スロヴァキア熱

東ヨーロッパ旅行の計画を立てながら、あまり知らない東欧諸国のことを調べ始めた。中でも最もイメージがわかないスロヴァキアについて興味深い本をみつけた。石川晃弘という中央大学教授が書いた「スロヴァキア熱」という本。その中に、こんな一節があった。

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「ヨーロッパに住む民族は、言語系統から大きく分けて、ゲルマン系、ラテン系、スラヴ系、その他からなる。スラヴ系はさらに、東スラヴ(ロシア人やウクライナ人)、南スラヴ(セルビア人やクロアチア人やフルガリア人)、西スラヴの三つのサブグループに分かれる。スロヴァキア人は、チェコ人やポーランド人とともに西スラヴ族に入る。したがって、スロヴァキア語はチェコ語やポーランド語によく似ている。スロヴァキア人とチェコ人とポーランド人が、それぞれ自分の国の言葉で話しても、だいたい意思を通じ合える」

ところが、スロヴァキア人には「民族」の根拠に問題があるという。

「チェコ人は、17世紀から300年近くオーストリア帝国の支配下に置かれていたが、それ以前は栄えある王国を持っていた歴史がある。 これに対してスロヴァキア人の場合、かつて昔日の栄光どころか、「民族」としてこの世にあった前史がない。つまり、復興させるべき「民族」が過去になかったのだ」

そもそもスロヴァキアは、過去に自分たちの国家を持ったことがない。これは、チェコやポーランドとの大きな違いだ。1000年にわたりハンガリーに支配されていたが、その前にも独立国家ではなかった。

彼らのアイデンティティーは「言語」、つまりスロヴァキア語だという。しかし、そのスロヴァキア語の歴史は浅い。スロヴァキア語が確立するのは何と第二次大戦後、オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊してチェコスロヴァキア共和国が成立した後だというのだ。チェコスロヴァキアが誕生した時点でスロヴァキア語の標準語を正しく使える人口は少なかった。そして学校教育の中でスロヴァキア語を正式に勉強した世代が育ち、ようやくスロヴァキア人としての自覚が生まれたのだ。

何だか、関西人が独立するようなものかもしれない。

1993年のチェコからの分離独立についても、スロヴァキア人の間で評価が分かれているのだという。世論調査では分離独立を求める人は過半数に達していなかったのだ。それでも政治家たちは独立を急いだ。そして独立後、様々な困難が襲った。経済が混乱し失業者が増えた。その一方で、チェコ人に対する反発は減ってきたという。

東欧の小国の歴史は、大国に蹂躙されながら民族のアイデンティティーを守る物語。この東欧3国を旅することは、いろいろな気づきをもたらしてくれそうな気がする。

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