カザフスタン最大の都市アルマトイ。
1997年まではこの国の首都でもあったこの街を歩くと、まず驚かされるのは広い歩道と巨木の街路樹である。

街の南は天山山脈、豊かな水が水路を勢いよく流れ、町中が緑に覆われていると言っても過言ではない。
しかし、かつてシルクロードの天山北路の拠点だった面影はない。

モンゴルによって破壊され放置されていたこの地を現在の整然とした都市に作り変えたのはロシア人である。
19世紀この場所に軍事要塞が築かれ、20世紀に誕生したソビエト政権によって連邦の一部をなす「カザフ自治ソビエト社会主義共和国」の首都アルマ・アタとして都市整備が進められたのだ。
広々とした歩道と街路樹もこの街が建設された100年前に計画的に整備されたものに違いない。

お陰で、気温30度を超える日中に歩いていてもそれほど暑さは感じない。
湿度も高くなくて蚊もいない。
無骨なロシア風のビルが多いものの、古き良き昔のロシア建築も残っていて、散歩していて楽しい街である。

ちょうどお昼時になったので、いかにも木陰が心地良さそうな一軒のレストランに入ってみることにした。
テラス席で多くに人が談笑しているのを見てつい引き込まれてしまったのだ。

カザフスタンではカザフ語とロシア語が併記されるのが一般的で、どちらもキリル文字なので全く理解できない。
英語のメニューがあるかと尋ねてみると、店の奥からこのメニューが出てきた。
この時初めて、「FRAU IRMA」という名のこの店はドイツ料理のレストランだということを理解した。

まずはビール。
この店のオリジナルビールのようで、これを目当てに人々が集まっているようだ。
ラガーが1パイント1390テンゲ、日本円でおよそ450円ほどだ。
カザフスタン国民の多くはイスラム教徒だが、ソ連時代には宗教は弾圧されていたので、飲酒の文化はまだ強く残っていて、街にはビアバーもたくさんある。

あまりお腹が空いていなかったので、豆のスープだけで済ますことにした。
1杯1490テンゲ、およそ480円だ。
見た目もきれいだし、塩味が効いたソーセージや乾燥豚肉がアクセントになり、とても美味しい。

それ以上にこのバルコニー席が快適だ。
通りに植えられた木々がとても涼しげで、おまけにオーニングからミストが噴出されているため、外でも全く暑さを感じない。
アルマトイ、想像以上にいい街だ。


ホテルで少し休憩を取り、夕方、地下鉄に乗ってみる。
料金は100テンゲ、およそ32円と安いが、入り口で手荷物検査を受けなければならない。
ソ連時代に作られたアルマトイの地下鉄は1路線だけ、防空壕も兼ねているからすごく深いところを走っている。
長い長いエスカレーター、ホームに着くまで2〜3分はかかるのではないだろうか。

ホームは、モスクワの地下鉄同様、豪華な造りだ。
そして駅ごとに装飾も違い、ホテル近くの「アバイ駅」には誰か英雄らしき人物が描かれている。
まるで博物館にいるようだ。

間違って逆方向の電車に乗ったことに気づき、乗り換えのために降りた「バイコヌール駅」は宇宙船のイメージしたモダンな装飾で、ソ連のソユーズの映像が流されていた。
ソ連の宇宙開発を支えたバイコヌール宇宙基地はカザフスタンの領内にあって、今もロシアの宇宙戦略を支えている。

そして目的地の「ジベック・ジョル駅」は伝統的な紋様で飾られまるで宮殿のようである。
路線バスと違って、走るルートが決まっている地下鉄は短期の旅行者には使い勝手がいい。

ジベック・ジョル駅の近くには、かつてソ連国営のデパートだったツム百貨店があり、その前を通る通称「アルバート通り」が歩行者天国でアルマトイ市民の憩いの場となっている。

夕方になると多くの人がそぞろ歩きを楽しむ。
噴水で戯れる子供たち。

ギター片手に歌を歌っているおじさん。
その音色に合わせて、若者たちが踊り出した。
みんな楽しそうで、幸せそう。

中でも一番の人だかりができていたのはパンチングマシン。
なぜかこの街の若者たちはパンチングマシンが大好きらしく、通りに何台も置かれていた。

この界隈にはレストランが多いので、ここで晩ごはんを食べて帰ろうと店探しを始める。
昼間はドイツレストランだったので、今度はカザフスタンの料理が食べたいと店を見て回る。
流行っている店は、トルコ料理、韓国料理、中華料理、ピザ。
なかなか地元の料理が見つからない。

仕方なくネットで探してみると、それらしき麺のお店が見つかった。
とりあえず、Googleマップを頼りに裏路地に入っていくと、パンダのキャラクターが描かれたお店に行き着いた。
「Langhou」という店名だが、漢字で牛肉面と書いてある。
ここって、本当に地元料理の店? 中華じゃないの?
とにかく中に入ってみることにした。

中は予想以上に広く、場末のダンスホールのようだ。
でも結構客が入っていて、子連れのファミリーが目立つ。

メニューを開いて見ると、ラーメンのようなものが並んでいる。
例によってキリル文字だけのメニューなので、さっぱり理解できない。
饅頭やピザなどもあって、カザフスタンの料理が食べられる店なのかどうか不安になってきた。
メニューを見せながら店員さんに「ラグマン?」と聞くと、「ダー」と言って頷いた。
「ラグマン」とは中央アジアでポピュラーな麺の総称で、ガイドブックで知識を仕入れたばかりだった。

麺の種類がたくさんあって何を頼めばいいのか分からず、身振り手振りで店員さんとやりとりして、オススメのラグマンを持ってきてもらった。
ただ、本当に意味が通じたかどうかはわからないし、この麺の名前も不明だが、写真と実物がかなり違っていることだけは分かった。
牛肉らしき肉とキクラゲ、野菜が数種類入っている。

初めて食べるラグマン。
見た目は細めのうどんといった感じだが、食べた食感は中国で食べた麺と同じだ。
要するに、日本の麺のようにキメが細かくなくて、小麦粉をただ練って伸ばしただけの素朴な麺なのである。
味付けも美味しいというわけではなく、まあ食べられるといった程度、ちょっと残念であった。
これがカザフスタンのスタンダードかどうかはわからない。
でも次から次へと客が入ってくるので、決して不人気な店ということはないようだ。

ビールを注文しようとGoogle翻訳で伝えたが「ない」と言われ、代わりに店員さんに勧められた赤い謎の飲み物を頼んだ。
後でGoogle翻訳でメニューを訳してみると、どうやらレモネードのようである。
しかもまた、メニューの写真と実物がずいぶん違う。
でも飲んでみると、どこかで飲んだような味で麺よりは口に合う。

ということで、カザフスタン最初のディナーはなんとか無事に終わった。
料金は合計で3234テンゲ、日本円でおよそ1040円ほどであった。

こうして、初めて訪れた中央アジアの夜は更けていった。
なんのイメージもなかった国が、少しだけ具体的イメージとなった私の脳と舌に刻まれた。
それは決して悪い印象ではなく、この街なら暮らせるなというポジティブなものだった。