<きちたび>カナダの旅 2016〜多文化国家を実感!バンクーバーの夕日と虹色の横断歩道

🔶「旅したい.com」から転載

<カナダ>多文化国家を実感!バンクーバーの夕日と虹色の横断歩道

🇨🇦カナダ/バンクーバー 2016年8月 3泊4日

「世界一住みたい街」バンクーバーは多民族都市であり、ダイバーシティの街であり、美食の街です。自国第一主義が拡散する世界の中で、「多文化主義」国家カナダのことを日本人ももっと知る必要があるとおもいます。

一人一人が自分を大切にして生きられる街とはどんな所なのか、そんな視点を持ちながらバンクーバーのビーチでのんびり過ごした日々をまとめました。

イングリッシュベイ・ビーチ

私たちの宿があるバーナビー通りから、垂直に走る坂道を3ブロック下りていくとイングリッシュベイ・ビーチに着きます。

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趣のあるバラード橋を望む広い砂浜と気持ちのよい緑地が広がります。
ビーチ沿いには遊歩道とサイクリングロードが整備され、大きく育った樹木が気持ちの良い木陰を市民に提供しています。

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夕方になっても快晴で、日差しはたっぷりありますが、湿度は低く、爽やかな海風が木陰を吹き抜けていきます。

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そして緑の土手の背後には、大きな窓と開放的なベランダを持つ素敵な高層マンションがいくつもそびえ立っていました。

この部屋から見える夕日は、さぞ格別なのでしょう。

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ビーチには、特徴的な仕掛けがありました。

5メートルほどにカットされた丸太が、海に向かって等間隔に置かれているのです。

カップルや家族連れが、その丸太を背にして、思いおもいに夕日が沈むのをゆっくりと待つのです。

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入江には大小様々なクルーザーが行き交います。

どこを見ても美しくて、このビーチにいるだけで心も身体も健康になれそうなそんな場所です。

ビーチの夕暮れ

コンドミニアムで夕食を済ませた後、沈む夕日を見に再びビーチまでお散歩しました。
時間は午後8時半ごろだったと思います。

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ビーチに着くと、まさに太陽が海に落ちようとするタイミングでした。

素早く三脚をセットして、西の海にカメラを向けます。
オレンジ色に染まった海に、いくつものボートがシルエットとなって漂っています。

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多くの人が芝生に腰を下ろして、西の空をぼんやりと眺めます。
まさに、黄昏時、穏やかな時間です。

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山の影に日が沈む瞬間を、今度は動画で撮ってみました。
ボートより一回り大きな遊覧船が、ゆっくりと画面を横切っていきます。

【動画】バンクーバーの夕日(下のURLをクリックしてください)

本当にのどかな夕暮れです。
私たちも芝生に腰を下ろして、ゆっくりとした時間の経過を味わいます。

日が沈み、徐々に周囲が暗くなってきました。

ここからが私の好きな時間。

空が、群青色に変わっていくのを待ちます。

午後9時をだいぶ回ったでしょうか。

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ようやく空が群青色に染まってきました。

ビーチにはまだ多くの人が寝転がっていて、思い思いに一日の終わりを楽しんでいました。

こんな穏やかな時間、東京ではなかなか味わえません。

レインボー色の横断歩道

そんなイングリッシュベイ・ビーチを朝散歩した日のことです。

空気はひんやりしていて肌寒いほどでした。

上半身裸でムキムキの男性2人が犬を連れてジョギングをしていました。
「ゲイっぽいな」
バンクーバーに来てから、そんな印象を抱く人たちをたくさん見かけていて、ちょっと気になっていました。

ネットで調べると、すぐにわかりました。
どうやら私たちが宿泊しているデービーストリート界隈は、バンクーバーの中でも同性愛の人たちが多く集まるゲイエリアとして有名なようです。

そういえば、ホテルからすぐ近くのデービー通りの交差点は、横断歩道がレインボーカラーに塗られていました。

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それまでスーパーの買い物でいつも渡っていた横断歩道。

「あの虹は、そういう意味なのか」

ようやく理解できました。

虹色は、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー(LGBT)のシンボルカラー。 近くにはゲイが集まる有名なナイトクラブもあるそうです。

