で確かめたかったのだが、これも断念せざるをえなかった。
実に残念である。

そういえば、首都リヤドでもこんなものを目にした。
リヤドのシンボルであるキングダム・センター前の交差点で工事が行われていたのだが、よく見ると地下鉄の駅のようである。
交通渋滞が激しいリヤドでは一度に6本、総延長176キロの地下鉄網を建設する「リヤド・メトロ」プロジェクトが進行中だ。
工事は2014年に始まり、2019年には一部開業、2021年には完成の予定だったが、現在もまだ工事は続いている。

それでも官庁街などを走るとあちこちに地下鉄の駅が完成していて、近い将来、運行が開始されるとみられている。
サウジアラビアでは、ジェッダと2つの聖地メッカ、メディナでも地下鉄プロジェクトが決定していて、メッカでは中国企業によっていち早く1路線の営業が始まっているという。
しかしその他の工事は全て計画通りには進んでおらず、何事も当初の発表のようには進まないのがアラブ流なのかもしれない。

私が今回の旅行先としてサウジアラビアを選んだ理由は、ムハンマド皇太子がぶち上げた「NEOM」と呼ばれる途方もない巨大プロジェクトに興味を持ったからだった。
サウジアラビア北西部の無人地帯に全長170キロに及ぶ一直線の未来都市を建設するというのだ。
まさにSFそのもの、日本人の頭からは到底出てこない実現不可能な計画である。
この未来都市では車は必要なく、行動範囲を三次元にすることにより、必要なものは全て徒歩圏でまかなえるという。
ゼロエミッションを達成するため、人間の居住空間を一からデザインし直すという壮大な実験場だ。

「NEOM」の公式サイトにはこんなメッセージが書かれている。
『未来の課題を解決しようとするならば、どれだけ難しく見えようとも現在の課題から目を背けるわけにはいきません。NEOMでは人類が直面する最も差し迫った課題に取り組んでいます。持続可能な未来の姿を20〜30年のうちに描き直そうとする世界最高の頭脳を持つ人材たちを集め、今その未来を実現しようとしています。今すぐ未来の形を見直すため、NEOMは動き始めているのです。』
あらゆる最先端のテクノロジーを詰め込み、現状を変えようとする優秀な人材を世界中から呼び込もうという野心的な計画は現実離れしていて、真面目な日本人からすればツッコミどころ満載なのだが、人類の進歩は案外こうした突拍子もない計画から生まれたりするものだ。
そして今のサウジアラビアには、ある程度それを実現する財力がある。
NEOM計画が発表された2017年、サウジアラビアはこの計画に5000億ドル、日本円で67兆円を投入すると宣言したのだ。
NEOMの公式サイトには今年1月、すでに一部の工事が始まっているとする動画がアップされた。
最初に実現しそうなのは、紅海に浮かぶ無人島の開発。
ここに世界中のセレブを呼び込む一大リゾートを作ろうというのだ。

人間が想像できることは、必ず実現できる・・・諦めなければ。
たとえプロジェクトが計画通りには進まなくても、アラブ人はさほど気にしないらしい。
そこが今の日本人との大きな違い、最終的に実現すれば問題はないのだろう。
途方もない夢を掲げてその実現を目指してあらゆる手段を導入する。
こういうやり方、ちょっとワクワクしないかい?

背景にあるのは世界的な脱石油の動き、大きな流れは止めようがない。
そのことを一番真剣に捉えているのが他でもない産油国自身だ。
ムハンマド皇太子が掲げる「ビジョン2030」は、石油収入が入るうちにサウジアラビアの経済構造を大転換させなければならないという強烈な危機感の裏返しでもある。
とはいえ、有り余る石油収入にあぐらをかき、実務のほとんどを外国人労働者に委ねてきたサウジアラビアの人たちが急に別の生き方ができるようになるのか、今回の旅で大いに疑問に感じた。
ホテルでもレストランでも、仕事ができるのは外国人、サウジアラビアの人に何かを頼んでもまともな返事が返ってこなかった。

夢と現実の間には大きなギャップがある。
それでも今日の世界が直面する課題に、全く新しいアプローチをしようとするサウジアラビアの挑戦の行方を私は注目していきたいと思う。
日本の報道を見ていると、世界には米中しか存在していないように感じてしまうが、実は全く違うプレーヤーたちが存在するのだ。
自由と民主主義からはまだ遠い存在ではあるが、財力を背景に切磋琢磨するアラブの国々からひょっとすると新たな変化の芽が出てくるかもしれない、そんなことをこの旅を通して感じた。