CAFE PAULISTA

銀座の新名所「GINZA SIX」を見物した帰り、創業100年を超える老舗のカフェに寄った。

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店頭には創業時の写真が飾られる。

正確に言えば、「カフェ」ではなく「カフェー」。明治44年(1911年)創業の「カフェーパウリスタ」である。

白亜の三階建のコーヒーハウス。1杯5銭の本格コーヒー。現存する日本最古の喫茶店なのだという。

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「カフェーパウリスタ」は銀座8丁目、銀座中央通り沿いにある。

店構えは意外に重厚感が少ない。ネットで昔行かれた方のブログなどを見ると、店の外観が変わっている。最近リニューアルしたようだ。

1階は少し薄暗くレトロなソファーが並ぶ。

2階にも席があり、こちらは少しモダンに作り直したようだ。私たちは2階に上がった。1階席と2階席をつなぐ店内の階段はない。一旦店の外に出て、ビル全体で共有の階段を使う。

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2階入口を入ったカウンターに「カフェーパウリスタ物語」や「芥川龍之介とカフェーパウリスタ」と書かれた印刷物が置かれている。誰でもこのカフェーの歴史を知ることができる。

移民たちを率いてブラジルに渡った水野龍氏が、サンパウロ州政庁から東洋におけるブラジルコーヒーの一手宣伝販売権を与えられ、大隈重信の支援を受けて開店したのがこの「カフェーパウリスタ」だった。水野は開店の挨拶で「今日皆様に供する珈琲は日本移民の労苦がもたらした収穫物で、この一杯には、その汗の結晶が溶け込んでいる。準国産品ともいえる珈琲を普及するために、是非ご協力をいただきたい」と演説したという。

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「パウリスタ」とはサンパウロの住民を意味し、入口に掲げられた店の紋章は「星の中に女王の姿、それを囲む珈琲樹の緑葉と真紅の実」というサンパウロ市の市章を模したものだ。

大正時代になるとこの喫茶店には多くの文化人が集まった。その中に芥川龍之介がいた。

当時カフェーパウリスタの向かいに文壇の大御所・菊池寛が主幹を務める「時事新報社」があった。芥川は菊池に原稿を届けるために待ち合わせ場所としてこのカフェーを愛用した。芥川の作品には度々カフェーパウリスタが登場する。

店に置かれている「芥川龍之介とカフェーパウリスタ」から引用させていただく。

『 現在カフェーパウリスタの店内には、一階に七枚、二階に三枚、合計十枚の鏡が有るが、この鏡が芥川龍之介自死の引き金になっていることを知る人は居ない。

芥川龍之介は昭和二年七月二十四日未明、田端の自宅の寝室で多量のベロナールとジアールを飲んで自殺。枕許に聖書が有った。

遺稿として知られる「或阿呆の一生」は六月二十日の日付けがあり、死の一月前に書かれた。印象的に自己の生涯や心象を五十一の短章にまとめてある。その三十九章「鏡」の中にカフェーパウリスタは登場する。

「彼はあるカツフェの隅で彼の友だちと話していた。彼の友だちは焼林檎を食いこの頃の寒さの話などした。 カツフェの壁に嵌められた鏡は無数の彼自身を映していた。冷え冷えと何かを脅すように・・・」。

全集の編集長が、あるカツフェはカフェーパウリスタ、彼の友だちは親友の谷崎潤一郎のこと、と注釈している。

この描写から、芥川は自死の一ヶ月前にカフェーパウリスタに来て谷崎潤一郎と会い、パウリスタの鏡の中の映像に恐怖を感じ、既に精神が錯乱していたことがわかる。』

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今風に改装された2階席からは銀座中央通りの歩行者天国が見える。芥川が感じた「冷え冷えとした」ものはまったく感じることはできない。むしろ今日は晴天で暑い。

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私は「アイスコーヒー」(580円)を頼んだ。

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妻は「パウリスタオールド」という名のついたホットコーヒーを注文した。同じく580円だ。

「カフェーパウリスタ物語」を読むと、『現在の銀座店は昭和45年に再開し平成26年に一部改装、往時の銀座店と同じ百席の規模で営業中でコーヒーカップやスプーンは昔のままを復元し』と書かれていた。

昔もこんなカップとスプーンでコーヒーを飲んだのだろう。

ちなみに「カフェーパウリスタ物語」には、『ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻が三日三晩来店されて伝統のコーヒー「パウリスタオールド」を賞味された』との記述もあった。「イマジン」のことをブログに書いたばかりなのに、またジョンとヨーコにこんなところで出会ってしまった。

私はコーヒーの味の違いがあまりわからないが、これだけコーヒーがあふれる中で特別美味しいという感じもしなかったが、うんちくの数々は十分楽しめた。

さすが銀座、ということだろう。

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ただ一点、入り口に飾られていたこのサインは誰のものか聞かなかったことを後悔している。

食べログ評価3.58、私の評価は3.30。

3件のコメント 追加

  1. wildsum より:

    芥川の作品は大好きでよく読みましたが、或る阿呆の一生はあまり読んでいませんでした。今、少し読み直してみました。なかなかいいですね。「カツフエ」という表記も味わいがありますね。

  2. wildsum より:

    今、思い出しましたが、今年の7月2日は芥川龍之介が亡くなってから、ちょうど90年ですね。

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