ラーメン激戦区

デービー・ストリートには、中華、タイ、ベトナム、インド、韓国、ギリシャ、イタリアなど各国の料理が軒を連ね、日本食の店も数軒ありました。

バンクーバーが、「美食の街」としても知られるのも多民族の賜物なのです。

「ライフ・バンクーバー」という地元の日本語情報サイトがラーメン特集を組んでいるのを見つけました。
バンクーバーは「山頭火」など日本の有名店も支店を出す「ラーメン激選区」出そうです。

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デービー通り沿いにあるラーメン店「恋歌(こいか)」に入ってみました。

オーナーは韓国人。
ただ、日本のラーメン屋10軒で修行した研究熱心なオーナーだそうです。

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私は「恋歌チキンラーメン」(9.50ドル)というのを注文しました。

海外にしては値段はリーズナブル。
麺の固さとチャーシューの肉の部位を選ぶことができます。

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出てきたラーメンは予想外にハイレベルで、見た目は日本とほとんど変わりません。

得体の知れぬ海外のラーメンを何度も食べてきた私からすれば、こちらのラーメンは上出来です。

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麺は少々粉っぽいものの、スープは悪くない。チャーシューはメチャメチャ美味くて、味付け玉子もいい味です。

お客さんは、私たち以外、全員外国人でした。

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バンクーバー都市圏の人口は210万人、カナダ第3の大都市です。
驚くのは海外からの移民の多さで、なんと人口の52%は、第一言語が英語ではないのだそうです。

バンクーバー市内に限ってみると、中国系30%、インド系6%、フィリピン系5%などなどアジア系の人たちが多数を占めています。

空港からダウンタウンまで利用したタクシーも、運転手は行きも帰りもインド系の人でした。

ただ、今や世界有数の多民族都市となったバンクーバーにも、過去には日系人の辛い歴史がありました。

カナダ日系人の悲劇

1941年12月の真珠湾攻撃直後、カナダ政府は日本に対し宣戦布告をし、日系人を「敵国人」に指定しました。日本語学校の閉鎖、日本語新聞の発刊停止を命じたのです。
さらに翌年には、太平洋岸から100マイルを「防衛地帯」に指定し、日系人すべての立ち退きを決定しました。

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当時日系人のほとんどはバンクーバーなど、ブリティッシュコロンビア州の沿岸部に住んでいました。
そしてカナダ生まれのカナダ市民75%を含む2万2000人の日系人が、すべての財産を没収されて、内陸部に設けられた10カ所の収容所に強制移動させられたのです。

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映画「バンクーバーの朝日」でも描かれたカナダ日系人の悲劇。

様々な人種の人が一緒に楽しむビーチの風景からは想像できないような過去ですが、人の心は置かれた状況によって、大きくねじ曲げられてしまうのです。

「世界一住みやすい街」の裏側

バンクーバーの地名は、18世紀後半、カナダ西海岸の測量を行ったイギリスの探検家、ジョージ・バンクーバー提督に由来しています。

今や「世界一住みやすい街」ランキングの常連となっているバンクーバーですが、知られざる裏の顔もあります。

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それは薬物使用の蔓延という、意外な素顔です。
カナダの薬物使用率は先進諸国で最悪、その中でもバンクーバーはワーストです。

特にダウンタウンの東側、イーストサイドと呼ばれる地区は、ホームレスや薬物中毒者が集まる「先進国で最悪のスラム街」と言われています。

繁華街である「グランビル通り」を歩いてみると、緑豊かなウエストエンドとは違い、欧米のダウンタウンらしい、ちょっとすさんだ雰囲気が漂います。
路上には、ホームレスが寝転がっていました。

バンクーバー発祥の地ギャスタウンやカナダ最大というチャイナタウンなどの有名観光地も、治安の悪いイーストサイドにあります。

イーストサイドには「インサイト」という、薬物常習者が当局の監視下でドラッグの使用が認められる「薬物自己注射施設」があります。
カナダでも薬物の使用販売は違法。
それにもかかわらず、こんな施設を作らねばならぬほど事態は深刻なのです。

そして2018年、カナダでは全土で大麻の所持・使用が合法化されました。

また私たちのバンクーバー滞在直後には、留学中の日本人女性・古川夏好(こがわなつみ)さんが殺害される事件も起きました。
逮捕されたのは、過去に窃盗などで逮捕歴のある48歳のホームレスの男でした。

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私たちがいたウエストサイドでは、危険を感じることは一切ありませんでしたが、比較的治安が良いと言われるバンクーバーでも、夜の一人歩きは要注意。
日本のような治安状況を期待してはいけないのです。

イヌクシュク

イングリッシュベイ・ビーチから海辺の遊歩道を西に歩くと、海沿いに石積みの不思議なモニュメントが現れます。

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これは「イヌクシュク」と呼ばれるカナダの先住民族イヌイットのオブジェです。

目印のない北極圏で、昔は交通標識として使われたと考えられていますが、今では少し意味合いが変わっています。人々は小さな石積み=イヌクシュクを作り、様々な願いを込めるのです。

近くで見ると結構大きな石像です。

説明板には、イヌクシュクは「北のもてなしと友情のシンボル」と書かれていました。

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バンクーバーのイヌクシュクは、1989年の万国博覧会で展示されていたもので、2010年のバンクーバー五輪のシンボルとしても使われたといいます。

バンクーバー・オリンピックといえば、フィギュアの高橋大輔が銅メダルを獲得し、スピードスケートでは、男子500メートルで長島圭一郎が銀、加藤条治が銅メダルに輝きました。

しかしバンクーバー大会で忘れられないのは、何と言っても、日本中の期待を背負って出場した人気絶頂の浅田真央が、韓国キム・ヨナに敗れたことでした。

日本人にはちょっと苦い、バンクーバーの記憶です。

イヌクシュクの近くの海岸には、いくつもの小さな石積みがありました。
観光客たちが記念に残していったものでしょう。

世界中の願いが、浜を埋め尽くしていました。

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今回の旅の記念として、私たちも海岸に降りて石を積むことにしました。

バランスをとりながら、2人で7つの石を積みました。

家族の幸せと世界の平和を祈りながら・・・。

「多文化主義」国家カナダ

初めて訪れた、カナダ。

旅行前にはカナダについて下調べもしなかったため、帰国後、何冊かカナダに関する本を読みました。
改めて、自分がカナダについて何も知らなかったことに驚かされます。

カナダは、2017年に建国150周年を迎えた若い国です。

1867年7月1日、イギリス領北アメリカ法が発効し、オンタリオ、ケベックなど4州からなるカナダ自治領「ドミニオン・オブ・カナダ」が誕生しました。
この自治領成立は「コンフェデレーション」と呼ばれ、これがカナダの建国と見なされていますが、実際にはまだイギリス領で、完全な主権国家の誕生ではありません。

イギリスと戦争をして独立を勝ち取ったアメリカと違い、カナダは今でもイギリス連邦王国の一員としてエリザベス女王を元首に戴いています。

隣の大国アメリカは過去にたびたびカナダ併合を試み、アラスカの境界紛争などで戦火を交えたこともあります。

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そのため、カナダ人はアメリカに対して複雑な情念を持っているのだと言います。

「自分たちはアメリカとは違う」

これこそが、カナダ人のアイデンティティーにもなっているそうです。

多民族が寄り集まったモザイク国家、しかも英語圏の新しい国にとって、「カナダとは何か」というアイデンティティーの問題は、日本人には理解しにくい感覚です。
そんな中、ここ数十年で「カナダ学」なる学問のジャンルが生まれたそうです。

カナダ研究で一番興味深いテーマは、何と言っても「多文化主義」です。

1971年、当時のトルドー首相(現在のトルドー首相の父親)が議会で「多文化主義の導入」を宣言し、1988年には「多文化主義法」という形で法制化されました。

カナダの多文化主義は、法律によってはっきりと決められているのです。

その内容は、①文化的異質性を認め合い画一化することを意図しない、②各民族集団の固有文化を温存する、③文化的にお互いが異なることに価値が与えられ尊重される、というものだそうです。

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移民排斥、「自国第一主義」が蔓延する世界の中で、カナダのように民族や文化の多様性を国の基本方針として定めている国は極めて珍しいでしょう。

そうして半世紀近く、少しずつ積み上げられた多文化主義の努力が、バンクーバーで見たような寛容で、ゆったりとした社会を作り上げたのだと実感しました。

「グローバル社会の実験場」であるカナダが、今後どんな国になっていくのか。
そんなカナダについて、日本人はもっともっと知る必要がある。

わずか10日間の旅ではありましたが、私は今、強くそう感じています。

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